第6話 消えた宝刀・村雨

猫塚ねこづか信乃しのが消えたじゃとぉ? それで村雨むらさめはどうなっておるのじゃ?」

「恐らくは猫塚と共に……」

「このたわけがっ!!! そなたらは一体何を見張っておったのじゃ! 草の根分けても探し出せ!」

「はっ! してここの警備は?」

「どっちもじゃ! まもり村雨も探し出すのじゃ! よいな!!」

「はっ!」


 中池なかいけの怒りの余韻が消えぬうちに、半蔵はんぞうとその配下は音もなく消えて任務に就いた。


 嵐の去った知事室には、床に腰を落としたまま怒りに震える中池と、思案気しあんげに割れた窓を見つめる山下、目の前の出来事を消化できずに口を半開きにしたままへたり込むみどりが残され、みどりの横では馬琴ばきん呑気のんきに毛づくろいをしている。

 毛づくろいに飽きた馬琴に頭をすり寄せられて、我に返ったみどりが慌てて立ち上がり口を開いた。


「あ、あのっ!」


 みどりの声で我に返った中池がスカートのすそを気にしながら立ち上がる。


滝沢たきざわ、まだおったのか、そなたと馬琴は予定通り北海ほっかいはんへ行くのじゃ、村雨捜索は服部組に任せておけばよい」

「そんな!? わたし、あんな危険な人たち相手にできませんよ!」


 中池は、みどりを一瞥いちべつすると、面倒そうに返す。


「そなたに戦えとは言うておらぬ、そなたは猫士を探せばよいのじゃ」

「わたし、できませんっ!」

「滝沢ぁ……」


 手間を取らせるなと言わんばかりに中池に代わり、山下が冷たく言い放つ。


「滝沢、お主の治療費、誰が払ったと思っておるのだ?」

「そ、それは……、分割してちゃんとお支払いしますから!」

「幾らかかったか知っておるのか?」

「知りません、お幾らですか?」

「二千万じゃ」

「二千万!?」


(嘘でしょ!?)

「そんな!? そんなでたらめな金額……」


 唖然あぜんとして聞き返すみどりに憤慨ふんがいした様に山下が答える。


「なんだ? たばかっておると申すのか? 伴天連ばてれんより特別に融通ゆうづうしてもろうたの【霊夢弟子毘瑠レイムデシビル】だ、本来お主ごときが使える代物ではないのだ」

「そんなぁ……」


 うつむいて途方に暮れるみどりを見かねて中池が口を挟む。


「滝沢よ、先ほどの様なやからが潜伏しておる東京藩よりも、他藩の方がよっぽど安全とは思わぬか?」

「……」

「それにのぉ、そなたの父親てておや


 みどりはハッとして顔を上げる。

(お父さん!? まさか、お父さんこっちの世界でも)


八丈島はちじょうじまおるそうじゃの? その父親にもわらわがを加えてやれぬ事もない」


 みどりは怒りを込めて中池を睨みつけていたが、諦めた様にため息を漏らした。


「わたしに拒否する事はできないって事ですね?」

「そう怒るな、滝沢。

 首尾しゅびよう行けば東京藩は安泰あんたい、そなたにも相応の役どころを与えよう、その上父親の事も悪いようには致さぬと申しておるのじゃ」

「……分かりました」


 みどりは観念した様に首を縦に振り、承諾の意を示した。


「そうか、そうか、それでこそじゃ! 今日はもう帰ってよいぞ、明日の出立しゅったつの準備を致せ!」



 上機嫌の中池に送り出されて馬琴と共に都庁を後にしたみどりは、ジャケットの胸ポケットから白猫・八房やつふさ写真を取り出す。


(まずはこの子を探し出す事! そして飼い主の猫士を見つけて連れ戻す! そうすればわたしもお父さんも……)


 そんな決意を見透かしたように、キャリーケースの中の馬琴が声をかけた。


『やるしかなかろう! せば天国、さねば地獄なら、して天国しか選ぶ道はない!』

「そうだね、馬琴ちゃん!」

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