託された手紙

 飛びかかって来た大人二人分はあろうかと言う体長の四足歩行魔獣を一刀の元に切り捨てる。魔界に通じる穴を塞いだことで平和になったと思っていたが、この世界に元からいる魔獣も充分に危険であることを早くも認識してしまった。

 急に飛びかかってきた魔獣を撃退した俺は、その肉を切り分け、食べきれる分の肉と前肢に生えた鋭い爪を荷物に入れる。爪を取ったのには訳があった。親父が『売れるから』と魔物の体の一部を切り取っていたことが何度かあったためだ。何が売れるかはわからない。しかし、爪くらいならそこまで荷物にもならないと考え、とりあえず取ってみたのだ。

 家を出て早一日。山を降りた後は街道沿いに街へと向かっている。時折、今の様に魔獣が出てくるので退治しながらの旅だ。長年暮らしていた山の中とは違う樹木や遠く感じる空を眺めながらユルユルと歩いて行く。

 ふと、血の匂いがしたことから立ち止まる。血の匂いは街道脇の森の中から漂ってきている様だ。匂いの元を確認しようと森の中に足を踏み入れる。匂いの元はすぐに見つかった。血まみれの男が木に寄りかかって座り込んでいたのだ。微かに息はあるようだが、血溜まりの量から先が短いことは一目でわかった。

 先程の魔獣に襲われたのかとも思ったが、傷口の状態は爪や牙によるものではなく、鋭い刃物によるものに見えた。この男は人間に襲われた可能性がある。

 俺は周囲に対する警戒を強めながら男に歩み寄った。


「大丈夫か?」


「!?  だ、誰か……いるのか?  ……流された血は……」


 男が口を開く。男はすでに目が見えなくなっており、出血量もわからないほどの様だ。俺は男の横にしゃがみ込むとその右手に触れる。


「ここにいる。出血は酷い様だ……何か言い残すことがあれば、伝える様に努力しよう」


「ああ……ありがたい……。すまないが……これを……」


 男は俺の呼びかけに感激したのか、ホッとした表情になると声を震わせながら礼を言い、懐から血で汚れた封書を取り出した。


「これを……王都にある『ピスティール』という……店に……」


「わかった。届ければいいんだな?」


 襲ってきた相手について確認しようとも思ったが、話すのも苦しそうな男にこれ以上の質問ははばかられた。俺は受け取った封書を持っていた布で包むと懐にしまう。助からないとわかってはいたが、俺は男に回復呪文をかける。少しでも痛みが和らげばと思ってだ。男は微笑むと緊張の糸が切れたのか息を引き取った。

 俺は男の亡骸を埋葬すると街道に戻った。しばらく歩くと分かれ道に差し掛かる。立札によると王都へ続く道とここから一番近い街への分岐の様だ。男からの頼みもある。俺は迷わず王都への道を選んだ。

 しばらく歩いていると、再び血の匂いが漂ってきた。今度は先程よりも薄い代わりに鋭い殺気も僅かばかりだが感じる。

 俺は立ち止まると辺りの様子を伺った。後方の木の陰に僅かばかりの空気の淀みの様なものが感じられたので、俺はその木の方向に体を向ける。

 おそらくは、先程の男を襲った人間が隠れているのだろう。不意打ちを受けるよりは、ここで撃退しておきたい。


「さっきから俺の様子を伺っている様だが、何か用か?」


 俺が声をかけると黒い服に簡素な革の鎧を着た一人の男が木の陰から静かに出てきた。


「気配は消していたんですが、バレていたとはねぇ」


 男は喉をクックッと鳴らして笑っている様だったが、その目は笑っていない。

 俺は男に対して右半身を前に出して横向きになると男に見えない様に刀の鯉口を切った。

 そんな俺の様子を警戒したのか男は目を細めると口を開いた。


「用というのはね。聞きたいことがあったんですよ。ここらで……死にかけ、若しくは死んでいる男を見ませんでした?」


 予想通り、この男は先程の封書を渡してきた男を襲ったのだろう。襲われ、瀕死になった男が渡してきた封書の存在が微かに頭をよぎる。


「そんな男を探してどうする?」


「それこそ、聞いてどうするんですぅ? ああ、気になりますよねぇ。何か物を預かってしまった身としては……」


「!?」


 こいつ……あの時のやり取りを見ていたのか? ……いや、それならば様子を伺い、この場で確認する必要がない。これは……俺にカマをかけているだけだ。


「そんなんじゃねえよ。死にかけの男を探している奴がいれば、誰だって気になる。俺だって気になる」


「……今の私の言葉、カマかけだと思って警戒しましたね? いいんですよ。チープなやり取りは。私が死にかけの男を探していると言った時、あなた……懐を微かに気にしましたね? 視線が少し動きました。だ・か・ら、何か預かっていると言ったんです。あなたの私に対する警戒レベルが上がりましたから、変な答え合わせもいりませんよ」


 男の演説に俺は溜息を吐く。


「そこまで俺はわかりやすいか……。参ったね」


「では、観念して物を渡してください。そうすれば、命は取らないであげます」


 そう言うと男は口元だけ微笑んだ。


「嫌だね」


 俺の返答に男は笑顔のままで固まる。


「……何故です?」


「一つ、お前が信用できない。二つ、俺は届けると約束した。それだけだ」


 俺の言葉に今度は男が溜息を吐く。


「そうですか……」


 男の姿が消える。


「……では、死になさい」


 男の声が背後から聞こえると同時に俺は体を深く沈め、男の一撃を躱す。俺は刀を抜きながら反転し、男の足に斬りかかった。

 男は跳び、俺の頭上を越えながら俺の攻撃を避ける。

 俺はすかさず左手に持っていた鞘を頭上に突き出した。

 男は持っていた曲刀で俺の鞘での一撃を防ぐと弾かれた様に俺の後方に飛んで行く。

 空中で身を翻し、体勢を立て直す男に俺は振り返りながら追撃を行った。


極炎呪文フレイテラー!」


 俺が呪文を唱えると突き出した左手から炎が迸り、男を襲う。


「な!? だと!?」


 男は曲刀を素早く振り、炎を散らそうとするが炎はその勢いを失うことなく男の身を焼いた。威力を抑えたとはいえ、さすがは炎系最強呪文だ。


「ぐ、ぐああああぁぁぁぁ……」


 男は地面の上をのたうち回る。男の動きが鈍くなったところで呪文を解除し、炎を消す。男は息も絶え絶えで俺を睨みつけてきた。


「俺の剣撃を躱し、上級呪文まで駆使する……貴様は何者だ……」


「お前みたいな奴に名乗るわけないだろうが。さて、このまま衛兵……だったか? に突き出してやる」


 俺は男を捕縛するために近づく。近づいて行くと男から魔力が圧縮されていく気配があった。


「私が! 体制に屈することはない! 流された血は……あるべき世界のために! 自爆呪文エントレーメイド!」


 男を中心に大爆発が起きる。

 男が呪文を作動させる直前に気づけた俺は、瞬時に呪文の効果範囲から離脱していたので難を逃れることができた。

 男のいた所には小さなクレーターができ、少量の血の跡だけを残して男の姿はなくなっていた。平気で人を殺し、捕縛される直前には自爆までする男。この男は何が目的だったのか……。魔界との穴は塞いだにも関わらず、勇者や先祖達が思い描いた平和が世界に訪れているとは思えなかった。

 こうなってくると渡された封書の中身が気になってくる。封書を確認すると時間がなかったのか封印はされていなかった。開いている封書から難なく中身の手紙を取り出す。少なくとも二人の人間が命を散らせることになった手紙の中身を見た俺は言葉を失った。


 その手紙は……『花の注文書』だったのだ。

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