第4話 急襲! 犬川壮助!

「い、い、犬川いぬかわ壮助そうすけ!?」 


 腰を抜かしてへたり込むみどりに、犬川は牙の生えた口を不気味に歪ませて笑みを作ると、すぐさま自分を取り囲む警備員に目を戻す。


貴様きさま! 拳銃の弾も通さぬ防弾ガラスをどうやって?」

「はぁん? 頭の悪いお役人さんだな、拳銃の弾より俺のが強ぇ! それだけだろうが!」


 山下を嘲笑あざわらった犬川の目が中池なかいけに止まった。


殿とのさんよぉ、あんたかい? さっき俺の事をとか言いやがったのは」


 そう言いながら頭上に掲げた犬川の右手からは鋭利な爪が伸びている。

 短髪は逆立ち、長身を包んだダークグレーのスーツは、筋肉の隆起に悲鳴を上げていた。


「な、何をしておるのじゃ! 早う成敗いたせ!! 早う!!!」


 中池の号令で切りかかった警備員の刃は、犬川の薄皮一枚を裂いただけで刃を止めた。


「何だぁ? そんなへっぴり腰で俺様を切れると思ってるのか?」

「おのれ!」


 バカにされた警備員が握った刀に力を入れるのも構わず、犬川は鋭い爪先を一閃して警備員を切り裂いた。

 人ならざる凶暴さを隠そうともしない犬川に、後ろに控えている警備員たちは気死きしした様に動きを止めている。


「何をしておるのじゃ! お前たちも早う切りかからぬか!!」

「はっはっは、命を張ってまで殿様を守ろうって奴ぁいねぇようだな、哀れなもんだぜ」


 中池の悲鳴のような号令にも切りかかってこない警備員たちを悠然ゆうぜん一瞥いちべつした犬川が、中池を見下ろして目に殺戮さつりくの歓喜を浮かべた時、『パンッ、パンッ』と乾いた音が響いた。


 突然みどりの耳元で響いた音に驚いて振り向くと、山下が震える手で構えた拳銃の銃口からは、かすかに硝煙しょうえんが上っている。


(当たった!?)


 期待を込めて見つめる目の前では、腹を抑えてうずくまる犬川が目に怒りの炎を灯して山下を睨みつけている。


(やったの!?)


「痛ってぇな、おっさん、こんなもんブッ放しやがってよぉ」


 犬川は、何事もなかったように立ち上がると、腹にメリ込んでひしゃげた銃弾二発を、忌々いまいまし気に床に叩きつけた。


(そ、そんな!? この人本当に人間なの?)


 唖然あぜんと見つめるみどりには目もくれずに、犬川がノソリと中池に向かって歩を進める。


「さて、そろそろあの世に行ってもらいますかねぇ」

「お、お助けを……」


 中池が命いを口にした瞬間、高く掲げた犬川の右手に黒い縄のような物が巻き付いた。


「犬川! 殺すな!」

「あぁん?」


 部屋の奥から聞こえる透き通った高い声と長く伸びるむちが犬川を制し、不満げに鞭の主に目をやった犬川は、おもちゃを取り上げられた犬の様につまらなさそうに呟く。


「チッ、お前か……、もう用は済んだのかよ?」


 いつからそこに居たのかタイトスーツに身を包んだ女が部屋の奥に立っていた。

 スカートからのぞく脚はカモシカの様な筋肉を誇らしげに見せつけ、華奢きゃしゃに見える体に不釣り合いな胸の膨らみは凶暴なまでに魅力的だ。

 その女は、先ほどの山下から渡された写真に写っていた女だった。


「い、犬塚いぬづか信乃しの??」


 犬塚は、みどりの方には目もむけず、妖艶な笑みを浮かべて犬川に答える。


「あぁ、済んだ」


 左手で掲げて見せたのは、もう一つの東京藩の秘宝【宝刀・村雨】の一振りであった。

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