果たされた約束

 女性の名はフローラと言い、ピスティールの店主だという。フローラは俺を店内に招く。店内は大小様々な花が所狭しと並べられていた。俺はそんな店内に置かれていた小さなテーブルセットに案内される。フローラはいい香りのするお茶を淹れると俺の前に起き、自身も俺の正面の椅子に腰掛けた。


「それで……どういった御用件なんでしょう?」


 フローラが促してくるが、俺は言葉に詰まった。正直にすべて話すべきだろうか。俺は決心するとフローラの目を見て話し始めた。


「この王都に来る途中、一人の男に出会いました。男は傷だらけで先が短いことが一目でわかるほどでした。その男に言い残すことがないか聞いたところ、『花の注文書』を渡され、この店に届けるように頼まれたんです」


 フローラがカップを置く。その手は震えているのか、カップがカチャカチャと音を立てる。


「男はその場で息を引き取ったので、その場で埋葬し、届け物をすることにしました。しかし、それには血がついていたため、門で衛兵に没収されてしまったんです」


「それで……直接……」


 フローラは俯いた。『花の注文書』が届かないだけで見せる悲しみではない。やはり、あれには何か秘密があったのだろう。


「フローラはおるか!」


 フローラに声をかけようとすると勢いよく扉が開かれ、十歳そこそこの女の子が堂々と入って来た。女の子は俺達を見るとバツの悪そうな顔をすると出て行こうとする。


「すまん! 逢い引き中であったか!」


「ああ! 待ってください姫様! 違うんです! 誤解です!」


 フローラが女の子を引き止め、事情を説明する。その後、俺に女の子がこの国の第四王女であり、名をルーリィということを教えてくれた。ルーリィは俺の顔をマジマジと覗き込む。


「お主……良い目をしているな。ふむ……どこかで見たような気もする」


 俺はルーリィから顔を背ける。


「どこにでもある顔ですよ」


「そうかのう」


 ルーリィは少し考える素振りを見せたが、すぐにやめる。


「ま、いいか。そろそろ行かんといかんしな」


 そう言うとルーリィは店を出て行った。


「……何だったんだいったい……」


 俺が呆れたように言うとフローラが寂しげに笑う。


「ああやって、悲しんでいる人や寂しくしている人を励ましてくれる優しくて……強い方なんですよ」


「王族って偉いんだろ?護衛もいないようだが、好き勝手に出歩いて大丈夫なのか?」


「色々と事情がおありで……考えての行動のようですし……」


「なるほどねえ。……あ、話が途中だった。あなたに伝えることがまだあるんだ」


 俺の言葉にフローラは真剣な顔になる。


「何でしょうか?」


「『花の注文書』は没収されたけど、内容を伝えておこうと思って」


「……内容がわかったのですか?」


 フローラから少しばかりの殺気を感じる。俺は気にせずに言葉を続ける。


「一言一句間違わずに……ココに入ってるからな」


 そう言って俺は自分のこめかみをトントンと指で叩いた。


──────



 クロウに『花の注文書』の中身をそのまま紙に書かせるとフローラは店の奥に入って行った。自室の床を外し、地下へと降りる。地下の金庫から『注文書』の一行目で指定されている暗号解読機を取り出すと二行目で指定されている設定に合わせる。解読準備のできたフローラは『注文書』の解読を始める。


『親愛なる姉さんへ

 俺が潜入している支部を含めたいくつかの支部が大規模な計画を実行に移そうとしている。

 第四王女の誘拐。

 時期は第二春季、第二半月の頃。

 詳細は不明。

 警戒を怠らないでほしい。』


 フローラは涙が止まらなかった。弟が最後に命がけでもたらした情報。それは値千金の犯罪計画の知らせだったからだ。


(良かった。これで……貴方も報われるでしょう……)


 涙を拭き、店に戻ろうとしたフローラは、ふと足を止める。何かが引っかかったのだ。


(宰相秘書官は……この情報はがなると……有意義に使えると言った。でも、第四王女ルーリィは今日も一人でこの店に来た……。どういうこと? この情報を元に第四王女の警護を強化するということじゃなかったの?)


 一つの考えに至ったフローラは青ざめる。


(まさか……いえ、ありえる。第四王女を取り巻く環境ならありえる)


 自分のとるべき道を必死に考えながらフローラは地下室を出た。



──────



 ピスティールを出たルーリィは店を振り返り、と走り出した。


(あの男の顔、どこかで見たと思ったが……手配書じゃ。今朝目を通した手配書にあった脱獄犯にソックリじゃ!)


 走って行くルーリィを本人の思いとは裏腹に街の人達は微笑ましく見守る。ルーリィは酒場の前まで来ると酒場前に設置されている掲示板を見る。


(あった。やっぱりあいつは脱獄犯じゃ! このままでは……フローラが……)


 ルーリィが助けを呼ぼうと振り返ると街中を警戒中の衛兵が目に入った。



──────


 フローラが店の奥に入ってからしばらくたち、手持ち無沙汰になってきた。お茶も飲み干してしまってやることがない。そこで、先程失敗してしまった魔力感知を調整することにし、ついでに周囲の警戒をすることにした。

 先程は人々の微細な魔力の質の違いもわかるように感知してしまったために処理がおいつかなかったのだろう。今度は魔力の位置を特定する程度の精度にし、徐々に範囲を広げていく。店の周囲から更に外の区画、そして大通りを捉えるほどの範囲へ。

 精度を落とし、人が大勢いることを念頭に行ったが、先程ではないにしろ頭がクラクラし、目眩がする。これは……早めに慣れるためにも何度も感知をした方が良さそうだな。

 そのまま警戒を続けると大通り方面からこの店に近づいて来る四人組がいるのがわかった。四人組で行動している人間は衛兵の可能性がある。警戒し、四人組の動向に意識を向けていると四人組が店の前で止まった。危険を察知した俺は出入口からは見えないカウンターの裏に隠れる。

 俺が隠れると同時に静かに扉が開かれ、衛兵達が入ってくる。衛兵達は一言も発さない。それに、音を出さないように慎重に周りを伺いながら店の中を進む。何か犯罪が発生していると確信しているような動きだ。この四人を撃退するのは簡単だが、ここで問題を起こせば、更に追手が厳しくなり、『勇者の血族』の情報を入手しにくくなる可能性が高い。俺は衛兵達が諦めるのを祈りながらカウンターの裏に隠れ続けた。

 衛兵の一人がカウンター直近まで来た時、フローラが店の奥から出てきた。


「まあ、何かご用でしょうか?」


「ああ、ご無事で……。これは失礼しました。ココにこのような者がいると聞きましたので」


 紙を広げる音が聞こえる。フローラが目を見開く。フローラが咳払いをしながらカウンターに入って来た。その時、フローラと目があった。俺は思わず懇願するような目でフローラを見てしまう。フローラはカウンター内から衛兵に向き合うと口を開く。


「その手配書に似た男の方でしたら、先程までおりましたが、お茶を飲んだら出て行きましたよ」


「このカップですかな。まだ暖かい。遠くには行ってないだろう」


 フローラの返答にテーブル近くから別の衛兵が声をあげる。その言葉にフローラと話していた衛兵も反応し、全員が店を慌ただしく出て行った。

 衛兵が出て行ったのを確認するとフローラは店に鍵をかける。振り返ったフローラから先程までの悲しみを帯びた優しそうな雰囲気は消えていた。今は、氷のような冷たい眼差しで俺を見つめる。フローラは何故、俺を助けた? その疑問を口にする前にフローラが口を開いた。


「私のお願いを聞いていただけますか?」


 フローラの雰囲気が変わったことに驚いたのは事実だが、そのことに構っている状況ではなかった。


「お願い?」


「はい。一つ……やってほしいことがあるんです」


「そのために俺を助けたと?」


「はい」


 フローラはお茶を飲んだテーブルまで移動すると椅子に腰掛けた。


「貴方、今話題になっている衛兵を七人も殺して脱獄した一人だったんですね?ということは……強いのですか?」


「衛兵を殺したのは俺じゃない。……だが、強さには自信がある」


 俺の返答にフローラは目を細める。


「強さに自信があるのなら、今も衛兵を倒せば良かったと思うんですが?」


「そんな事をしたら、俺の目的が達成しづらくなる」


「目的?」


「……『勇者の血族』をどうにかすることだ」


 その返答にフローラの口角が上がった気がした。


「それなら良かった。私の目的も『血族』絡みなんです」


 フローラの意外な言葉に俺は続きを急かそうとするが、店外からの叫びに遮られた。


「フローラ! フローラ! 大丈夫なのか!? フローラ!」


 先程、店を出て行ったルーリィの声だ。叫びながら、鍵のかかったドアを必死に開けようとしている。

 フローラは俺にカウンター裏に隠れるようジェスチャーするとドアを開けた。同時にルーリィが飛び込んで来たようだ。


「フローラ、先程ココにいた男は手配中の男だったのじゃ! わらわが気づいたから、衛兵に店を確認するように言ったのじゃが、大丈夫じゃったか?」


 衛兵が来たのはコイツの所為だったのか……。しかし、半泣きでフローラにすがっているようで本当に心配していたことがわかるので、俺は思わず微笑んでしまった。


「あやつは怪しい目付きをしておった。フローラが手篭めにされてしまうのではないかと心配したぞ」


 このガキ……!


「姫様……心配してくださって、ありがとうございます。私も……衛兵の方に聞いて驚きました。怖くなってしまったので、店を休みにして奥に隠れていたんです」


「そうじゃったか。何もなかったのであればなによりじゃ」


「姫様も今日は危のうございます。お城へ戻られた方が……」


「うむ。フローラの言うこともわかる。じゃが、妾にもやらねばならぬことがあるのだ。スマヌな」


「いいえ。出過ぎた真似をいたしました」


「何を言う。フローラが妾を思って言ってくれた言葉じゃ。妾は胸が暖かくなる思いじゃ。ありがとう。……戸締りはしっかりするんじゃぞ。またな」


 そう言うとルーリィは出て行ったようだ。カウンター裏から顔を出すとフローラが涙を拭いているのがわかった。かける言葉が見つからず、黙っているとフローラが口を開いた。


「私が……貴方に依頼するのは、あの子……第四王女ルーリィの護衛です」


 フローラは店の前に『休み』の表示をすると、俺を連れて店の奥へと入った。


「依頼の詳細をお話しする前に確認したいことがあります」


「確認?」


「はい。貴方が『勇者の血族』を狙う理由と『注文書』を入手した時の詳細な状況です。あの『注文書』を持っていたのは……私の弟の筈なんです。……正直に……答えて」


 フローラが真剣な目で俺の目を見つめる。俺は決心すると『注文書』を受け取ってから脱獄するまでを詳細に語る事にした。

『注文書』の受領と男の死。『注文書』を狙って襲ってきた男との戦い。『資格外活動』での捕縛と『注文書』の没収。『勇者の血族』と誤認され、拷問を受けたこと。


「そして、『血族』も俺を仲間と勘違いして牢を襲撃してきたんだ。そこで『血族』の目的を聞いた。……俺は許せなかった。平和の為に戦った男の名を騙って、平和を乱すあいつらが!……だから俺はあいつらと戦うと決めたんだ」


「そうだったんですか……。『注文書』を届けるだけでなく、弟の仇も討ってくださってたんですね……。『資格外活動』はともかく、手配にかかる犯罪も誤解だなんて……」


「まあ、どさくさ紛れとはいえ、脱獄は本当なんだが……」


 話の最中、俺をジッと見つめていたフローラが俯き、深呼吸を一つする。再び顔を上げると真剣な眼差しで口を開く。


「貴方の言葉には嘘がないと判断しました。だから、正式にお願いします。第四王女ルーリィの護衛を……」


「それなんだが、護衛を依頼って……何か危機でも迫っているのか?」


「はい。間違いありません」


 そう言うとフローラは、先程俺が復元した『花の注文書』をテーブルの上に置く。


「これは……貴方も察していたかもしれませんが、暗号文書です。内容は……『血族』による第四王女の誘拐。時期は第二春季、第二半月の頃」


「!? 本当なのか? それは……」


「弟が命がけで得た情報です。嘘なわけがあるはずありません」


「だとすると……後二日で決行されるってことか……」


「いいえ、時期は含みを持たせてあるので正確にはわかりません。近いうちとしか……」


 俺は一つのことが引っかかり、フローラに質問を浴びせる。


「何故……俺に話す。これが暗号であることも含めて……。本物ならば、国に報告して終わりだろ。ここがことを俺に示してまで……国を裏切るに等しい行為をしてまで話す理由は何だ!?」


 フローラが虚ろな目で窓の外を見ながら口を開く。


「貴方が持っていた原本……衛兵を通じて国に渡っていて、この情報を……国はすでに知っているんです。国の偉い方は情報の詳細は話しませんでしたが、弟が得た情報を有意義に使うと言っていました……。でも、ルーリィには護衛の一人もついていません。だから……わかったんです……弟が第四王女ルーリィを救うために命懸けで入手した情報は……ルーリィを排除したい他の王子や王女の思惑によって握りつぶされたか、取り入ろうとする者に利用されたのだろうと……。私は……それが許せない」


 フローラが大粒の涙を流し始める。


「……しかし、兄妹にそこまでやる奴がいるのか?」


 フローラが冷たい眼差しを俺に向ける。


「いるんです。ここの王室は能力至上主義で競争主義だから……王位を得るためにそれくらいのことをする者も出てくるんです。現に他の兄弟の策略でルーリィは護衛を着けられないんです」


「どういうことだ?」


「まず、王室のルールが関係するので説明しますが、この国の衛兵や騎士団といった戦力や場内で働く執事やメイドは王のモノであって、王室のモノではないという前提があります」


 俺は理解したことを示すように頷き、話を促す。


「すべてが王のモノで王室のモノではない。つまり、それらのモノを王室……王妃や王子、王女は使うことができないんです。護衛をつけるのであれば、自身の稼ぎで雇うか議会の要請で傭兵を派遣してもらうしかないんです」


「雇うのは誰でもいいのか?」


「経歴や出自についてであれば、どんな者でも認められる筈です」


「なら、雇えばいいじゃないか」


 俺の言葉にフローラが俯く。


「問題はここからなんです。王子と王女が人を雇うには二つの大きなルールがあるんです」


「それは?」


「一つ目は雇える人数について。弟妹(ていまい)の人数に一人足した人数までと決まっています」


「ええと……六人兄弟の一番上なら六人雇えて、五番目なら二人、一番下は一人ってことか……」


 フローラが頷く。


「二つ目は……」


「!? ちょっと待て! 何だこれは……」


 俺はフローラとの話し中も再度衛兵が来てもいいように広範囲に対して大雑把な魔力感知を行っていたのだが、大通りに現れた小さな魔力に周りの魔力が次々と弾き飛ばされる状況を捉えたのだ。


「どうかしたのですか?」


 俺の様子にフローラも異常を感じ取ったらしい。


「これは……逃げ惑っているのか? 大通りで何者かが暴れている?」


 俺の言葉にフローラの顔が見る見る青ざめる。


「まさか……『血族』?」


 俺は店から飛び出す。外に出た俺はギョッとした。南の空の彼方に小さくワイバーンが十匹程見える。ワイバーンもこちらに向かっているようだ。どっちだ!? どっちが『血族』だ!? 大通りに行くか正門に行くかで一瞬逡巡しゅんじゅうする。軽くパニックでも起こしているのか、全開での魔力感知の影響が残っているのか軽い目眩めまいに襲われる。

 俺は目眩を振り払うように頭を振る。そうだ。考えても仕方がない。手近な方から対処するしかない。俺は大通りに向けて走り出した。

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