第十四篇 本当の愛情を抱きしめて

森の木の枝葉がつくる緑の天井、そこに開いた光の漏れる小さな穴の下にセキレイは倒れていました。擦り傷と泥だらけのセキレイは仰向けに倒れたまま、胸や腹だけを苦しそうに上下させていました。


「セキレイ!!!」


私は急いで彼女の側に飛び込み、大声で名前を呼びました。すると彼女は苦しそうに胸を押さえて、荒く早い呼吸の合間を縫ってなんとか答えてくれました。


「胸が痛くて、息が、しづらいの。」


私はとりあえず彼女が息がしやすいような体勢に変え、水を与えたりしましたが、彼女の息苦しさはひどくなっていくばかり。


「オオカラス、私の身体に何が起きてるの・・・?」


セキレイの渾身の問いに、私は何も答えることができませんでした。島の創造神ともあろうものが、彼女に何が起きているのか、何をすれば彼女は助けられるのか、何一つわからなかったのです。

そして・・・


「え・・・?」


何かの異変を察知したのか、ずっと胸や腹を擦っていた彼女の赤黒い手がピタリととまり、彼女はその手で自分の股の間を拭うように動かしました。彼女が恐る恐るその手を持ち上げると・・・

その手は血で真っ赤に汚れていました。性器からの出血でした。この時彼女は妊娠6ヶ月、まだ出産できる時期ではありません。


流産が始まっていました。


手についた血を見てセキレイは青ざめました。胎児が危険なことを本能的に悟ったのでしょう。


「赤ちゃんが! 私の赤ちゃんが!!」


彼女は悲鳴を上げると、


「産まれちゃうよ!!!」


と青白い顔で訴え私の手首を爪を立てて掴みました。私は大慌てで溢れ出る血液と透明な羊水でびしょ濡れたスカートとパンツを脱がし、彼女の股を見ると、そこに赤く丸い物体が少しだけ飛び出しているのが見えました。血と羊水でドロドロだったけれど、それは確かに胎児の小さな頭部でした。


「セキレイ! 赤ちゃん出かかってる。もうこのまま産むしかないよ。頑張って!」


私は叫びました。しかしセキレイの返事は帰ってきませんでした。ギョッとして私は彼女の顔を覗き込みましたが、彼女の顔からは血の色が消え失せ、目は死に際のヨウの時と同じく虚ろで焦点がぼやけ、鼻や口からは血が流れ出していました。


「しっかりして! セキレイ!」


私が頬を叩いて呼びかけると彼女はぺっと口から血を吐き出して、


「・・・赤ちゃんは?」

「まだ産まれてはないわ。」

「そう・・・」


彼女は残念そうに呟き、そして、


「オオカラス・・・ごめんね、この子まであなたに託すことになってしまうなんて。」

「何言っているの。あなたとヨウの子供でしょ、あなたが生きていなきゃダメでしょ! 諦めちゃダメ!」

「私、ずっと知っているのよ。あなたの本心・・・私とヨウの子をあなたに託すことが、あなたにとってどれほど残酷な仕打ちであるかも、わかっている。」

「セキレイ・・・」

「私ね・・・彼とこの子と一緒に楽園を作りたかったのよ。フレンズとヒトとが共に生きられる居場所、争いのないフレンズとヒトの楽園。この子はその楽園に生まれる最初の、奇跡の子になるの。」


それを聞いた時、私の精神も限界に達してしまいました。


「いい加減にしてよ! ヨウも、あなたも、何か困ったことがあったらみーんな私の所に持ってきてさ。挙句自分たちの子どもさえも私の所に置いて行く気?! その願い事は自分が生きて成し遂げなさいよ!!」


すると彼女は力を振り絞るように瞼を持ち上げて、私の目を見て、


「うん、わかってる。ごめん。」


それだけ言うと彼女の目は閉じ、身体から力が抜けていくようにぐったりとしてしまいました。


「ちょっと?ねぇちょっと?!」


私は彼女を抱き起こし、どうにか起こそうと頬を思い切りつねりました。彼女はすこし眉根を引きつらせ、


「痛い。」


と一言。そして、


「一生に一度のお願いよ、オオカラス・・・この子に・・・幸せな人生を———」


と枯れた細い喉声で言い残し、ガクリと事切れてしまいました。


「セキレイ? セキレイ! 返事をして、セキレイ!」


しかし彼女はもう動きませんでした。呼吸も心臓も止まり、手足も力が抜けて柳のようにだらりと垂れ下がっていました。私は彼女を地面に下ろし、彼女の胸の上に顔をうずめ泣きました。涙が枯れて出ない分、声にありったけの感情を詰め込んで、わめきました。



———肺塞栓と播種性血管内凝固DIC? それが彼女の死因だろうと? そうでしたか、ヒイラギ先生・・・



彼女の亡骸の前で黄昏れていた私の耳にふと、ボトリという鈍い音が入ってきました。私は顔を上げてセキレイの下半身に目を向けると、彼女の足の間に何かの赤い塊が転がっていました。血の海に転がったそれを両手で拾い上げて見ると、それはさっきまで彼女の産道に挟まっていた胎児でした。へその緒がついたままの胎児は泣くことも動くこともしません。つついたり叩いたりしても、胎児は産声をあげることはありませんでした。


「そんな。セキレイも、赤ちゃんも死んでしまったなんて・・・」


私は胎児のへその緒を千切り、胎児を彼女の胸の上に乗せて、


「ほらセキレイ、あなたの赤ちゃんよ。こんなに小さいけど、あなたにも彼にも似た立派な女の子ですよ。」


それから彼女の白い手を胎児の上に置きました。自分の赤ちゃんを抱いてもなにも言わず、自ら抱こうと指さえ動かさないセキレイを見ていると、次第に悲しみがせり上げてきて、枯れたはずの涙もポロポロと溢れ出てくるのを感じながら、私は語りかけました。


「ねえヨウ。あなたの奥さんも子どもも、本当にあなたが好きなんだね。先立ったあなたを追いかけて二人とも逝ってしまった。せめてあっちではさ、家族で仲良く暮らすといいよ。私はこっちの世界で、あなたたちと過ごせた日々を胸に刻んで生きていくよ。

寂しいけどさ、悲しいけどさ・・・私一人残されて生きていくのは。

・・・ごめん、ヨウ。セキレイも子どもも守れなかった。

・・・ごめん、セキレイ。あなたたちの子どもを幸せにしてあげること、私にはできなかった。何一つ守れなかった私を、許して、許して、許して・・・」


しかし私の懺悔を彼女が聞いてくれたのもそこまで。死亡したフレンズは自然と元の姿へ戻ってしまいます。彼女にもその時が来ました。彼女の死体は光をまとい、弾けるようにサンドスターが拡散し空へと昇っていきました。残されたのは白黒の小鳥ハクセキレイの死骸と、それよりも大きな胎児の死体でした。


「置いていかないでよ———」


わずか2日にして最愛の親友を二人も失い、託された大切な約束さえも果たすことができなくなった私が、シャボン玉のように空へ吸い込まれていく彼女の命の輝きを見上げ、絞り出せた言葉はそれだけでした。



私は棺を作って二人の亡骸を入れ、森の中に葬りました。胎児も二人の隣に埋めました。そして島に残っていた無事なフレンズたちを全員島から脱出させ、私がコントロールしていたこの島の火山活動を極限まで絞り、これ以上犠牲者が増えないようにした後で、私は気づいてしまったのです。それまで当たり前にあった友達、民、土地、その全てが私の掌からこぼれ落ち、二度と還らないことに。どれだけ泣いても悔やんでも、ヨウやセキレイ、彼らとともに愛したあの頃の楽園はもう戻ってこないのです。


彼らを失い島を捨てたあの日から十数年の間、私は浮浪者のごとく、不眠症と事件のフラッシュバックに苦しみながら現在のパーク本土を転々としていました。海に身を投げて死んでしまおうと、何度思ったか。けれど紛いなりにも神獣であるがゆえに、自ら命を絶てませんでした。


・・・セキレイ様、そんな悲しい顔をなさらないで下さい。私は今もどうにか生きさらば得て、少しは前向きに生きていけるようになったのは、セキレイ様のおかげでもあるのですから。



事件から十数年経った頃、私は少しずつ事件のことを冷静に振り返ることができるようになっていました。ある日、彼が死に際に言った言葉を不意に思い出しました。


『散・・・・・・ものを撃ちやがる。』


あの時彼は何を言おうとしていたのだろうか。それがなんとなく引っかかり、私はあの時の彼の口元の動きを思い返しました。


「散・・・撃つ。撃つって何をだろう? 石・・・枝・・・銃?」


アッ・・・散弾銃———


あの時彼とダンは鵺に攻撃されたんじゃない、散弾銃を持った何かに撃たれたと、彼は言いたかったんだ。銃を扱える何者かが、彼らに対し明確な殺意をもって銃の引き金を引いたんだ、そう私は直感したのです。


「どういうこと? あの事件は鵺というあやかしの仕業じゃなくて、実は悪意を持つ何かが故意に起こしたものだったというの?」


抱いた疑念は日を追うごとに膨れ上がり、私の心を埋め尽くしていきました。そして私はクプ島に向かうことにしたのです。あの日何があったのか、どうして彼や彼女は死なねばならなかったのかを知るために———



その後のことは博士たちにお話しした通りです。私は何度もクプ島の洞窟に潜り、必死で証拠になりそうなものをかき集め保存しました。それと並行し、現場の保存と被害の拡大を防ぐために例の鵺島伝説の唄をでっち上げ、パーク本土に流布しました。

そしてこの地に”ジャパリパーク”が成立し、外の世界の知識にフレンズがアクセスできるようになった2040年以降、私は集めた証拠を解読することができるようになりました。そして、その証拠たちが持つ本当の意味を知ることになったのです。


出来たてのカントーエリアの図書館にこもり、十年以上かけて調査して分かったことは、あの事件は悪意に満ちたヒトの連中が、フレンズたちを隷属させ行っていた麻薬犯罪の一場面に過ぎないこと。鵺の声の正体は洞窟内で生まれた、精神の狂ったフレンズであること。そして、犯罪が証明された犯人たちは既に全員死んでいて、もう裁くことができないということでした。この事実に私はひどいショックを受け、またしばらく塞ぎ込んでしまいました。


ショックで塞ぎ込むなんて、俺にそっくりじゃないか、ですって? あはは、その通りです。本当は昨日のセキレイ様を私は笑えないです。そんなところは似なくても良かったのに。



以降、私は各地で若いフレンズたち相手に読み書きそろばんを教えて細々と暮らしながら、クプ島が噴火して鵺が出現する度に、島に異変がないか見回りをしていました。


・・・ヒトに蹂躙され滅ぼされてしまった鵺島に私がこだわり続けたのはどうしてか?

どうしてでしょう・・・民と土地を失ったことへの自責の念、贖罪の意識、それは確かにあったと思います。でも、それだけじゃなかった。私というフレンズはこの島を愛していたんです。先代セキレイ、島のみんな、それからヨウと暮らしたこの島をもう一度蘇らせたかった。そして、ジャパリパークが設立された今こそ、彼の夢であった「フレンズとヒトとがともに生きる楽園」をこの島に作りたかったんです。

その夢の実現のためには島に残る”呪い”が問題となりました。呪いとはすなわち、この島では精神に異常をきたした短命なフレンズ、すなわち鵺に憑かれたフレンズしか生まれないのは何故か、ということです。

最終的にこの問題を私は解決できず、つい先ほどヒイラギ先生たちによって解明されるわけですが。ともかく、この問題の解決策を探るため、私は再び調査を始めたのです。


そしてあの日。クプ島が噴火した2073年9月12日、私はあなたに巡り合ったのですよ。

セキレイ様———



火山灰が空を灰色に染めたあの日、上空を飛んでいた私は煙の中に一つの小さなフレンズの影が立っているのを見つけ、目を疑いました。この100年、洞窟の中で生まれた”鵺”のフレンズこそいたものの、洞窟の外を出歩いているフレンズは一人もいなかったからです。あの子は”鵺”ではないフレンズかもしれない、そんな期待を胸に私は地面に飛び降り、驚かせないよう正面から静かに近づいていきました。

100メートル、50m、10mと近づいていくにつれ、鳥のフレンズらしきその子の姿がハッキリと見えるようになっていきました。5m、3m、煙の中にちらりと見えたその子の顔立ちを見て私はハッと息をのみ立ち止まりました。


「ヨウ・・・!」


3m先に立っていたのは見覚えのある白黒の羽毛を纏ったハクセキレイのフレンズ。しかしそのフレンズの目や眉、輪郭の形は彼にそっくりだったのです。

そんなばかなことがあるか。ぽかんと口を開けて呆然とその子を見つめていた私に、不意に天啓が降りてきました。


この子はヨウとセキレイが私に授けてくれた贈りものだ———


100年前にこの地で死んだ彼らの生まれ変わりと、再びこの地で巡り合った。これを奇跡と言わずしてなんと言えましょう。この時私の運命は決まった。少なくとも私はそう確信しました。


「ヨウ、セキレイ。あの時守れなかったあなた達との約束、今度は果たしてみせる。この子は私が幸せにしてあげる。」


私は右手を強く握りしめ、小さな声で誓いました。そしてまた一歩ずつその子に近づいていきました。その子は私が近づいてきていることにようやく気づき、「うわっ!」とびっくりして腰を抜かしてしまいました。驚いた時の声は、彼女に似ていました。

ブルブルと怯えた様子で私を見上げるその子と少しの間睨み合った後、私は屈み込み、脅かさないようなるべく優しく声をかけました。


「ハクセキレイのフレンズですね。」


***


「それがお前が見た100年間の真相か。」

「ええ。偽りは一つもありません。」

「そうか・・・」


セキレイは何か言おうとして考え込んだが、出てくるのはため息ばかりだった。オオカラスの経験した過去、自分の両親の姿と死に様、オオカラスが自分にかけていた思いの真意。それら全てを一度に脳に叩き込まれたので、頭はパンク寸前でのぼせそうだった。それでもセキレイは時間をかけて、感じたことをなんとか言葉にして絞り出した。


「俺の父さんは悪いヒトなんかじゃなかったんだ。父さんはフレンズたちを守ろうとして、悪いヒトに殺された。そのショックが元で母さんも死んだ。」

「ヒトという動物を、憎いと思いますか。」


一瞬、言葉に詰まった。


「俺は直接両親を知らねえ。憎いと感じているかは自分でもよくわからない。でも・・・とても悲しい。胸がキリキリ痛む感じがする。」


セキレイは自分が感じたことを正直に伝えたところ、オオカラスはほっと胸を撫で下ろすように息をつき、セキレイに慈しみに満ちた瞳を向けた。


「少し前までのあなたであれば、起こって暴れていたはずですが、こんなふうに冷静に、しかししっかりと受け止めてもらえるとは・・・大人になられましたね。」


そりゃどういう意味だ、とセキレイが顔をしかめる。するとオオカラスはいつになくおかしそうにクスクスと笑い出した。


「いえ、私は褒めたんですよ、心から。私がこの話をずっと秘密にしておいた理由は、あなたにヒトという存在を嫌いになってほしくなかったからなのです。」

「エッ?」


意外な言葉にセキレイは息を呑んだ。オオカラスは続ける。


「確かに連中のような邪悪なヒトはいます。でも、それだけでヒトという存在全てを嫌いになって欲しくなかったのです。なぜならあなたの父親もヒトだから。あなたの父親はヒトでありながら、フレンズのことをどこまでも愛してくれた立派な男でした。」


そうか、そうだったのか———生まれて初めて親の願いに触れた時、心に残っていた暗い疑念やわだかまりが霧のようにスッと消えていった。


(あいつは俺に、ヒトを嫌ってほしくなかったんだ。俺がヒトを嫌いになること、それは父親を子の俺自身が否定することになり、ひいては俺の幸せを壊してしまうことになるとオオカラスは考えていた。でも、オオカラスのこの気持ちを理解することは、俺が子どもであるうちは難しいだろうと思った。だからオオカラスは黙っていた。俺が大人になったと思える、その日まで。)


心洗われ、視界がぱっと開けていく。雨上がりの晴れた朝のような快さがセキレイを包んでいく。


「分かって頂けますか。」


静かだが感情のこもったオオカラスの問いかけに、セキレイは顔を上げた。オオカラスはいつものようにセキレイのことを真っ直ぐに見据えていた。セキレイはオオカラスの顔をちょっと見たが、


「・・・わかるさ。」


些細なプライドが邪魔をしてしまい、それだけ言うとつい顔を逸らしてしまった。けれど、オオカラスが腹を割って全てを話してくれた今だけは、ちゃんと面と向かって言わなければ。そんな少年のような純粋な心がちっぽけな羞恥心を退けた。

セキレイは再びオオカラスに向き直り、今度こそオオカラスの目を見て言った。


「ありがとう。おかげで俺は今、幸せに生きているよ。」


不思議と頬や耳は赤く熱くならなかった。きっと心からの感謝の言葉だったからだろう。そしてその気持ちはオオカラスにも届いたに違いない。

なぜなら、あの仏頂面だったオオカラスが、今まで見たこともないくらい眩しく朗らかな笑顔を浮かべていたのだから。



「俺の悩みは片付いたよ。ありがとう。次はお前の番だよ。」


セキレイはポケットに手を突っ込んでオオカラスを見下ろし言った。突然のことにオオカラスは慌て、金色の目を大きくしてセキレイに向けた。


「私、ですか?」

「ああ。お前は俺に真実を伝えることで、俺と両親の魂を救ってくれた。今度は俺がお前の心の故障を直してやる番だ。」

「いいんですよ。私のことなど。」


オオカラスは愛想笑いを浮かべ遠慮したが、セキレイはそれに動じずきっぱりと言い放った。


「そういう他人本位で自分を顧みない所がお前の悪いところなんだ。」

「それは・・・」

「頼んでもいないのに俺のことを我が子同然に面倒見てくれて、勉強する能力を与えてくれて、機械の仕事を紹介してくれた。自分のために使えたはずの人生の時間をお前は捨てて、その時間全てを俺のために注いでくれた。やっぱ、ありがとうなんて言葉じゃあ足りねェよ。一つくらい、俺に恩返しさせろよ。」


セキレイの言葉にオオカラスは静かに瞼を閉じ、ほのかに嬉しそうに口元を緩ませた。うつむき加減で座るオオカラスの姿は、いつもよりも少しだけ年老いて見えた。

セキレイはオオカラスの膝の上に乗っていた手帳を手に取り、唯一残ったという父親ヨウの写真を目に近づけてじっと見た。写真の中の父親はセキレイに向かって優しく逞しい笑みを投げかけ、母親先代セキレイも幸せそうに目を細めている。オオカラスが言った通り、両親の顔立ちがそれぞれ少しずつセキレイに似ていたことには驚いた。しかしそれ以上に、両親の間に映っているオオカラスの表情が、先ほど見せた笑顔と同じくらい眩しく朗らかなものであったことに、セキレイは衝撃を受けた。


「お前、こんなに明るく笑えたんだ。俺の父さんや母さんと過ごした100年前の日々はそれほどまでに楽しかったんだ。」

「ええ、本当に素晴らしい日々でした。」

「そうかよ、この笑顔が本当のお前の顔だったんだ・・・」


セキレイは下唇を噛み、手帳を指でぐっと握り込んだ。


「お前の積年の願いは、この鵺島にかつての姿を蘇らせ、父さんが夢見たというヒトとフレンズがともに生きる楽園を作ること。」

「ええ。」


うーむとセキレイは腕組みし、何やらブツブツ考え事をしながらケシ畑をぐるりと一周し、再びオオカラスの前に戻ってきて悩み抜いた顔を見せた。


「あのさ、オオカラス。」

「なんでしょう、セキレイ様。」


いつもの低く抑揚のない声でオオカラスが応じた。


「子である俺がお前にできることは多分一つしかないけど、それは他ならぬ俺にしか出来ないことだと思うんだ。」


と、ためらいがちに言うセキレイに、オオカラスは遠慮しなくても良いと促した。セキレイは心を決め唾を目を開く。


「機械に限らずどんな物も、修理して元の通りに修復できりゃそれに越したことはない。俺たち修理する側もそう思っている。でも、時にどうにもならないケースっていうのがあって、そういう時は抜本的な手段を取らざるを得ない。オオカラス、お前だってもうとっくに分かっているはずなんだ。この島を鵺の呪縛から解き放つにはどうしたら良いか。ここに新しいヒトとフレンズの楽園を築くにはどうすべきか。」

「・・・」


悔しそうに眉根を寄せ顔を背けたオオカラスにセキレイは冷めた眼差しを向け、そしてオオカラスの願いを叶えられる唯一つの選択肢を伝えた。


「火山を噴火させるんだ。そしてこの島にヒトが残していった禍根、鵺に囚われた”鵺のフレンズ”の骸、一切合財を溶岩で洗い流し、この島の歴史にピリオドを打つ。


———ゼロからまた始めよう。そして今度こそ、ここに楽園をつくろうぜ。」


ハッとして振り向き、大きな両目で縋るように見つめ返すオオカラス。しかしセキレイはそれ以上何も言わず、凛とした態度でオオカラスに向き合った。


自分の悲願を叶えるためには、自分が創造した居場所を一度灰にしなければならない。そう告げられた神は一体何を思うのだろうかと、セキレイは考える。

少なくとも、オオカラスにとっては簡単な決断ではないだろう。オオカラスはセキレイを見つめたままピクリとも動かず、その拳でケシ畑の土を握りしめたままブルブルと震えていた。その様子からは、セキレイの申し出に頷くことは、オオカラスにとって身を切るよりも辛い選択。ともすれば禁忌に近い決断なのかもしれないと思えた。


それでも・・・


(どうか今だけは、自分の幸せのための決断をしてよ。俺だって、親には幸せでいてもらいたいんだ。)


そんな熱い小さな願いを握りしめた。





(*筆者注:後日近況ノートにて、先代セキレイの死因を医学的観点から詳細に解説します。ぜひ合わせてお楽しみ下さい。)

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