第21話 決裂の味

 肩を震わせながら帰っていく但馬守たじまのかみ後姿うしろすがた茫然ぼうぜんと見送ったみどりは、振り返るなり呑気のんきに水を飲んでいる猫江ねこえに抗議の視線を向けた。


「ちょっと、今の何なのよ?どういうつもり?」

「あの爺さん、何か隠してるんじゃないかな」

「何かって何よ?」

「さあな、それを引き出そうとしたらこのザマだ、あの爺さん怒りっぽ過ぎだろ」


 肩をすくめて他人事のような態度を取る猫江に、みどりの怒りも治らない。


「あなたが怒らせたんじゃない! そんなに人をおちょくるのが楽しい訳?」

「まぁ、落ち着けよ、さっきの話聞いてただろ? 大量殺人兵器の毒ガス盗んで売り捌こうなんてヤバさのレベルが違い過ぎる、命あっての物種ものだねだ」

「はぁ?だから何? 怖気おじけついたって訳? 仕事受けたくないならハッキリとそう言えばいいじゃない! 余裕ぶって人の事見透かした様なフリしてるけど、ただ臆病なだけじゃない!!この最低男!!」

「い、いや、俺は……」


 一方的にまくし立てられて、流石の猫江も肩を落とす。


「出てって」

「滝沢……」

「いいから出てって!」


 みどりの剣幕に逆らわない方がいいと判断したのか、猫江は申し訳なさそうに背中を丸めて店を出て行く。

 自動ドアの手前で振り返り、機嫌を伺う様にみどりに声をかける。


「あの……、滝沢、済まなかったな」


 みどりが目を合わせずに追い払う様に片手を振るのを見て、猫江は諦めた様に去って行った。


(なんなのよこの状況!?)


 事態を整理しようと目を閉じたみどりに店主が声をかける。


「あのぉ、お客さん?」

「はい?」


 振り向くとバツの悪そうな顔をした店主が、猫江がオーダーしたチャーハンを持って立っていた。


「あっ!? それ……? あはは」


 愛想笑いで誤魔化してやり過ごそうとしたみどりだったが、お盆ごと押し付けられれば受け取らざるを得ない。

 渋々チャーハンを受け取ってやけ気味に食らいつくみどりを、呆れた様に眺めていた馬琴だったが、我に返ってみどりに尋ねる。


『で、おぬし、どうするつもりじゃ?』

「どうって、全部食べるに決まってるじゃない! 食べてみたら意外と美味しいわよ」

『飯の話ではない! あ奴らの事じゃ!』

「あ、そっちね……」


 れんげを持つ手を止めて少しの間考えてみたが妙案は浮かばない。


「どうするったって、せっかく見つけた猫江が藩の剣術指南役に協力しない所かおちょくって怒らせちゃいました、なんて報告したら私が課長に怒られちゃうじゃない!」

『ふむ、怒られるだけで済めば良いが……、この任務、おぬしに任せておけぬとなれば、クビの上治療費の請求もあるやも知れぬな』

「ちょっと!不吉な事言わないでよ!」


 不安をかき消す様に残りのチャーハンをかき込んで、付け合わせの中華スープで胃を落ち着ける。


「とにかく、猫江の首根っこ捕まえてでも但馬さんに謝らせて、首飾りを一緒に取り戻さないと、このままだと私の一生はお終いよ! あなたも協力しなさいね!」


 馬琴の頭を乱暴に撫でて頷かせると、決意も新たに鼻息荒く会計を済ませてから宿に戻った。


(猫江の野郎〜! とにかくこのままじゃ東京に戻れない! こうなったらなんとしてでも仲直りさせて首飾りを取り戻させてやる!!)

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