王都への帰還
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クロウがコーネの集落で歓待を受けている頃、花屋のピスティールに一人の来客があった。
「フローラはおるか?」
フローラが店奥から顔を出すと、そこには腕組みをした十歳そこそこの少女が微笑んで立っていた。
「ひ、姫様!? こ、こ、こんな時に外出されて平気なんですか!?」
ピスティールを訪れていたのは第四王女『ルーリィ=グリンガム』だった。
「街中の喧騒は知っておる。何でも、犯罪者が脱獄し、衛兵数人が殺されていたそうじゃな」
「はい……。それに、墓場の裏でホームレスの男性が殺されていたという話もあります」
「そうだったか。だが、そんなことよりもな。お主が昨日から落ち込んでいるようだと聞いたのでな。心配だから顔を見に来たのじゃ」
満面の笑みでそう言う少女にフローラは唖然とする。
「わ、私のために……このような危ない時勢ですのに……」
「気にすることはない。臣民の事を気にかけるは王の務めじゃからな。何かあったら
そんな力も権限もないであろうにそう言って笑う少女にフローラも笑顔で
「ありがとうございます姫様。そのお言葉だけで嬉しいです」
自分の置かれている立場を受け入れても、なお前を向く少女にフローラは少しだけ癒された気がした。
──────
翌朝、俺は別れを惜しむコーネに挨拶し、王都へと出発した。集落からの方角は覚えていたので
脱獄犯の俺が王都に入るには侵入するしかない。衛兵に見つからないように木の陰から王都を確認する。正門の警備が増強されたのか俺が捕縛された時よりも人数が増え、見張りは四人になっていた。更に城壁の上に四人が立ち、警戒の目を光らせている。わかっていたことだが、正面から入るのは無理そうだ。
俺は林を抜けて王都の東側に回る。東側には門が設置されていなかったが、テントがいくつか設置されている。テントの一つから民族衣装だろうかヒラヒラした服を着た男が出てくる。両手で
城壁の方を見ると門がなく、城壁前に見張りがいないためか、城壁上には六人の衛兵がおり、警戒のために歩き回っている状況だった。侵入するには城壁を越えなくてはならないが、人目があるのでこちらからの侵入も難しそうだ。
北側には城があるので、選択肢として排除。俺は正門側に戻ると、そのまま西側に向かって移動する。西側に移動する途中で正門の西側に大きめの家がある事に気づく。家の前には馬車も止まっている。どうやら馬屋のようだ。俺は馬屋の人間にも見られないように慎重に移動する。
王都の西側は城壁から少し離れた所から森になっていた。森の中には木製の小屋が点在している。
王都西側の森。俺は木の枝を折ると一本の大きな木に登った。持ってきた木の枝を体の前に出し、気休め程度のカモフラージュをする。城壁上の衛兵は変わらず二名。一名は北西側を見張り、一名は南西を警戒している。門前の衛兵はそもそも上を警戒してはいないようだった。
俺は右手で城壁南西に立っている尖塔を指差す。指先に魔力を集中させるが、威力を抑えるという難しい調整を行って呪文を放つ。
「
指先から放たれた小さな光球は、日の光の下では目立たず、誰にも気づかれる事なく目標の尖塔に命中する。命中した箇所から少量の煙が上がる。ポンッと小さな音がなった筈だ。
城壁上で南西側を警戒していた衛兵が尖塔に目をやる。首を傾(かし)げるだけで動こうとしない。
動けや! そう叫びそうになるがグッと堪(こら)え、更に二発の光球を尖塔に放つ。
立て続けに物音がした事にやっと違和感を覚えたのか南西側を警戒していた衛兵が弓を構えて尖塔を睨む。だが、衛兵は動かない。尖塔に近寄ってくれた方が楽だったが仕方ない。意識が尖塔に向いてるだけでも問題なしとしよう。
「
俺自身が発する音を一定時間消す呪文を唱えると木々の間を飛び移り、尖塔に意識を集中している衛兵の後ろに無音で着地する。着地した俺はすぐに王都内の城壁下を確認する。家はいくつかあるが人影はない。大丈夫そうだ。そう判断した俺は誰にも気づかれる事なく王都内へと舞い降りた。
王都内に侵入した俺はフードを目深に被り、ピスティールを探し始める。確か、正門で俺を捕縛した衛兵はピスティールを花屋と言っていた。まあ、『花の注文書』が行き着く場所なのだ。その情報がなくても花屋を探しただろう。
城壁近くは粗末な作りの家がいくつか建っているだけだったが、街中に移動するにつれ、家は立派になり、その数を増やした。それに比例するように人の数も多くなる。ここまでの人を見るのは初めてだ。行き交う人々に頭がクラクラしてきた。
歩き続けると大通りに出た。遠く南の方に正門が見える。ここが王都のメインストリートのようだ。衛兵の姿に注意しつつ移動しようとすると視界の端に見覚えるのある人物がいたような気がした。そちらを見るが見覚えのある人物は一人もいない。店の中に入ったのかと思い、気配を探ろうと魔力探知の感覚を全開にする。
王都のマップが頭に広がり、大勢の人々の魔力気配がマップに配置されていく。しかし、気配のあまりの多さに俺の頭はパンクしてしまった。
大通りから外れ、フラフラと歩いていると一見の店先に水の入った水瓶が置かれている事に気がついた。
気持ち悪い。水飲みたい。
俺はフードを取り、水瓶に手をかけると、水瓶に頭を突っ込んで水を飲んだ。
冷たい。
なんか甘い気がする……。
目眩と吐き気が良くなってきた。
落ち着いてきたので、水瓶から顔を出す。酷い目にあった。気を取り直してピスティールを探そう。
「な、何してるんですか!? それは飲み水じゃありませんよ!!」
突然襲ってきた叫び声の主に目をやる。大輪の花を抱えた青ざめた顔の綺麗な女性が俺に不信感丸出しの視線をぶつけてきていた。
俺を不審そうに見つめる女性に事情を説明する。
「申し訳ない。俺……私は王都に来たばっかりなんですが、あまりの人の多さにクラクラして気持ち悪くなってしまいまして……この水が目に入ったので……つい飲んでしまい……」
自分で説明していても、そんな馬鹿な話があるかと突っ込んでしまいそうだ。しかし、女性は俺の話を真剣に聞くと
「そうですか」
と言って、建物の中に入ってしまった。
このまま立ち去っていいものか考えていると、女性が出てきた。その手にはコップが握られている。
「こっちの綺麗な水をどうぞ。それと丸薬(がんやく)です」
女性からコップと丸薬を受け取った俺は一息に飲み干す。
「本当に申し訳ない」
感謝の意も込めて、深々と頭を下げる。
「いえいえ、私も叫んでしまって申し訳ありません」
女性も頭を下げる。
「いや、あなたの反応は正常だと思いますよ……。他の人のことを知らないけど……」
「どういうことですか?」
「俺、つい最近まで山奥で両親と暮らしてまして……他の人に会ったことがなかったものだから……」
「そうなんですか……それでは、王都の人の多さを見たら驚いたでしょう?」
「ええ、クラクラするほどでしたよ」
俺がおどけて言うと女性はクスクスと笑ってくれた。
「王都へはどういった御用件で来られたのですか?」
女性の質問で本来の目的を思い出した。
「あ、そうだった。すいません。ピスティールという店を知りませんか?花屋だと聞いたんですが」
俺の質問に女性は目を丸くすると建物の玄関口に掲げられている看板を指差した。そこには『ピスティール』と書かれている。
「……ここだったんですね……」
「ようこそピスティールへ」
女性はそう言って微笑んだ。
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