第20話 【Kovirー21】

 初対面からいきなり火花を散らし始めた二人を見兼ねて、みどりは慌てて仲裁ちゅうさいに入った。


「ちょ、ちょっと失礼しますね」


 猫江の肩を掴んで立たせると、店の隅に引っ張って小声で詰問きつもんする。


「あなた、何でいきなり挑発してるのよ?」

「いきなり挑発してきたのは向こうだろ」

「それはそうだけど、あなたが遅刻してきたんだからちょっとは申し訳なさそうにしなさいよ!」

「はいはい、分かったよ、悪かったな、滝沢たきざわ

「本当に分かったんでしょうね?」


 猫江は疑いの視線を向けるみどりにウインクで答えると、作り物の笑顔を受かベて但馬守の向かい腰を落とす。


「あ~、但馬たじまさん、遅れて済まなかった」

「うむ、まぁ良い、それより時間が惜しい。早速本題に入るが、そなた、Shinしんとやらが犬江いぬえ親兵衛しんべえだと知っておったのか?」

「いや、ヤバい人だって事はなんとなく知ってたけど、まさかあの大盗賊【安房あわ里見団さとみだん】の首領・八犬士の一人、犬江親兵衛だなんて思いもよらないさ」

「ふむ、では、彼奴きゃつらの一味ではないと?」

「もちろんだ、信じてくれ」


 先程までの笑顔と一転して真顔で見つめる猫江の表情は真に迫っている。

 それを信じたのかどうか但馬守のギラ付いた目からは伺い知れないが、とりあえず話を先に進める。


「あ、あの、まずは犬江新兵衛について分かってる事を整理しましょう!

と言っても私が知ってるのは猫江さんの働いてるお店のNo.1ホスト・Shinが犬江新兵衛って事だけです」


 とりあえず、猫江の彼女・静香しずかが犬江と一緒に居たことは隠したまま様子を見る。


「ワシの方はここ数日弟子たちにも犬江を見張らせておったが、彼奴きゃつめ女の家を転々として容易にアジトへは帰らぬ、ここ数日で分かったのは彼奴が稀代きだいという事だけじゃ」

「つまり、何も分かってないって事か」


 茶々を入れた猫江は、みどりからにらみつけられて肩をすくめてみせる。


「で、そなたはどうなのじゃ? 犬江についてどれだけ知っておる?」

「俺もあんたらと同じで大して知っちゃいない、病的なサイコパスだろうって位だな」

「どうやら時間の無駄な様じゃの」


 シルクハットを被り直して席を立とうとする但馬守を留めようと、みどりが口を開く。


「犬江は昔から北海藩ほっかいはんに住んでるのかしら?」

「いや、俺が聞いた話じゃ、四~五年前に北海藩に来たらしい、その前は愛知藩あいちはんさかえでNo.1ホストだったって話だ」

「どうして北海藩にやって来たのかしら?」

「さぁね、愛知藩で何か盗んでとりあえず逃げて来たか、北海藩に何か盗みたいものでもあったか……」

「北海藩にでもあるの?」

「財政破綻寸前の北海藩に財宝なんかある訳ないだろ、補助金欲しさに危険極まりない防疫ぼうえき研究所の研究施設を誘致した位だぞ、施設に何かあればコロナ騒ぎの二の舞だってのに」

!?」


 不機嫌そうに話を聞いていた但馬守が何かに思い当たった様にうめいた。


「但馬さん、なにか気になる事があるんですか?」


 みどりの問いかけに、記憶をたどりながら答える。


「防疫研究所は陛下へいかの命によって伝染病の蔓延まんえんを防ぐための研究をしておったのじゃが……、五年前にタカ派の所長に代わってからやりたい放題でのぅ、施設を北海藩に移転しただけでなく陛下にも内緒で【生物兵器】を開発しているという噂があるのじゃ」

「生物兵器!?」

「首飾りの騒動がなければ、服部が内偵ないていする予定になっておったはず……、確かコードネーム【Kovirコヴィル-21トウェンティーワン】、サリンやVXガスの様な殺傷力の高いものという噂じゃ」

「そ、そんなの、ネットにあふれてる下らない都市伝説じゃないんですか?」


 みどりは半信半疑だが、猫江は口元に手を当てて合点がいったかのようにうなずいた。


「生物兵器って言うより化学兵器に近そうだな……、待てよ?そうか、そういう事か……」

「そういう事って何よ?」

「兵器の事については知らないが、防疫研究所は当たりかもしれない、そこの経理部長が五十過ぎの太ったおばはんなんだが、Shin……犬江の太客なんだよ」

「なんですって?」

「あんな趣味の悪いおばはん相手にするんだから、不正経理で会社のお金吸わせてるんだろうって噂してたけど、目的は兵器の方なのかもな」

「そんなもの手に入れてどうするつもりなの?」

「そりゃ売るんだろ、あいつら盗賊だぜ。 テロ組織やらしん朝鮮ちょうせん・帝政露西亜ロシア、買手はいくらでもいる」

「そんな事になったら大変じゃない!」


 血相を変えて食って掛かるみどりを落ち着かせるように、猫江は両方の掌を顔の高さで二~三度振ってから答える。


「まぁまぁ、落ち着け。 そのコヴィルなんちゃらが実在してるのかどうかすら俺らは知らないんだ、情報が圧倒的に不足してる。 まず、滝沢は藩の上役のツテでその防疫研究所を探れないのか? 藩の方で服部に探らせるつもりだったんならある程度の情報は持ってるだろ」

「そうね、課長に聞いてみる」


 みどりと猫江の会話を聞いていた但馬守も重々しく口を開いた。


「ワシも服部にそれとなく当たってみるとするか、あ奴が易々と情報を漏らすとは思えぬが……」


 アゴを触りながら視線を落とす但馬守を観察する様に眺めていた猫江は、不意に笑顔を浮かべて話をまとめにかかる。


「まぁ、いずれにせよ生物兵器の話はまた別問題だから深入りしない方が良さそうだな」

「そうじゃな」


 深入りするなと言われても、首飾りは極論すると中池の進退問題であってみどりの日常には関係ない。

 だが、生物兵器の方はそうはいかない。

 得体の知れない不気味さに身震いするみどりの横で、気が付いたら猫江が但馬にちょっかいを出していた。


「それはそうと……但馬さん、弟子は何人くらい連れて来たの?」

「十人、四高弟しこうていをはじめいずれ劣らぬ達人じゃ」

「ふ~ん、その人たち、但馬さんより強い?」

「なんじゃと?」

「俺の見立てでは但馬さんはまぁまぁ強い、で、その但馬さんより強い人は居るの?」


 但馬守のギラついた目に殺気の炎が灯り、ゆっくりと身を起こす。


小童こわっぱめ、しつけが足らぬ様じゃの、申し開きがあるなら今申してみい」

「いや、但馬さんも昔は鬼の様に強かったんだろうけど、衰えた今でも柳生では一番なのかなって思っただけだよ」

「申し開きには聞こえぬぞ」

「そう? そりゃ申し訳ない」


 ドス黒い但馬守の頬が紅潮こうちょうし、今にも襲い掛かりそうだ。


「わ、ちょっと! 何やってるんですか!!」


 慌ててみどりが間に入ると、但馬守は無言のまま靴を履きだした。


「あの……但馬さん?」

「滝沢、何なんだこ奴は!! そなたに免じてこの場でこ奴を切る事はせぬが、そなたはこ奴を連れて早う東京藩に戻るのじゃな、奪われた珠はワシらが持ち帰る故心配致すな!」


 怒りを押し殺して吐き捨てると、猫江には目もくれずに出て行ってしまった。

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