MONSTER
松長良樹
Monster
――怪しいというか、可笑しいというか、何か変なのだ。近頃の妻の様子が。
元々、妻はおっとりしている方なのだが眼つきが最近きつくなった。なにか訳もなくイラついているし、言葉使いまで荒っぽくなった。語調に
歩き方もなんだか速くなったし、それに伴って頭の回転まで速くなったような気がする。単なる思い過しなのだろうか? そして男勝りの決断力。
まあ、人間は変わるものだが、それにしても……
そして食べものの嗜好が変わった。なぜかまったく餃子を食べなくなった。
以前は中華料理を食べに行くと、餃子を麺類と一緒に注文し顔をほころばせて、むしゃむしゃと食べていたのに全く妻はそれを食べなくなった。
パスタにしてもそうだ。大好きだったぺペロンチーノを全く食べなくなった。食べるのはナポリタンのみ……。
変だ。そして食に関して決定的におかしいのは、焼肉店に行かなくなった事だ。月末には夫婦で焼肉店に行くのだが、最近は妻の反対で寿司屋か和食の店に変更を余儀なくされる。なぜだ、怪しい……。
それに夜が変わった。
たまに俺が手を出そうとすると、前なら『早く済ませてね』ぐらいの顔をしていたのに、最近は『カモン、ベイビー』みたいな顔をして俺を求めてくる。事が済んだときには、体中の精気を全部吸い取られたような妙な脱力感に見舞われる。
この思いは日を追うごとに徐々に、しかし確実に強まっていく……。またこの頃妻は陽の光を極度に嫌うようになった。外出する時はサングラス、帽子にコートという格好だ。いくら日焼けしたくないと言っても、真夏のコートはない。
どうもおかしい。実に妙なのだ……。
そして更にもうひとつ。
妻は鏡を嫌うのだ。化粧の時さえ鏡を使わない……。なぜだ? 変だ……。
俺はこれらの事実から推測して、あるひとつの結論に行き当たった。恐ろしい結論だ……。
――本当に恐ろしい。俺はその結論を裏付ける為に十字架をポケットに隠しておき、ある時いきなり妻に見せてみた。
悲しい事に妻は驚くほど狼狽し部屋から逃げるように出て行ってしまった。
俺は今ここに鏡を持っている。これは最後の実験だ。鏡に映らなければ妻はドラキュラの類に間違いないだろう。
しかし、中世の世ならまだしも、この現代にそんなものが存在するのだろうか?
俺は妻の部屋にノックもしないで入り、振り向きざまの妻を鏡に映した……。
映らない。どう角度を変えてみても妻の姿は鏡に映らないのだ。
――背筋が凍りつくような思いがした。氷の刃で心臓を突かれたような思いだ。
正体を見破られた妻はいきなり俺に襲い掛かってきた。
獣のような牙をむいて俺の喉笛に噛り付いたのだ。その早業に俺はなす術もなかった。
しかし妻の顔が急に険しくなり、眉間にしわを寄せてこう叫んだ!
「うわっ、なんてまずい血なの。あんた人間じゃなかったのね!」
俺の身体はがたがたと震えだし、窓から見える満月に向かって、遠吠えするのを我慢出来なくなった。
「あんた! 人間じゃないのね。ウルフね!」
俺の獣面が月光にさらけ出されると、妻が恐ろしい形相で叫んだ。
「おまえこそ。やっぱり
恐ろしい事だ。俺たちはモンスターの夫婦だったのだ!
しかも狼男と吸血鬼は古来から確執のある血筋だし犬猿の仲といってもいい。
妻は身をひるがえすと蝙蝠に変身して窓から飛び去ってしまった。俺は心の整理が中々つかなかった。俺は妻を愛している。だから身を切られるような苦悩に全身が震えた。
それにしても俺に大変な心配事が突き付けられた。深刻な問題だ!
俺たちの可愛いベビーは、まだ一歳に満たない。
この子はオオカミか、それとも吸血鬼か、ああ、いったいどっちだ!
了
MONSTER 松長良樹 @yoshiki2020
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