故郷にて

「スゴい! スゴいぞ! 飛んでるぞ! スゴーい! ワイバーンより早いぞ!」


「耳元で怒鳴るな!」


 衛兵舎地下の牢から脱走した俺達は呪文で空高く舞い上がり、そのまま空を飛んで逃げているのだが……。


「興奮しすぎだろ。飛んだことないのか?」


「あるわけないだろ! こんな呪文聞いたことないぞ!」


「……そうなのか?」


 魔界との穴を塞ぐ戦いのために先祖が独自に作った呪文なのかもしれないな。若しくは、世俗と離れてるうちに世の中では失われた呪文なのか……。


「誰でもできない呪文だからこそ、衛兵が追いかけてこないんだぞ!」


「ああ、どうりで……。ところで、こっちで良いのか?」


「……空からじゃわからないぞ」


「それを早く言え」


 俺達は女……『コーネ=モエフェス』という名だそうだが、このコーネの故郷の村に逃げることにしたのだ。

 追っ手が見えないこともあり、着地する。コーネは周囲を確認する。俺も周囲を見るが、特に目印になるようなものはない。街道と木々があるだけだ。


「うん。大丈夫だぞ。コッチだ!」


 本当に大丈夫なのか? 俺は不安になったが、他に行くあてもないので黙ってコーネに着いて行くのだった。


「本当にあった……」


 コーネに着いて行くと森の中の少し開けた所に数軒の家が並んでいる集落が現れた。夜が明け始め、薄い日の光の中に見えてきた丸太小屋の姿に肩の力が抜ける。


「やっと着いたか」


「ああ……。久々の故郷だあ!」


 どれだけ故郷を離れていたのだろう……。コーネは両手を高々と掲げて喜びを爆発さている。

 と、一番手前の家の扉が開く。


「どこのバカだい!?こんな朝早くから騒いでいるのは!」


 家から出て来た恰幅の良い中年女性がそう叫びながら俺達を睨んでくる。

 俺は……その女性の頭の上に見える獣耳に視線が釘付けになる。


「あ、あれは……何だ?」


「ん? あの人は世話焼きおばさんのコウシカさんだぞ!」


 俺が聞きたいのはそんな説明じゃない。そう言おうとした俺が口を開くよりも先にコウシカが叫んだ。


「あ、あんたはコーネじゃないか!!! コーネ!! 無事だったのかい!?」


 コウシカが巨体を揺らしながら突進し、コーネに抱きつく。


「ああ、アタシャ信じてたよ! いいや集落の皆が信じてた。あんたは無実だって!」


「おお……コウシカさん、実は……まだ無実にはなってないんだぞ」


「へ? じゃあ、どうして……」


 冷静になったコウシカがコーネをその圧迫から解放し、目を丸くする。


「コイツが脱獄させてくれたんだぞ」


 そう言って俺を指差す。


「そう、あんたが……」


 コウシカの目が怪しく光った気がした。


 コウシカの呼びかけで集落の長の家で朝から宴会が催されることになった。コーネは長の孫とのことで、助け出した俺は英雄という扱いになっていた。

 ……コーネが長の孫であることも気になるが、一番気になっているのは全員の耳だ。集落の住民全員がコウシカのように、なんらかの獣の耳を頭に生やしているのだ。


「クロウ。楽しんでるか?」


「ああ……!?」


 繁々と耳を見ながら注がれる酒を飲んでいると着替えを終えたコーネが声をかけてきた。かけてきたのだが、俺はコーネの頭上でピコピコと動く獣耳に酒を吹き出しそうになる。


「お、お前……さっきまでは頭に耳はなかっただろ」


「これか? 獣人は差別されるからな。畳んで髪の中に隠してたんだぞ」


 コーネはそう言いながら胸を張る。


「差別……されているのか?」


「クロウは本当に世間知らずだな」


「ぐ……」


 しみじみと言われて少し傷ついた。


「普通に生活してる限りは差別されたりはしないけど……上流階級にはまだ残ってるようだね。それに、牢の中じゃ何をされるかもわかったもんじゃないしね」


 コウシカの説明に周りも頷いている。

 異世界の話を聞いてるようだ。誰もが知っているであろう知識を神妙な顔で聞いていると、コーネが俺の顔を覗き込んできた。


「ふう。本当にモノを知らないクロウに教えてあげるけど、クロウは脱獄前後で更に『資格外活動』をしてた可能性があるからな」


「な……嘘だろ?」


俺の反応にコーネがヤレヤレという感じで肩をすくめる。


「じゃあクロウ、『血族』の奴を殴ったり、蹴ったりしただろ? 『体術のスキル』は持ってるのか?」


「は? 体術にもいるのか?」


 周りの人達が騒めき出す。


「そうだぞ。体術の他に剣術や槍術、他の武器に関してはそれぞれのスキルがいるぞ。『初級』を取れば、決められた場所で指導官の元でなら使えるようになるぞ。『中級』だと自分の意思でどこででも使える。あ、でも犯罪は対象外だぞ。で『上級』になると自分の流派を作って、人に教えられるようになるぞ。さっき言った指導官は『上級』だぞ」


「そ、そうだったのか……」


 つまり、俺は『血族』相手に『体術中級』の『資格外活動』をしてしまったということか……。そこで、別の疑問が湧いてきた。


「呪文はどうなんだ?」


「呪文もスキルがいるぞ」


「マジか……」


 俺は頭を抱えた。


「『呪文スキル』の初級、中級、上級で出来ることは体術とかと基本的には同じさ。でも、呪文はそれと別に『呪文ごとに個別のスキル』が必要になるよ。それぞれのランクで使える呪文が決められてるのさ」


 コウシカがコーネから引き継いで説明をしてくれる。その目は常識を知らない哀れな子供に向けられるそれと同じような気がする。


「他にも入れる街やダンジョンを制限する『冒険』、魔獣狩猟の許可である『狩猟』、飲食関係の職に必要な『料理』、取引には『商売』もいるね。今言ったのは一例で、かなりの数あるよ」


「そ、そんなにあるのか……。一つも持ってなかったらどうなる?」


「まあ、生活は……ほぼ不可能だろうねえ。だから、大抵はスキル初級を子供のうちに取っておくようにしてるんだがね」


 今の世の中はそんな事になっていたのか……。俺は思わず項垂うなだれた。


「まさか……あんた……一つもないのかい!?」


 コウシカの問いかけに俺は小さく頷く。辺りを静寂が包む。皆、俺になんて言って良いのかわからないようだ。そんな沈黙を破ったのはコーネだった。


「クロウ。オマエはスキルを一つも持ってないのか。だったら、ここで暮らそう? ここなら、誰もそんな事は気にしないぞ」


 そのコーネの言葉に周りの人達の顔も明るくなる。


「そうだ。そうすると良い」


 皆が口々に同意する。


「とてもありがたい話ですが……」


「ここが嫌なのか?」


 コーネが涙目で俺の顔を覗き込む。


「そうじゃなくて……。やらなきゃいけないことがある」


「やらなきゃいけないこと?」


「ああ、『勇者の血族』をどうにかしなきゃいけない。それに……『花の注文』を頼まれてるしな」

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