第3話 馬琴が喋った!

八犬士はっけんしが敵でそれを倒せるのが伝説の八猫士はちねこし!?)


 脳のキャパシティがすっかりオーバーしてしまったみどりは、とりあえず話を合わせる事に決め、中池なかいけに確認をする。


「で、その八猫士はちねこしを探して、盗まれたものを取り返させればいいんですね? えっと【伏姫ふせひめの首飾り】と【宝刀・村雨むらさめ】どっちでしたっけ?」

「首飾りじゃ! 村雨は、ほれあそこに飾ってある」


 中池の指さす方を見ると、部屋の奥に展示用のガラスケースが置いてあり、そこに1本の刀がうやうやしく展示されていた。


「まずそなたが探すのは八猫士! と言っても猫塚ねこづか信乃しの居所いどころは知れておる故、残りの七猫士じゃ」

「はい、それで写真とか人相とか年齢とか、何か手掛かりはないんですか?」

「ない」

「ない? それじゃどうやって?」

「話は最後まで聞かぬか!山下、説明してやれ」


 面倒くさそうに対応する中池に代わって山下が説明を受け継いだ。


「八猫士たちは、普段は大島の北に位置する小島に住んでおったのだが、十年前に突然修行に出たいと言い出しての、行き先も告げずに日ノ本中に散らばってしもうたのだ」

「そんなのどうやって探すんですか!」

「まぁ、聞け、八猫士は皆無類のでな、代々八房やつふさという名の白い猫を飼っておる。

 不思議なこと八房にはひたい牡丹ぼたんのアザが遺伝しておるのだ。

 それで八猫士が十年前に島を出る際に、それぞれが八房の子猫を連れて行きおった。

 奴ら自身は達人故、一度市中に舞い込めば探すのが困難ではあるが、その猫を探せば必ず見つけることが出来よう、これは北海藩ほっかいはんに潜り込ませた間者かんじゃから送られた写真だ」


 そう言って差し出された写真には、額に牡丹のアザがある白猫が青と赤のオッドアイを光らせて、大通公園のベンチを太々ふてぶてしく占領していた。


「額に牡丹のアザがある白猫ってだけで……」

「じゃから、そなたに馬琴ばきんの事を聞いたであろう!」


 じれったそうに話を聞いていた中池が口を挟む。


(馬琴? わたしの愛猫あいびょう・馬琴ちゃんが今の話に何の関係があるのよ?)


 みどりは喉まで出掛かった言葉を飲み込んで返した。


「でも、馬琴ちゃんは居なくなっちゃったんです、わたしが入院中に出て行ってしまって……」

『ワシならここにおるぞ』

「へ?」


 不意に聞こえてきた声に周囲を見回すが、中池、山下以外の人は見当たらない。

 ふと感じる視線に足元を見ると、いつの間にか馬琴ばきんがちょこんと座って毛つくろいをしていた。


(今、喋った? まさかね? これは、きっとコロナの後遺症なのよね? よく味覚とか嗅覚がおかしくなるっていうけど、わたしは耳がおかしくなっちゃったんだわ…)


 ほうけた様に馬琴を見ていると、毛繕いを止めた馬琴がこちらを向いてハッキリと話しかけて来た。


『何を惚けておるか、このバカモノ!』

「ぎゃあー、ー!」

『誰が化け猫じゃ!』

「痛っ!何すんのよ馬琴ちゃん!」


 七分丈のパンツスーツから露出した足首を引っ掻かれ、涙目でしゃがみ込むみどりの前で、馬琴はペロリと前足を舐めてから話を続ける。


『滝沢よ、ワシも八房なのじゃ。 八猫士が連れて行った八房とワシは兄弟猫、我らは九ッ子なのじゃ』

「えっ? でも馬琴ちゃん黒猫じゃないの! それにアザもないし」

『そう、ワシだけ突然変異での……、それはともかく、ワシなら他の兄弟猫たちと話をする事ができる、ワシを置いて猫士どもを探せる者はおらぬという訳じゃ』

「そ、そうなの?」


 次から次へと現れる驚愕の事態に頭の整理が追い付かないみどりを置いて、山下が話をまとめにかかる。


「そういう事だ、滝沢。 病み上がりですまぬが、早速明日から北海藩に向こうてくれ」


 そう言いながら山下が差し出した封筒の中には、新幹線はやぶさのチケットと当座の生活費のつもりか十万円が入っていた。


「宿は東京藩の定宿じょうやど法華ほっけ倶楽部くらぶを手配しておるゆえ安心せい」


(ま、考えてみたら都からお金出してもらって馬琴ちゃんと日本を旅して廻るのもいいかもね! とりあえず北海道でカニかぁ……)


 封筒を受け取って皮算用を始めるみどりに、山下がもう一枚封筒を渡す。

 中を覗くと写真が入っている様だ。


「これは?」

「憎っくきの写真だ、よもや旅の途中で出会う事もあるまいが用心に越した事は無い、よう顔を覚えておけ」

「はぁ」


 一枚一枚写真をめくるみどりの手が止まり、感嘆の呻きを漏らす。


「わぁ、綺麗!」


 写真を覗きこんで、中池が舌打ちをした。


「ふんっ、犬塚いぬづか信乃しのか、見た目だけは見目みめうるわしい絶世の美女じゃが、その成りに似合わぬ恐ろしき妖術の使い手じゃ。

 色ボケの腰抜け侍など一たまりもないわ」

「はぁ」


 その次の写真を見たみどりは思わず身震いした。

 そこに映っている男は、の生えた歯を剥きだしにし、人の物とは思えない眼光でこちらを睨みつけている。


「こ、これって人間ですか!?」

「どれじゃ? あぁ、犬川いぬかわ壮助そうすけじゃな、そやつには気をつけい、他の七剣士は関東同盟の命により動いておるようじゃが、そやつだけは自分の趣味で動いておる」

「趣味?」

「殺人じゃ、伴天連ばてれんどもが言うにはシリアルキラーとか言うらしい。

 なんでもの血が混じっているそうじゃ、見た目通りのまさによ!」


「そいつぁ、聞き捨てならねぇな」


 不意に響いた聞き慣れぬ声に一堂に緊張が走る。


「誰じゃ!」


 身構えた瞬間、南側に向いた大きな窓が音を立てて砕けて、黒い塊が弾丸の様な速さで飛び込んで来た。


「者ども! 出あぇい!!」


 山下の号令で一斉に飛び込んできた警備員に囲まれて、その黒い塊はゆっくりと体を起こす。

 首を振ってガラスの破片を落とし、頭を起こして凄惨な笑みを浮かべたその口からは、ついさっき見た写真と同じく鋭いが覗いてた。

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