第8話 再会、八房!

『まもなく札幌さっぽろ~、南北線なんぼくせんはお乗り換えです』


 目的地への到着を告げるアナウンスに、膝上ひざうえ馬琴ばきんつまみ上げてキャリーバッグに押し込み降車の準備を整える。

 朝早く出発したお蔭で、時計の針はまだ16:00を少し回った所だ。

 みどりと馬琴は、チェックインの前に八房が目撃された大通おおどおり公園こうえんを下見に行くことにした。

 本格的な捜索は明日から行うとして、まだ日があるうちに現場の状況を見ておきたかったのだ。

 馬琴を入れたキャリーバッグを前に抱えて、スーツケースを引きながら物珍しそうに周囲を見回す。

 

「わたし、北海藩初めてなんだよ~」

『ワシもじゃ』

「へぇ~、これが有名な時計台か……意外とちゃちだね」

『まぁ、こんなもんじゃろ』

「わ、見て! 東京タワーみたいなのあるよ!」

『こら、おぬし、遊びに来たんじゃないんだぞ!』

「ちょっとくらいいいでしょ!」

『まったく、おぬしときたら……ん?』


 キャリーバッグの透明な部分から周囲を見回していた馬琴が何かを見つけたらしく、キャリーバッグの隙間からするりと抜け出して、駆け出して行く。


「あ、ちょっと! 待ってよ、馬琴ちゃん!!」


 みどりが慌てて後を追うと、馬琴が飛び込んだ茂みの影からガサガサと音がする。


「何なのよ、もぉ!」


 重いスーツケースを引きずりながら茂みの奥を覗くと、馬琴と白い毛並みの太った猫が転がりながらじゃれ合っていた。


「あぁっ! 八房やつふさ!?」


 こんなに早く見つかるとは想定外だ。

 この分ならすぐにでも猫江ねこえ親兵衛しんべえも見つかるかもしれない、でもそうなると北の味覚を満喫する計画が台無しだ。


(まず食べるべきはジンギスカンかカニか……)


『おい、滝沢! おい!』


(ん〜、やっぱり味噌ラーメンも捨て難い)


『こら!』

「ぎゃあ、痛い! 何するのよ馬琴ちゃん」

『話を聞かぬか、このたわけが! こやつはやはりの八房じゃ』


 八房は、みどりの足元に近寄ると、あざのあるひたいをみどりにり付けて親愛しんあいの情を示す。


「あら、こんにちは〜」


 みどりは、八房のつやのいい毛並みを撫でながら、馬琴に尋ねた。


「じゃあ、親兵衛さんの居場所も分かったの?」

『それがじゃの……、仕事場に案内するからしばらくしたらまた来いと言うのじゃ』

「しばらくってどのくらいなの?」


 馬琴と八房は猫語で何やらにゃあにゃあと話すと、馬琴が通訳をする。


『夜八時にここに再集合じゃ、仕事場はススキノという盛場さかりばにあるそうじゃから、歩いて行けるじゃろう』

「八時か……、じゃあチェックインして晩御飯食べてから来ようか! あ、八房ちゃんのごはん……」


 みどりの心配をよそに、八房はいつの間にか姿を消していた。


(もぉ、猫ってほんとに勝手なんだから!)


 みどりはふうっとため息を吐くと、馬琴をキャリーバッグに詰め込んで東京藩の定宿じょうやどである法華ほっけ倶楽部くらぶに向かった。

 チェックインを済ませて、山下が予約してくれたツインルームに腰を落ち着かせると、支給されたノートパソコンを取り出してWIFIに接続する。

 山下には一日一回、電子メールで定時報告をすることになっていた。

 早速発見した八房の事を報告するかどうか迷ったが、この後の成り行きを見てからでも遅くはないだろう。

 みどりは、到着の報告と明日から頑張りますとの決意だけ伝えることにして、キーを叩く。


(お疲れ様ですっと……、そうだ! 話し言葉はまだ恥ずかしいから、文章だけでもにしてみるか!)

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件名:猫捜索そうさく

本文:拙者せっしゃ滝沢たきざわにてそうろう

   本日北海藩に着任したゆえお伝え申す。

   明日より八房やつふさ殿の捜索に掛かる故、

   今しばらく辛抱しんぼう願いたくそうろう


   東京藩総務局文書課:滝沢みどり

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(こんなもんかな? 意外と簡単ね!)


 満足そうに送信ボタンをクリックすると、馬琴がカリカリを食べ終わるのを待って、いそいそとお目当ての味噌ラーメン店に向かう。

 テレビ塔の前にある人気店で、大量のもやしが乗ったちぢれ麺に甘い味噌だれスープが絡むラーメンに舌鼓したつづみを打ったみどりは、満足そうに店を後にした。


「はぁ~、美味しかったぁ、北海藩はいい所だね~」

『う~む、ワシら猫にはちと寒さが堪えるのぉ』

「そうじゃないかと思って、貼るカイロ買っておいたから、バッグに貼ってあげよう!」


 みどりが貼るカイロをバッグの外側に貼ると、馬琴はその内側に体を寄せて満足そうに目を細める。

 そうこうしているうちに約束の八時を迎えた。


「八房ちゃん、ちゃんと来るかなぁ」

『もう来ておるぞ、おぬしの後ろじゃ』


 馬琴の声に振り向いてみると、いつの間にか八房が行儀ぎょうぎよく前足を揃えて上半身を起こして座っている。


「八房ちゃん、来てくれたんだね~」


 八房は一通り頭を撫でさせると、背中を向けて付いて来いと云わんばかりにススキノ方面に歩き始めた。

 大通おおどおり公園こうえんを南北に横切る札幌さっぽろ駅前えきまえとおりを南下すると、繁華街・ススキノはすぐ目の前だ。


(猫江さん、こんな所で仕事って……用心棒ようじんぼうでもやってるのかな?)


 不審がるみどりを引き連れた八房が、バーやクラブなどが同居するいかにもな雰囲気を漂わせた雑居ビルの前で立ち止まった。


『この建物のようじゃぞ』


(やっぱり用心棒!? 怖い人なのかなぁ……)


 不審が心配に変わったみどりは、雑居ビルのホールに掲げてある店舗の看板に目を向ける。

 淫猥いんわいな雰囲気を醸し出すそれらの看板は、普通の居酒屋でないキャバクラやホストクラブのものばかりだ。


(こんな所入った事ないよ……お店の人に話して猫江さん呼び出してもらえるのかな?)


 戸惑うみどりの足元では馬琴と八房がにゃあにゃあと話をしている。


『おい、滝沢、猫江がその店におるらしいぞ! ほれ、そこのクラブ・クリーンとかいう店』

「クラブ・クリーン?」


 馬琴が示した店は、どう見てもホストクラブのようだ。

 ジャニーズアイドル風の髪型をしたイケメンたちが決め顔で写真に納まっている。


「こんな所で用心棒を……」

『用心棒? 何を言っておる、そのNo.2のJinじんとやらが猫江じゃ!』

「猫江さんがホスト!?」

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