嵐の中で……
──────
クロウが走り去って行った後をフローラは見送っていた。
(お願いしますクロウさん。どうかルーリィを守ってください)
クロウの背中に祈りを託しながら見送っていると、出会った時にクロウが頭を突っ込んでいた水瓶が目に入る。
(そういえば……これも片付けないと……あれ? こんなに水が減ってる……もしかして、クロウさんは私が思っていた以上にこの水を飲んでいた? そうすだとすれば……危険だわ)
フローラは店に戻ると荷物をいくつか持ち出し、大通りに向けて走り出した。
──────
大男を無力化するのも大事だが、ルーリィの安全を確保するのが先決だ。俺は大男の横を抜け、ルーリィを抱えている男に攻撃を加えるべく踏み込む。大男が大剣を横薙ぎに振るい、俺の狙いを阻止してくる。俺はその一撃を身を低くして
「!?」
「甘い!」
加速した俺の体が大男の横を通り抜けるよりも大男の次の一手の方が早かった。大剣から右手を離した大男が体を捻ることなく、右手で掌底を放ってきていたのだ。だが、所詮は手打ちの掌底。ダメージはなく、体勢を崩されたに過ぎない。俺は地面を蹴り、空中で身を
宙に浮いている状態の俺に向かって大男がまたもや大剣を横薙ぎに振るう。正面から迫る大剣。俺は両手を地面に伸ばすと地面に指を突き刺し、しっかりと握る。地面を握ったまま腕を畳み、無理矢理に体に働く慣性を殺し、自身の動きを止める。
大男が邪魔で中々ルーリィを救出できない。大男をどうにかする方が早いか……。俺は作戦を変更し、地面に突き刺した手を軸にして体を回転させ、大男の足を払う。大男は俺の足払いを跳んで躱すと体を回転させ、横薙ぎに振った慣性が未だに残っている大剣の軌道を横から縦に変え、俺に向けて振り下ろす。俺は両腕に力を入れると体を低くしたまま、左足による後ろ蹴りを上に向かって放つ。俺の蹴りは大剣を握っている大男の右手に当たり、大男の指を砕いて大剣を止めた。
俺は左足を戻すと体を右に反転させながら立ち上がり、後ろ回し蹴りをくり出す。後ろ回し蹴りは大男の右肘に当たり、大男の右腕をあらぬ方向にへし折る。同時にその勢いで右手が離れ、左手だけで支えられていた大剣を弾き飛ばす。
大男は折られた右腕も飛ばされた大剣も気にすることなく左拳で殴りかかってくる。俺はその左拳を右足で蹴り上げる。大男の左腕が跳ね上がった。
右腕が折れ、左腕が上がっていることで大男の胴体が無防備になる。俺は大男の懐に飛び込むと、その胴体に両手で掌底を叩き込む。大男は吹っ飛び、建物の壁に激突した。
大男を無力化したことで一瞬だが集中が切れる。途端に酷い
しかし、右腕に巻きついてきた縄に邪魔される。縄の出所を見ると大男が左腕で縄を握っていた。しぶとい野郎だ。仕方ない。……殺すか? 自分の中のスイッチを切り替えようとした時だった。
「こ、こいつ! 手配中の殺人鬼だ!!」
逃げ遅れ、そのまま野次馬と化していた王都民の一人が叫ぶ。その言葉は波紋のように広がっていく。
「衛兵! こいつを放っておいていいのかよ!」
「何言ってんだ! 王女を助けるのが先決だろ!」
無責任な野次馬達が適当なことを言いはじめる。主戦力の大男がほとんど動けなくなった頃になって、衛兵が他の『勇者の血族』達を包囲する。
「……俺もかよ……」
俺に向かっても衛兵達が槍を構える。
「俺は王女を助けようとしてるんだぞ?」
「黙れ! お前は衛兵を七人も殺しているんだ! ここで逃すわけにはいかない!」
「仲間割れとはいえ、お前のおかげで他の『血族』も逃げ道はないんだ。お前を捕縛して同期の仇をとってやる!」
こいつらの中では俺が戦っているのは仲間割れだからってことになってるのか……。あまりのアホらしさに目眩が酷くなり、頭痛までしてきた。いや、目眩なのか? 地面が揺れ、立っていられなくなる。呼吸が乱れ、膝をつく。
俺の様子をチャンスと思ったか衛兵が槍を突き出してくる。俺は舌打ちしながら宙に舞う。槍同士がぶつかり、火花と甲高い金属音を奏でる。一時的にでも衛兵供を眠らせるか。下の衛兵供に向かって
大男は引き寄せた俺に向かって右横蹴りを放ってくる。俺も空中で体勢を立て直すと大男の蹴りに蹴りを合わせる。大男はなけなしの小さい魔力を足に込めて威力を底上げしていたようだ。俺と大男の蹴りの威力は拮抗していた。轟音と衝撃が辺りに広がり、周りで槍を構えていた衛兵達が仰け反る。
大男はチャンスと見たのか左腕の縄を解くと仲間の元に走り出した。行かせるわけがないだろ! 俺は着地すると大男に向かって跳び、顔面に向かって右回し蹴りを放とうとする。
「これ以上、罪を重ねるな!!」
その言葉を聞いた瞬間、俺は大男への攻撃を中止し、着地。声の主を探す。声の主はルーリィだった。先程の俺と大男の蹴りによる轟音と衝撃で目を覚ましたのだろう。
しかし、何故だ!? 俺は何故、攻撃をやめた!?
「妾は大丈夫じゃ……罪を重ねることはない。妾は抵抗しない。民に危害を加えないでくれ……」
ルーリィの言葉が言い終わるか終わらぬうちに悲鳴が響く。ワイバーンが王都上空に侵入してきたのだ。
ワイバーン達は一直線に大通りに沿って北上してくる。野次馬達が悲鳴をあげながら逃げ惑う。
「ハハハハッ。無駄な抵抗だったな!」
大男が俺に向かってそう言うと急降下してきたワイバーンが大男を掴んで再び空に舞い上がっていく。他の『血族』達も次々と急降下してくるワイバーンに掴まれ、または飛び乗って王都を離脱していく。
俺は攻撃を中止するという自分の行動が信じられず、その場に座り込んで呆然としていた。何故か、ワイバーンに攻撃する気が起きない。目眩は先程よりはマシになってきた。だが、いったいどうなっているっていうんだ!? 俺は地面を力一杯叩いた。
「お前は……逃げ遅れたようだな」
衛兵の一人が俺に槍を突きつける。こいつは……此の期に及んでも俺の捕縛が優先なのか……。他の衛兵が逃げ惑って押し合いになって負傷した者を助けている時に……自分の国の王女が目の前で誘拐された時に……。
「あんた! 何言ってんだ! その人は姫様を助けようとしてただろ!」
衛兵に混じって負傷者を助けていた老婆が叫ぶ。他の人達も老婆に同調し始める。だが、衛兵は俺に槍を突きつけ続ける。
「その一回の善行で貴様の罪は赦されるものではない! ……貴様は……貴様は……私の兄を殺したのだから……」
後半の言葉は俺にしか聞き取れないような小さな声だった。兜で顔がすべて隠れているが、その声から泣いているのはわかった。
そんな俺達を無視するように周りの人間が王女を助けようとした俺を擁護し、不甲斐なかった衛兵達を非難し始めたために周囲が騒然となる。この状況に俺は不信感を覚えた。戦闘中は俺も捕縛しろという意見があった筈だが……。
「静まらんか!!」
凛とした声が辺りに響き、周囲の喧騒が一瞬で静まり返る。誰が来たんだ? 声のした方を見ると人垣が綺麗に割れていき、その間を一人の女騎士が歩いてくる。金色の長髪に白銀の鎧に身を包んでいる。顔はどことなくルーリィに似ているようにも思う。
「第四王女を救出するべく『血族』と戦ったというのは貴殿か?」
「ああ。だが……何故か失敗しちまったよ……」
俺は目眩を抑えようと俯いて目頭を抑える。俺の答えを聞いた女騎士は高らかに宣言した。
「この者は! 我ら第一騎士団においてその身を預かる。この宣言は第一騎士団長である第一王女ファティスの名において行われるものである! ……わかったか?」
宣言の後に念を押され、俺に槍を突きつけていた衛兵は黙って槍を下ろした。
「ついて来い!」
女騎士はマントを翻し、颯爽と歩いて行く。俺は何とか立ち上がるとフラフラとその後を追った。
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