第2話 敵は八犬士!

「猫探し? ですか?」


 不服そうに聞き返すみどりに対し、中池なかいけは後ろに控えていた山下に目で合図して、説明をさせる。


滝沢たきざわ、おぬしも今上きんじょう陛下のご息女・恋姫こいひめさまは存じ上げておろう?」

「はぁ」


 みどりが知っている陛下のご息女は似たような名前だが、とりあえず話を合わせる。


「その恋姫様が来年の十二月に二十歳におなり遊ばすが、その祝いの場で各藩から記念品を献上する事になったのだ」

「で、ウチは何を?」

「そこが問題なのだ、滝沢」


 山下は一瞬恨めしそうな視線を中池に投げかけたが、すぐにみどりの方に視線を戻して話を続ける。


「我が東京藩についてのみ、恋姫様がご要望を出された」

「はい」

「ご所望の品は東京藩の秘宝【伏姫ふせひめの首飾り】と【宝刀・村雨むらさめ】の二品だ!」

「え?」


 その二つならみどりも知っている。

 じんれいちゅうしんこうていの文字が刻まれた八つの数珠を首飾りにした【伏姫の首飾り】と、抜けば刀の付け根から霧があふれ、振えば剣先から水流ほとばしる【宝刀・村雨】

 と言っても、それはあくまでも『南総里見八犬伝』の中の話だ…


「それ、あげちゃマズいんですか?」

「何を申しておるか! 東京藩の守り神とも言うべき秘宝ぞ! いかに恋姫さまのご要望とあれど、本来であれば丁重ていちょうにお断りすべきだったのだ! それを……」


 山下からまた恨みがましい視線を送られた中池が反撃する。


「し、仕方がなかろう! 恋姫さまの庇護ひごの元、征夷大将軍せいいたいしょうぐんに任命されれば東京に幕府ばくふを開く事もできるのじゃ、それは東京藩の為でもある!」

「あの……、話が見えないんですけど、お宝あげて征夷大将軍になれるならそれはそれで良いお話なのでは?」

「献上できればの話だ!」

「できないんですか?」

「献上の約束を交わした直後に【伏姫の首飾り】を盗まれたのだ!」

「えぇ~? は、はんに……下手人げしゅにんは分かってるんですか?」

の奴らじゃ。」

「関東同盟??」


 中池が忌々いまいまし気に吐き捨てる。


「千葉藩・神奈川藩・埼玉藩・山梨藩の奴らじゃ! 彼奴きゃつら、陛下との約束をたがえたとがで中池家のお取り潰しと東京藩の割譲かつじょうを企んでおるのじゃ!」

「じゃあ、陛下に事情を話せば」

「その様な事が表ざたになれば、関東同盟の奴らが『献上するのが惜しくなったので盗まれたと嘘を吐いた』と言いふらすのがオチじゃ! いずれにせよ約束を違える事には違いない」

「じゃ、じゃあ、けいさ……奉行所に下手人を捕まえてもらえばいいじゃないですか!」

「それが出来ぬのじゃ! 関東同盟の命を受けてお宝を奪ったのは、日ノ本に悪名を轟かす盗賊集団【安房里見あわさとみ団】の首領しゅりょう八犬士はっけんしなのじゃ! 奉行所のへっぴり侍では手に追えぬ!」

「八犬士!?」

「そうじゃ、そなたも名前くらいは知っておろう。

 【幻惑げんわくの犬】犬塚いぬづか 信乃しの

 【狂犬きょうけん犬川いぬかわ 壮助そうすけ

 【灼熱しゃくねつの犬】犬山いぬやま 道節どうせつ

 【神速しんそくの犬】犬飼いぬかい 現八げんぱち

 【剛力ごうりきの犬】犬田いぬた 小文吾こぶんご

 【天犬てんけん犬江いぬえ 親兵衛しんべえ

 【疾風しっぷうの犬】犬坂いぬさか 毛野けの

 【迅雷じんらいの犬】犬村いぬむら 大角だいかく

 いずれ劣らぬ極悪人じゃ!」


のヒーローが極悪人!?)


 突然の展開にみどりはすっかりパニックだ。

 それに、話に聞く事態と言いつけられた猫探しがどうにも結びつかない。


「そんな大変な時に、なんで猫探しなんですか?」 


 動転した様子で尋ねるみどりに山下が呆気あっけにとられた様に答えた。


「おぬし、東京藩の人間の癖に『東京とうきょう八猫伝はちねこでん』を読んでおらぬのか?」

「は? 八伝?」

「全く、最近の若い者ときたら……彼奴きゃつらのような凶暴なやからを捕まえられるのは、伝説の八猫士はちねこし以外におらぬだろうが!」

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