嵐は突然に……

──────



 王都東側城壁外、ここでは『冒険上級』を持っていないために王都内に入れないでいる行商人がテントを張っていた。彼らは王都を訪れた冒険者や一時的に王都から出てでも珍しい物を欲しがる王都民、衛兵のために商売を行うのだ。この行為はさして珍しいものではなかったが、街道から外れたところに長期間も滞在する一団は他になかったことから珍しがれらていた。

 そんなテントの一つ。他よりも若干小さく作られたソレは衛兵に『便所用テント』と説明されていた。そのテントから一人の男が出てくる。

 ゆったりとした作りのヒラヒラとした服に身を包み、両手で弁壺べんつぼを抱えている。男は、近くの川まで行くと周りを見渡し、近くに人がいないことを確認すると川に向かって弁壺をひっくり返した。呪文で圧縮していたのか弁壺の体積以上のが川に流されていく。


(この作業もこれで最後か……)


 男は土を捨て終わるとニヤリと笑い、テントに戻って行く。男はテントに戻ると弁壺を置く板を。板の下には大きめの縦穴が掘られており、梯子まで取り付けられている。


「状況はどうだ?」


 男が穴に向かって小声で問いかけると、しばらくして一人の男が穴から這い出て来た。


「問題ない。いけるぞ」


 男は這い出てくるなり、興奮気味にそう答えた。男二人がこれからのことに想いを馳せ、高揚していると穴から大柄な男が出てきた。クロウが入れられていた牢獄を襲撃した一人だ。

 男達は『勇者の血族』だった。行商人に擬態し、衛兵の目を誤魔化しながら城壁前にテントを張り、そこで王都内へのトンネルを掘っていたのだ。


「中を見てきたが、いつも通りだ。どうやら、警戒の強化は外側に向けられているようだな」


 大男の言葉に男二人が顔を綻ばす。


「では!?」


「ああ、本日決行する!」


 その言葉を聞くと男二人はテントを出て行く。一人が焚き火に向かい、もう一人は別のテントへと向かった。

 男が焚き火に向かうと料理をしていた者達が顔を見合わせる。が焚き火の所に来るということは作戦の決行を意味するからだ。


(ついに来たか!)


 料理を作っていた者達もはやる気持ちを抑え、平静を装う。トンネル採掘班の男は腰から下げていた袋に手を入れると乾燥したを取り出す。料理班が鍋を火から離すと男は糞を火の中に放り込む。火から濃く白い煙が真っ直ぐに立ち昇っていく。


「おい! 何をしている!? その煙は何だ!?」


 城壁の上から衛兵が声を張り上げる。


「すいません! 肉を火に落としてしまいまして!」


 男の返答に衛兵は顔をしかめる。


「気をつけろよ!」


 そう言うと衛兵は警戒に戻る。


(呑気に見ているがいい。『血族』によるこの国への一撃。そのきざしを!)


 濃く長く棚引く白煙を見上げ、男はほくそ笑んだ。



──────



 テントが張られている地点から、はるか東。森の中で樹上から城壁方向を見ていた男が声を上げる。


「!!  きたぞ! 合図だ!!」


「ハハッ! 本当に完成を早めやがったか! あいつら!!」


 木の下でその言葉を聞いた男は笑いながら、横に伏せさせていたワイバーンに飛び乗る。飛び乗られた瞬間、ワイバーンは目を見開き、空へと羽ばたく。


「砦まで一直線だぜ!!」


 男が手綱を引くとワイバーンは旋回し、南の空へと飛んで行った。



──────



 テントに向かった男は点在しているテントすべてに回り、寝ている男達を叩き起こす。


「準備は整った!さあ、戦いの時だぞ!!」


 起こされた男達は衛兵の目を盗みながら、荷物を抱えてトンネルのテントに移動する。テントに入った男達は次々とトンネルに入って行った。トンネルの終点で梯子を登ると王都内の外れにある廃屋の中に出た。

 廃屋の中には黒い衣服と簡素な革の鎧に着替えた大男が待っていた。


「マティス同士がいなくなったと聞いてから、あなたが襲撃班になった時のためにトンネルを拡張していて正解でしたな」


 後から来た男達が大男に笑いかける。

 廃屋内には大男を含め、男が六人。全員が武器を準備し、襲撃の合図を待つ。


「ワイバーンが見えたぞ!」


 テント側から声が聞こえた。


「時間だ! 行くぞ同志諸君!! 流された血はあるべき世界のために!!」


 男達は静かに廃屋から出ると大通りを目指して走り出した。

 トンネルを通して廃屋にワイバーン確認の報を伝えた男はテントを出ると他の男達と最低限の荷物をまとめると川を渡り、静かに城壁前から離脱する。後にはもぬけの殻になったテントだけが残されていた。



──────


 大通りに向かって走っているが、目眩めまいが酷くなる一方だ。倒れそうになるのをなんとか堪えながら走っていると、大通り方向から大勢の人が津波のように走ってくる。大通りから逃げてきた人達だろう。このままでは移動を遮られてしまう。飛翔呪文ハイラーフを使おうとするが、目眩が酷く魔力を練り込めない。俺は舌打ちをすると地面を蹴り、空高く舞い上がると両側の建物の壁を蹴りながら人々の頭上を跳んで行く。

 視界が開け、大通りに出る。大男が大剣を振るい、周りの衛兵達を弾き飛ばしている。大男の後ろにいる男の一人がルーリィを抱きかかえている。意識を失っているのか、ピクリとも動かない。

 ルーリィを助けに向かおうとするが、大男が体勢を崩した衛兵に向かって大剣を振り上げているのに気づく。流石に人死を容認するわけにはいかないか……。

 俺は壁を蹴ると衛兵に向かって一直線に跳び、勢いそのままに衛兵を抱きかかえると大剣の攻撃範囲から素早く離脱する。


「す、すまない」


「いいから体勢を整えろ」


 俺はそう言うと大男と対峙する。この男は……牢獄を襲撃してきた奴か。それに……。


「王都に来てすぐに見かけた見覚えのある奴はお前だったか……」


「お前は……『血族』を騙っていた者か……」


 目眩が一層酷くなっているが、気にしている場合ではない。獲物が目の前にいるのだから……。

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