第5話 団らん

夕食が始まった。テーブルには美生みおと母の一美ひとみが並んで座り、向かいには父の貴生たかおと祖父の和之かずゆきが並ぶ。そして美生の正面は和之となる。


今日の主菜は美生の期待通りコロッケだった。それに野菜サラダ、豆腐とわかめの味噌汁、ご飯。コロッケはじゃがいもを茹でてつぶし、パン粉をつけて揚げた自家製である。味噌汁も一美が鰹節を削って昆布と出汁をとっている。


サラダのドレッシングも自家製で手間と時間のかかる割に大したものができる訳ではないのだが、美生は母の一美の作る料理は日本一美味しいと思っている。一美は


「私は不器用だから母のノートの通りにしか料理を作れない。」


と謙遜するが、本当のところは祖父の和之がかつて妻が作っていたような料理を喜ぶので、わざわざ手間をかけて自分で作っているのである。


良く美生の家でご飯を食べさせてもらっているけいは、


「美生のママの作る料理は昭和の味がするよね。私、生まれてないけど。」


などと言ったりする。




「美生、お父さんの分も食べるかい?」


父の貴生が自分のコロッケを美生の皿に移した。貴生は美生が生まれてしばらくした頃、大病を患ってしまった。



「いたいけな女子大生を妊娠させたりするから、が当たった。」



母の一美は冗談交じりに言うが、それが治ってからもあまり体がきかず、出入りしているバイク屋で車両引上げや車検取得のアルバイトをしたり、近所のお年寄り相手に便利屋みたいなことをして、自分の小遣い程度の金を稼いでいる。


内心忸怩たる思いがあるのかもしれないが、それを表には見せないで飄々と暮らしている。最も母の一美に言わせると


「病気になる前から頼りなかった。」


とのことなので、もともとそういう性格なのだろう。


大した仕事をしていない父と主婦の母、親子三人で祖父にぶら下がっている状態なのであった。それでも祖父が現役のサラリーマンだっだ頃は良かったが、60歳で定年を迎え嘱託となってからは収入も下がり、更に65歳で年金生活となってからは家計に余裕もなくなっている。


本来なら、清空女学院に通学する余裕などないはずなのだが、祖父は美生の学費はちゃんと取っておいてあるから大丈夫と言って、清空女学院への進学を強く勧めた。


それって、本当はおじいちゃんの老後のためのお金じゃない。お父さんもお母さんも経済的には頼りにならないから、将来は自分が稼いでおじいちゃんの面倒を見ないと。美生の決意は固い。


ひとしきり食べ終わって、祖父の和之が尋ねた。


「美生、高校はどうだい?」

「すごく楽しいよ。ゴールデンウィーク前に体育祭があるから、今その準備で盛り上がってる。」


「そうかい、良かったな。」

「うん、入学させてくれて、ありがとう。でも、私の成績で良く合格できたよね。」


隣に座っている一美がニヤッと笑ったが、美生には見えなかった。あまり大っぴらにはされてないが、清空女学院の卒業生の子弟は素行が悪くなければ入学試験でかなり優遇してもらえるのだ。もともとは亡くなった祖母が清空女学院の卒業生で、母の一美も清空女学院の卒業である。一美や和之はそれを知っているが、美生には言っていない。いずれ知ることになるだろうが、その時は清空女学院に入れたことに感謝するだろう。そして、もし美生に娘ができたら娘も清空女学院に入れたいと望むだろう。清空女学院はそんな学校なのである。



「お父さん、学校はオートバイの免許とっていいって言うから、土曜日に教習所の申込みに一緒に行ってくれる?」


「ああ、いいよ。」


「あと、おじいちゃん、佳も一緒に行くって言うから、何かもう一台オートバイを貸してちょうだい。」


「佳ちゃんも行くのかい?」


「うん、佳と行ってくるね。ごちそうさまでした。」


美生は自分の食器をシンクの洗い桶につけると、2階の自分の部屋に戻って行った。




俺たちと北海道に行くんじゃなかったのか?


和之と貴生はがっくりと肩を落とした。その様子を見て一美は懸命に笑いを堪えている。


「あっはっはっ!」


我慢しきれず、一美は笑い出した。

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