第9話(改) 潜入! クラブ・クリーン!

「ね、猫江さんが、No.2ホストのJinじん!?」


 『』の世界では犬江いぬえ親兵衛しんべえが『じん』のたまを持っていたが、目の前の現実では猫江ねこえ親兵衛しんべえが『Jinじん』の名前でホストをしている。


(こんなの悪い冗談よね?)


 みどりは穴が開くほど看板の写真を見つめたが、その写真は魅惑みわくの笑みを返すだけだ。


『入ってみるしかなかろう、ワシは大人しくしておくゆえ、後は任せる』


 馬琴ばきんはスルスルとキャリーバッグの中に入ってしまい、八房やつふさはまたもいつの間にか姿を消していた。


「そんなぁ」

『情けない声出しとらんで早ういかんか!』


 馬琴に叱られて、みどりはなけなしの勇気を振り絞ってエレベーターに乗り込んだ。


(大丈夫、ボラれても藩が払ってくれるから、大丈夫)


 再び開いたエレベーターの扉の先は、至る所に埋め込まれた間接照明が薄暗い店内を怪しく照らす、みどりにとっては異次元の世界だった。


「いらっしゃいませ、お客様ご案内!!」

「いらっしゃいませぇい!!」


 強引な案内で無理やり席に着かされたみどりは、思い切ってボーイに声をかける。


「あ、あの! Jinじんさんご指名で!」

Jinじんは他のお客様のテーブルに着いておりまして、少々お待ち頂きますが……」

「ご指名で!!」


 有無を言わさず押し切ると、おしぼりで手を拭きながら周囲を見回す。


 みどりと同い年位の娘から、トウの立ったおばさんまで、派手な身なりの女性が女王様の様に男たちをはべらせているかと思えば、みどり同様に場違いな地味さの女性が恋する乙女の様に熱い視線でホストを見つめている。


「これ!あまりキョロキョロするでない!」


 馬琴に小声でたしなめられ、ヒソヒソ声でかえす。


「だって、こんな所来るの初めてなのよ」


 そう言うと視線を泳がせながら、背後の客達とホストの話し声に聞き耳を立てる。


「ねぇねぇ、なぎさ! Jinじん君ってば霊能力者れいのうりょくしゃなんだよ~、占ってもらいなよ!」

「え〜、ぅ? 美樹みき、絶対騙されてるよ〜」


 どうやら背後のテーブルにはお目当てのJinじんが居るようだ。

Jinじんが霊能力者? 八猫士ってそんな能力持ってるの??)

 みどりは心強さと胡散うさんくささを感じながらも、集中して聞き耳を立てる。


「あ〜!渚ちゃんひどいな〜、じゃあちょっと君の心を霊視れいししちゃおうかな!」


 Jinじんこと猫江親兵衛は、そう言うと渚の手を包み込む様に握り、じっと目を見つめる。

 急にまじまじと見つめられて照れる渚の手の甲を、親指で円を描く様に撫でながら、猫江はささやく様に問いかけた。


「渚ちゃんは……ペットを飼ってるね……、とてもかわいい……猫だ!」

「当たり~!凄いかわいいの!!! でもさぁ、猫飼ってる人なんていっぱいいるじゃん! これが霊視?」


 渚の疑いの視線を受け流すと、猫江を軽く目を閉じて言葉を続ける。


「ちょっと待って、猫だけじゃない、他に居る……いや、居た」

「えっ!?」


 ハッとした様に反論しかけた渚をさえぎって、なおも猫江は確認する様に一つ一つ言葉を重ねる。


「君にとって……、とても大切な存在……いつも隣に居た……犬、いや、もっとか弱い存在、鳥だ! インコだね?」

「そ、そんなまさか……」


 渚は狼狽ろうばいした様に視線を泳がせている。


「それを亡くした……、君のせいで」

「あぁぁぁ! 私がもっとちゃんと見ておかなかったからあぁぁぁ!」


 猫江の膝の上に崩れ落ちる様に倒れ込み嗚咽おえつを漏らし始めた渚の背中を優しくトントンと叩きながら、猫江が声をかけた。


「そのインコの名前は?」

「……チャッピー」

「そう……チャッピー、そうか君がチャッピーか」

「え!?」


 上体を起こして涙目で仰ぎ見る渚の肩の辺りに視線を送りながら、猫江は甘い声でささやく。


「そうか、チャッピー、君も謝りたかったんだね? カゴから勝手に出て行ってしまった事」

「嘘!チャッピーがここに!?」

「そうだよ、チャッピーはずっと君に自分を責めるのをやめる様に伝えたかったんだ、チャッピーは君のせいだなんて思っていない、むしろ、君と暮らせた事のお礼を伝えたがっている」

「あぁ、チャッピー! 私こそありがとう!」

「ほら、チャッピーはとても嬉しそうにしているよ、あぁ、そうか、もう行くのか、さようなら、チャッピー」


 猫江は号泣している渚の頭を撫でながら、もう片方の手で控えめに手を振ってチャッピーに別れを告げる。


「君を悲しませている事が心残りだったんだろうね、でも、とても幸せそうに飛び立って行ったよ」

「ああぁぁぁ〜!」


 猫江の胸に顔を埋めて声にならない嗚咽を漏らす渚の頭を優しく撫でながら、猫江は満足そうな笑みを浮かべた。

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