第一章 猫江親兵衛 編

第7話 いざ、北海藩へ!

「わぁ、美味おいしそう!」


 東京駅の老舗しにせ弁当屋で購入した『牛肉重』の蓋を開けると、香ばしい香りが新幹線の指定席を包み、みどりは黄金色に輝くつややかな牛肉に目を輝かせている。


『おい、滝沢たきざわ! ワシのめしを忘れるでない!』

「あ、馬琴ばきんちゃん! ダメだよ勝手に出てきちゃ!」


 みどりがとがめるのも気にせず、キャリーバッグの蓋を開けた愛猫・馬琴がちょこんとみどりの膝の上に乗り、うるんだオッドアイでエサを懇願こんがんする。

 

「もぉ! しょうがないなぁ」


 みどりは言葉だけは渋々従う感じを出しながらも、嬉々ききとしてかばんからチュールを取り出して馬琴に与える。

 猫好きとはそういうものだ。


 みどりと馬琴は、【】の勅命ちょくめいを受けた翌日、早速、北海ほっかいはんに向かう為に新幹線に乗り込んでいた。

 空席が目立つ……というより、乗っている人がまれ新函館しんはこだて北斗ほくと駅で乗り換え、特急とっきゅう北斗ほくと札幌さっぽろ駅へ向かう。


 チュールで満足し、ゴロゴロと喉を鳴らして膝の上でくつろぐ馬琴の黒々とした毛並みを撫でながら、『牛肉重』を堪能していたみどりがふと呟く。


「こんなガラガラで経営成り立つのかなぁ?」

『今は外出自粛じゃから仕方なかろう、もう少しの辛抱じゃ』

「でも、JR北海道……北海藩はそもそも経営厳しいって言うし」

『じぇいあーる? 何を言うておるのじゃ、日ノ本の鉄道は天皇家直轄ちょっかつじゃぞ』

「え? そうなの?」

『まったく、常識のないおなごよのぉ、ほれ、昨日中池なかいけ征夷せいい大将軍たいしょうぐんの話をしておったじゃろ?』

「うん、してたね」

『征夷大将軍になって幕府ばくふを開けば、となるのじゃ、さすればその富は計り知れまい。

 じゃからこそ中池も東京藩の秘宝を献上する決心をしたのじゃろうが……迂闊うかつな奴じゃて』


 話を聞いてみれば、中池の判断にも頷ける所はあるが、それで危険な目に合う方はたまったものではない。


「だからってさぁ」


 頬を膨らませるみどりを馬琴がたしなめる。


『まぁ、そう言うな、そのお蔭でおぬしは伴天連ばてれんを使うて命拾いしたのじゃぞ』

「それはそうだけどさぁ」

『そんな事より、おぬし、山下から八房やつふさの写真をもろうておったな? 見せてみい』

「写真? どうして?」


 みどりは胸ポケットから探し猫・八房の写真を取り出して、馬琴に見せる。


『おぬしら人間には見分けが付かぬであろうが、ワシなら誰の八房か分かるかもしれぬ』


 オッドアイを光らせて写真を覗きこんでいた馬琴が、呻く様に答えた。


『ふぅむ、これは恐らく猫江ねこえの八房じゃ』

「猫江!? 猫江ねこえ親兵衛しんべえ?」

『多分じゃがのぅ』


 満足そうに毛づくろいを始めた馬琴に、みどりが問いかける。


「そうだ! 馬琴ちゃんって仔猫こねこだった十年前に八猫士はちねこしに会ってるのよね?」

『いかにも』

「その猫江さんってどんな人なの? 会えば分かる? 強い人なの?」

『一ぺんに聞くでない! まぁ八猫士の者どもは皆恐ろしく強いのは確かじゃの。

 猫江はその中でも猫塚ねこづかと並んで最も若い、確か当時十八になったばかりであったか……それはもう男前でのぉ、ほれ、おぬしが熱をあげておるジャニーズであったか、あの連中の中に入ってもまず引けはとるまいて』


(こいつ! 猫のクセにそんなの見てたのか)

「わたしは別に熱をあげてなんかいません!」


 みどりは馬琴の額を親指でグリグリしてささやかなお仕置きを済ませる。


「それにしても、馬琴ちゃんって仔猫だった頃の事なんかよく覚えてるね」

『ワシら八房はの、生まれた時から成人……いや、成猫なのじゃ。

 もっと言えばワシらは代々記憶を引き継いで生まれる』

「だから、そんなジジくさいんだ……きゃぁ、痛い!」


 指を噛まれたみどりが非難ひなんがましくにらむと、馬琴はペロペロと指を舐めだす。


『それはそうと、おぬし、いい加減にで話したらどうじゃ?』

!?」

『本当に常識のないおなごじゃのぉ、中池なかいけ山下やましたも使うておるじゃろ、その言葉使いでよく役所務めが務まるものじゃ』


 みどりはようやく合点がいった様に頷いた。


「そっかぁ、それで病院とか電車の中の人たちは普通で、都庁の中だけおかしかったのね!」


(よーし、色々慣れてきたぞ! まずは猫江さんだ!)


 みどりはキョトンとしている馬琴の頭を撫でながら『牛肉重』の最後の一切れを口の中に放り込んだ。

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