託された手紙──明かされた中身──

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 衛兵長執務室を出た衛兵総長のハジツは自身の執務室に戻ると、眼鏡をかけた若い男が応接用のソファに腰掛けて紅茶を飲んでいるところだった。ハジツが執務室に入って来ると男はハジツに顔を向け微笑む。


「お疲れ様です」


「君の言っていた物はこれで良いのかな?」


 そう言うとハジツは男の対面に腰掛けながら、テーブルの上に『花の注文書』を置く。男は黙ってそれを取り上げると内容に目を通す。


「……確かに……本物に間違いないようですね」


「中身は何と?」


 ハジツが身を乗り出す。


「ここではわかりませんよ。暗号解読には解読機を使いませんとね」


「解読機……」


「だってそうでしょう? 紙とペンがあれば解ける暗号など暗号として意味がないですからね」


「……なるほど……それにしても……よく『勇者の血族』が捕縛されたと知っておられましたな」


 ハジツの質問に男は目を細める。


「フフフフ……情報の出所は秘密に決まっているでしょう?」


 その返答にハジツは溜息を吐き、肩をすくめる。


「でしょうな」


 ハジツの返答を聞いた男は『花の注文書』を懐に入れると立ち上がる。


「そろそろ戻ります。早急に内容を確認しなければなりませんから」


「お気をつけて。宰相殿にもよろしくお伝えください」


 扉に向かっていた男は立ち止まるとハジツに向き直ると


「そうそう、問題の男はこちらの専門官が取り調べを行いますので」


と言い残し、執務室を出て行った。

 男を見送ったハジツは執務椅子に腰掛けると葉巻を手に取るが、怒りのあまりに咥えることなく握りつぶしてしまう。


「若造が……舐めおって!」


 そのまま葉巻を握った右手を執務机に振り下ろす。執務机を殴ったことである程度の怒りが収まったハジツは葉巻を灰皿に捨てると新しい葉巻を取り出して咥える。葉巻に火をつけると二回軽く吸い、煙を吐き出す。


(宰相が『勇者の血族』捕縛の情報を得た理由は簡単だ。奴ら……衛兵の中にも諜報員を潜り込ませているんだ……)


 ハジツは葉巻を一息吸い、煙を吐き出すと未だ残っている葉巻を灰皿にグリグリと押し付けて火を消す。


(私の……組織に……舐めおって! 裏切り者を炙り出して……。いや、わざわざあの若造が諜報員が潜り込んでいることを匂わせたのだ……。裏切り者を探し始めたとたん私も反逆罪に問われる可能性がある……)


「くそぉぉ!!!」


 衛兵総長執務室に執務机を叩く音が鳴り響いた。



──────


 取り調べが終わり、入れられた牢の中で横になっていると遠くから男の喚き声が聞こえてきた。どうやら、別の奴が別区画の牢に入れられたらしい。


「なあ、オマエは何をしたんだ?」


 向かいの牢に入れられている女が声をかけてきた。


「んん?ああ、『資格外活動』って言ったかな?」


 俺の罪状を聞いた女は笑い出した。


「『資格外活動』? そんなので捕まるマヌケは初めて見たぞ」


「そんな笑う程のことなのかよ……」


「そうだぞ。この世で生きていくには『スキル』が必須なのは常識だからね。『資格外活動』やる奴なんてよほどのバカで試験に合格できない奴だけじゃないのかな?」


「失礼な……そもそも『スキル』って概念自体を知らなかったんだよ!」


 女が目を丸くする。


「え!?誰だって生まれてすぐに『スキルブック』を渡されて、大きくなるにつれて『スキル』の説明を受けるもんでしょ?」


「山奥で暮らしてたからな……」


「ふうん。田舎者だからかあ」


 元も子もない言い方をされてしまった。


「都会育ちのアンタは何をしたんだよ?」


「ん? 私か? 私はな……」


 女が罪状を告白しようとした時、待機していた衛兵が怒鳴りながら立ち上がった。


「貴様等! 牢内での私語は厳禁だ! 黙らんか!」


 衛兵の一喝に俺達は肩をすくめると話を打ち切り、眠りについた。


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 若い眼鏡をかけた男が王宮前に建てられている宰相公邸に入って行く。男はそのまま公邸二階にある宰相の執務室前まで来ると、ノックをし、返事を待って中に入る。中では、初老の男が執務椅子に腰掛けながら窓の外を眺めていた。初老の男はこの国の宰相であり、この執務室の主でもあるシントウ=イーベイだ。


「只今戻りました」


「御苦労。例の物は本物だったかね?」


 シントウは窓の外から視線を動かすことなく尋ねる。


「ええ、本物です。内容は……犯罪の計画についてでした」


「ほう。どういった?」


「……王女の誘拐です」


 シントウは目を見開き、初めて男に顔を向けた。


「……どの……王女だ?」


 男は懐から『花の注文書』を取り出し、内容に目を通す。


「第四王女のようです」


 男はハジツに解読機がないと暗号内容は読めないと説明していたが、それは嘘だった。この男は全解読機のパターンを記憶しているため、ある程度の内容は解読機なしで読めるのだった。


「……第四……か……」


 シントウは途端に興味をなくしたような表情になると、再び視線を窓の外に移した。


「捨て置け」


「……王女の誘拐ですよ?」


 男は少々の諌めるニュアンスを入れた言葉を発する。


「無礼ですよ。ルイン=オーバイト……たかが宰相秘書官が宰相閣下に意見などと」


 男が振り返ると開けられた扉の所に黒いドレスを着た女が淫猥な笑みを浮かべて立っていた。その声を聞いたシントウが慌てて立ち上がる。


「これはこれは王女殿下!このような所にわざわざ来ていただきまして……」


「良いんですのよ。宰相閣下に勉強を教えていただくのですもの……どこにでも伺いますわ」


 王女と呼ばれた女はシントウの横まで来ると肩に手を置き、耳に軽く息を吹きかける。その行為に宰相は恍惚な表情を浮かべる。宰相の様子に満足そうな笑みを浮かべた女は冷ややかな視線をルインに送る。


(出て行けということか……)


 女の言わんとすることを察したルインは一礼すると部屋を後にし、公邸内の自室へと戻る。自室に戻ったルインは懐から出した『花の注文書』を握りしめる。


(俗物め……第二王女ラスティなんぞに咥え込まれおって。……まあ、良い。精々、誰も彼もに体良く利用されるのがお前には似合いだ。……それにしても、第四王女……宰相を咥えこまれるなんて運がありませんでしたね)


 ルインは微笑むと握りしめた『花の注文書』に呪文で火をつけると暖炉の中に放り投げた。暖炉の中でゆっくりと『花の注文書』が灰になっていく。王女に興味などないと言わんばかりにルインがその様子を気に止めることはなかった。



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