第6話 サンバー
土曜日の昼下がり。
ところが、母の
美生は今、高校に入学したばかりの大事な時期であり、まずは学校生活に慣れることが最優先である。バイクの免許を取るのに反対はしないが、学生は勉強が本分であり、ゴールデンウィークまでは学校生活に集中しなさいというのが一美の言い分であった。
美生にしてみれば、1日でも早く教習を受けて免許を取りたい。公道でオートバイの運転に慣れる時間もほしいし、旅費や装備を揃えるためにアルバイトもしたい。夏休みまで時間はあまりないのであった。
美生は必死に反論したものの、結局は一美にけちょんけちょんに言い負かされ、ふて腐れて家から出て来たのであった。
さて美生と貴生が乗っている、この軽トラック、スバルのサンバーは貴生の商売道具であり愛車でもある。今のサンバーはダイハツのOEMだが、貴生のサンバーはスバルが製造していた当時の車両である。エンジンは軽自動車としては珍しい4気筒でスバル独自のスーパーチャージャーがついている。貴生はマニュアルミッションだとクラッチ操作が疲れると言ってオートマを選んだ。
バイク屋でのアルバイトから近所のお年寄り相手の便利屋のまねごとに至るまで父の足として活躍している。
もともと貴生もバイク乗りで、庭の祖父のガレージに一台だけ貴生のオートバイがある。もっとも美生がおぼえている限り、貴生がこのオートバイに乗るのは年に一度の北海道ツーリングの時だけだった。それも祖父の
西武池袋線東久留米駅前の教習所に着いて、美生はなけなしの貯金を全部使って、申込みをした。
技能教習が駄目ならせめて学科教習を、それも駄目なら適性検査だけでも、と美生は食い下がったが、後で一美にバレたらそれこそとんでもないことになる。貴生は懸命に美生をなだめた。帰りの軽トラックの中でむくれる美生の横顔を見ながら、貴生は言った。
「ちょっと寄り道しようか。」
さて、その頃、自宅では祖父の和之も心配していた。美生の気持ちは分かるが、一美の言うことの方が最もなのである。そして、この家では一美が決めたことに逆らえる者はいなかった。
夕食の支度をしている一美もちょっと言い過ぎたと思っているのだろうか、今日のメニューは美生の大好物のハンバーグであった。牛肉の赤身を家でひき肉にして玉ねぎだけをつなぎにした、美生の家では贅沢の部類に入る料理である。
「ただいま。」
美生の明るい声がした。良かった、どうやら機嫌は直ったようだ。和之はほっとして玄関の方を見た。
美生がにこにこしながら、アライのヘルメットの箱を大事そうに抱えている。
「あっ、ヘルメットは俺が買ってやるつもりだったのに!」
和之が大声を出した。
全くウチの男どもは美生に甘いんだから。キッチンで夕食の支度をしていた一美は苦笑した。
「お義父さんはジャケットとグローブとブーツをお願いします。」
貴生はすました顔で答えたのであった。
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