絡まる思惑、解けない疑惑

──────


「で!? これは何なんだ!?」


 俺の取り調べを担当する衛兵が声を荒げる。まあ、気持ちはわからなくはない。血に塗れた『花の注文書』を懐に入れていたのだから、何かあったと考えるのが普通だろう。


「何度でも言いますけど、街道沿いで瀕死だった人から預かったんですよ」


「死の間際で見ず知らずの人間に頼むのが花の注文な訳があるか!」


 衛兵の言い分はごもっともだ。しかし、事実なのだからしょうがない。溜息を吐きながらも俺は何度目かになる同じ説明を衛兵にするのだった。


──────


 衛兵長執務室。

 第五衛兵長である『キンク=ライフィニー』はいつもと代わり映えのしない部下達の勤務日報に目を通す。


(報告事項なし。そんなわけがあるはずもないのに……俺の部下は馬鹿ばかりか?)


 勤務日報を机に投げ出し、溜息を吐きながら天を仰ぐ。

 その時、特別な報告がない限りされるはずのないノックの音が室内に響いた。


「どうぞ」


 キンクが入室を促すと一人の衛兵が入ってきた。


「失礼します。先程、正門にて資格外活動の男を捕縛しましたのでご報告に参りました!」


 その報告を受けたキンクは目を細め、苛立ち混じりの視線を報告者にぶつける。


「正門での資格外活動とは、『冒険上級』がなかったのか? それだけでは捕縛基準に満たんぞ」


「それが……ブック自体を持っていないようで……他にもいくつか違反をしているようなので捕縛しました」


 その報告にキンクは目を見開く。


「ブックを持っていない……だと? それで? その理由は何だと言っている」


「はい。ブックについて聞いたこともなかったので、知らなかったと……」


「お、お前らは……その言葉を信じたのか?」


「え? ええ、よほどの田舎であれば、あり得るかと思いまして……。それより、血のついた『花の注文書』を持っていましたので、他の犯罪の可能性も一応調べていました」


 キンクは、この想像力の足りない部下を怒鳴りつけたくなったが、グッと堪えた。


(何故、そこで思考停止するのだこの馬鹿共は!? しかし、逆に考えれば、これはチャンスだ)


「わかった。確認したいことがある。そいつの所に案内しろ」


「え!? あ、はい了解しました!」


 上司の思わぬ申し出に衛兵は面食らうが、すぐに表情を引き締めると上司の案内を開始した。



──────


 疲れた。それが率直な感想だった。何回も同じことを話すことがここまで面倒臭いことだとは思わなかった。

 俺が捕縛の件とは別に犯罪をしている。そう決めつけて行われる取り調べに何か意味があるのだろうか?

 何度目かわからない溜息を吐いていると扉が開いた。入ってきたのは、他の衛兵とは色の違う鎧を着たスキンヘッドの男だった。スキンヘッドの男は取り調べをしていた衛兵に代わるように告げると、俺の正面に位置する椅子に腰掛けた。


「やあ、はじめまして。私は衛兵長をしている者だ。なんでもスキルブックの存在を知らなかったそうだね?」


 今まで聞かれていた『花の注文書』と関係ない話題だったことから、一瞬言葉が詰まった。


「ん? ああ、親と山の中で暮らしてたんでね。見たことも聞いたこともないよ」


 俺の言葉に衛兵長は満足そうに頷く。


「なるほど。山の中という俗世間から離れた所で英才教育を受けていたということか」


「まあ、教育を受けたというか使命を果たさせられていたというか……」


 衛兵長が目を細める。


「不躾な質問で申し訳ないんだがね。君は『勇者の血族』かな?」


「!?」


 突然の……予想外の質問に思わず呆然と衛兵長の顔を見る。俺の反応に満足したのか衛兵長は満足げな笑みを浮かべる。衛兵長の後ろに立っている先程まで取り調べをしていた衛兵も目を見開いて俺を見ている。


「答えなくても構わんよ。今の反応でわかった」


 そういうと席を立ち、他の衛兵に俺を牢に入れるように指示を出して部屋を出て行った。

 突然、何の脈絡もなく勇者の血筋であることを言い当てられた俺は混乱していた。当の衛兵長は俺が勇者の血筋であることを確認すると満足して出て行ってしまったが、まったく意味がわからない。そこに何の意味があるんだ?


──────


 取り調べ室から出たキンクは笑みが溢れるのを抑えられなかった。


(やったぞ! 遂に掴んだ出世へのチャンスだ! 俺が気づいた! 俺の手柄だ!)


 キンクはクロウが持っていた『花の注文書』を証拠品の中から取り出すと執務室へと戻った。執務室に戻ったキンクは早速『花の注文書』の中身を確認する。


(確かに花の注文書にしか見えない……。だが、あいつが『勇者の血族』である以上は何らかの暗号になっているはずだ。これを解いて情報を入手すれば……俺は出世できる!)


 キンクは紙とペンを用意すると書かれている花の名前を異国の言葉に変換して並び替えたり、数量分文字列をズラしてみたり、花言葉を調べてみたりするが答えは浮かび上がってこなかった。

 もともと暗号の解読などしたこともないキンクには考えつく方法などたかが知れており、すぐに行き詰まってしまう。キンクが解けない暗号に苛立ち始めた頃、執務室の扉を叩く音に作業を中断された。


「何だ!?」


 キンクが苛立ちを隠そうともせずにノックに返事をすると扉がゆっくりと開いた。


「な!?」


 そこには衛兵の最高位である衛兵総長の『ハジツ=コミナーティー』が立っていたのだ。衛兵内の身分において、衛兵長は下から二番目であり、最高位の衛兵総長は遥か雲の上の身分である。そんな人物が何の前触れもなく自分の執務室に来たのだ。キンクはこの不意打ちに思わず立ち上がり、直立不動になったが言葉を発することはできなかった。


「そう固く並んでくれ……。ここに寄ったのはね、ちょっと確認したいことがあったからでね」


「か、か、確認したいことでありますか!」


「ああ」


 ハジツは微笑みを浮かべながらキンクに近づく。


「最近、変わったことや気づいたこと。組織への要望等はないかね?」


(た、ただの視察か? 驚かせやがって……)


「と、特にはありません!」


「ほう。……先程、捕縛者がいたと小耳に挟んだんだがね……」


「ただの資格外活動であります。閣下へ御報告するほどのモノではございません!」


 ハジツの視線が不意に机の上に移る。


「噂だと……その男は『勇者の血族』だとか……」


「!?」


 不意に出された単語にキンクは思わず息を飲む。


(ここでそれを認めてしまえば、手柄の一部……いや、全部を衛兵総長に持っていかれてしまうだろう。奴が『血族』だと言うことは俺と直前まで取り調べをしていた衛兵しか知らない。こんな短時間で衛兵に確認できたとも思えん。証拠もないのだ、しらばっくれるのが吉だ)


「顔色が悪いようだが、事実なのかね?」


「め、滅相もありません! そのような事実は確認できていません!」


「そうかね……」


 ハジツは机の上に置かれた『花の注文書』と『暗号解読用のメモ』を摘まみ上げる。


「では、これは何だね?」


 キンクの額に冷や汗が一気に吹き出す。


「そ、それは……不自然な所持品だったので……暗号かと思い……解読の真似事をしていた……次第……であります」


「ほほう。ただの『資格外活動』が暗号を持っていると?」


「そ、それは……」


 不意の質問に思わず正直に答えてしまい狼狽えるキンクの顔をハジツが覗き込む。


「これはね……我が国が使っている暗号文書だ。それを君は解こうとした。第一級の反逆行為だよ。君」


 キンクの顔が見る見る青ざめていく。


「そ……な……馬鹿な……あいつが……我が国の諜報員!?」


「いいや、そこは違う。だが、諜報員ではない者が持っているということは、諜報員から奪ったとしか考えられん。そして、本人が『勇者の血族』と認めている以上、その考えは当たっているのだろう」


「か、閣下! わ、私は決して反逆など……」


「衛兵長……衛兵の職務は何かね?」


 キンクの弁明をハジツは無情に遮る。


「しょ、職務は……王都の城門と都内外の警戒を実施し、犯罪の未然防止及び犯罪を行なった者の捕縛……です」


「そこに、暗号の解読や反逆者の炙り出しは含まれるかね?」


 ハジツの無情な言葉にキンクの体は震えだした。


「ふ、ふ、ふぅ、ふく……まれ……ません……」


「君の行為は越権行為であり、先程も言ったように反逆行為だ……残念だが、牢内で反省することだな」


 ハジツがそう言うと指を鳴らす。室外に待機していた男達が入って来るとキンクを力づくで拘束する。


「閣下! 閣下! 違うんです! 閣下!」


 キンクの涙ながらの訴えにハジツは何の反応も示さず、『花の注文書』を懐に入れると執務室から出て行った。


「かっ、かっ! ああ! あああああああぁぁぁぁぁぁ……! ……!」


 キンクの叫びは口に押し込まれた布に遮られ、誰にも届かなかった。

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