第十一篇 Deserted Utopia
神獣のフレンズ。全身がサンドスターで形成されたこれらのフレンズは、他の一般のフレンズとは比べ物にならない次元でサンドスターを使いこなし、人智を越えた異能力を行使する。
博士たちの目の前にいるオオカラス改め金烏もその類のフレンズである。岩の壁を一瞬で融解させ穴を穿つなどという離れ業をやってのけたのが何よりの証拠だ。
そんな異次元のフレンズに向けて博士はうやうやしく頭を下げた。
「なるほど。神獣のフレンズであればサンドスターがつきない限り寿命は無限ですからね。100年前から生きていたとしても全く不思議ではありません。」
するとオオカラスはため息をついて謙遜した。
「神獣なんて・・・私はそんな大層なものじゃありませんよ。どうかこれまで通りオオカラスと呼んで下さい。私は神を名乗るつもりはないし、その資格もない。この島の火山の熱を操るだけの力を持ちながら島の民を守れなかった、無知で愚かで弱い、せいぜい神のまがい物です。」
そう自嘲するオオカラスの顔はしおらしく、おおよそ神獣とは思えない程に弱々しかった。
「まがい物とはどういう意味ですか。」
単刀直入な問いにオオカラスは軽く俯き嘲るように笑い、
「神としての役目を果たせなかったのです。」
「役目?」
「私はここクプ島の守護神として100年以上前に生まれたフレンズです。私の役目は2つありました。一つはこの島の火山活動を管理すること。もう一つはオオカラスとして民と暮らしながら、セルリアンや敵から民を守ること。にも関わらず、私は島民をヒトの魔の手から守ることが出来なかった。気づいた時には、島民の三分の一はヘロインの餌食になっていた。残った島民を島外へ逃がすことしか私には出来なかったのです。
神であった私はヒトの悪知恵に負け、愛する民を失い、故郷を失った。そんな咎を背負った私に神を名乗る資格はありません。」
オオカラスは目を閉じて博士に背を向けた。その慄く背中はひどく矮小に見えた。博士はやれやれと息をつくと、静かにオオカラスに寄り添い、その縮こまった背を優しく擦りながら声をかけた。
「それを聞いてお前が私たちに頼みたかったことがようやく分かったのです。お前はこの島を、愛した島を再生させたかったのですね。ヒトの手によって穢されたこの島に、往時の楽園の姿を蘇らせたかったのですね。」
「・・・」
「オオカラス。確かにお前はヒトに敗れ、民とともに自らの居場所を失った。その苦しみは察するに余るものがある。ですが、お前が神としての役目を果たせなかったとは私は思いませんね。お前は狡猾なヒトの魔の手から、半数以上の島民を救ったのです。これは紛れもなくお前の功績ではありませんか。我々一般ピープルに如何ほどのことが出来るかはわかりませんが、大切な居場所を取り戻したいというお前の願い、我々に手伝わせて下さい。」
「博士、ありがとうございます。」
オオカラスは背を丸め、感涙極まった声を絞り出した。
「さあ行きましょう。島の呪いを解き、お前の願いを叶えるためにはまだまだ情報が必要なのです。我々はお前の味方なのですから、今度こそ包み隠さず相談して欲しいものなのです。」
助手とヒイラギもオオカラスに駆け寄って背中を押した。
ゆっくりと顔を上げて金色の瞳を覗かせたオオカラスは、涙を拭いて、3人と一緒に洞窟の奥へと踏み出した。
オオカラスが穿った大穴をくぐり、4人は閉ざされていた海蝕洞の奥の暗い洞窟、100年前の犯罪が実行された現場へと足を踏み入れた。その第一歩目でヒイラギは早くも異常を嗅ぎつけピタリと足を止めた。
「何かありました?」
振り返った助手にヒイラギは何でも無いと手を振り返して、周囲を注意深く嗅ぎ回る。
「左側、麻薬の濃い臭い。それから上、ものすごい嫌な雰囲気がする。」
「上ですか。確かに猛禽の勘が騒ぐ、嫌な感じがするのです。」
そこにオオカラスが口をはさんだ。
「ヒイラギ先生の勘は正解ですよ。左の通路奥には金属製の倉庫があります。出荷する麻薬を保管するための倉庫です。行ってみましょう。」
オオカラスの先導で左の通路を進んでいくと行き止まりに突き当たり、そこには錆びて扉がもげそうなくらいボロボロの物置小屋が置かれていた。扉を開けると、充満していた麻薬の臭いとともに白い粉の袋詰の山が現れた。ヒイラギはその内の一つの袋を取り上げて臭いを嗅ぎ、袋の紐についていたタグを見た。
「ヘロインの臭いだ。でもこのタグの文字は読めないや。」
「見せてみるのです。」
博士はヒイラギが見ていたタグを覗き込んだが、
「私にも読めませんね。船内で見た海図に書き込まれていたアジア文字によく似ていますが。」
と、肩をすくめオオカラスに視線を送った。オオカラスはヒイラギから袋を受け取ってそのタグを一見し、即答した。
「1984年4月22日製造のヘロイン、と書いてあります。」
「お前はその文字が読めるのですか。」
「はい。このアジア文字はこの島に来たヒトの連中が使っていたものでした。私は連中の一人から多少文字を教えてもらいましたので。この倉庫に入っている白い粉末はどれもこれもヘロインやモルヒネです。」
オオカラスはヘロインの袋を倉庫に投げ入れて、
「この洞窟は連中のアジトとして利用されていたようです。連中はこの島に自生していたケシに目をつけ、それをアヘン・モルヒネ・ヘロインに加工して外国で卸していました。この洞窟内には至るところにモルヒネやヘロインの粉末、注射器などが落ちていますから、注意して下さい。」
助手はランタンを傾けて床を照らしてみると、床はこぼれた麻薬によって白く光り、壁の側にはガラスの注射器の破片がちらほら残っている。さながら廃病院のような有様に3人は眉を引きつらせた。
4人は通ってきた通路を戻っていくと、通路の途中に縦に伸びる穴があることに気がつき足を止めた。縦穴の天井までの高さは4メートル位はあり、真下の地面にはちぎれた縄梯子や綱が打ち捨てられていた。
「この洞窟は何層かの洞窟が縦穴でつながった立体的な構造をしています。私たちが今いるのはその最下層、仮に第1層としておきましょうか。これより上の層にはさらなる痕跡があります。」
オオカラスは縄梯子を踏みつけて垂直に跳び上がり、縦穴の天井近くにある横穴に飛び込んで、その穴から頭を出し手招きした。
「我々鳥のフレンズには梯子など不要です。この穴から第2層に行けます。」
助手は博士の方を向いて頷き、ヒイラギを抱えてオオカラスのいる穴に飛び乗った。博士もその後に続いた。
オオカラスが言うには、第2層には武器保管庫と、連中の親玉であったBossの私室があるらしい。その言葉の通り、通路の端の部屋が武器保管庫になっていて、錆びついた物騒な銃器や弾薬が幾つか置き去りにされていた。Bossの私室は登ってきた縦穴と武器保管庫の間に隠されており、その入口は岩石でぴったりと塞がれていた。さっきのようにオオカラスが熱で岩石の壁の封印を除去すると、その向こうには洞窟には不釣り合いな洒落た塗装が施された木製のドアが嵌められていた。
「ここがBossの部屋です。連中がしたことの全てが記録されている手記はこの中にあります。」
オオカラスはサバサバした態度を装い、鍵の壊れたドアを押しのけて部屋へと入っていったが、横から覗いた目元には静かな怒りが生み出した薄い翳がかかっていた。ヒイラギと博士はしばし目を合わせ、それからオオカラスに続いて部屋の中に踏み入った。
「なんだ、ここは・・・?」
ヒイラギは部屋を一目見て、その異質な内観に言葉を失った。ここがパーク最果ての無人島の洞窟内とは思えないような洒落た家具や調度品の数々がそこにはあったのだ。絨毯、机、デスクライト、棚・・・いずれの品も年月が経ってくたびれたりカビたりしているが、元の作りが良いのかどれも気品を保っている。
「これらの家具は麻薬で得た金で買った物でしょう。麻薬はものすごい高値で取引されますからね。かなり儲かったはずです。」
助手は棚に飾ってあった宝飾品を苦々しく睨みつけた。
「みなさん、こちらへ。」
オオカラスが3人を呼びつけ、指さした机の下には鍵のかかった頑丈な金庫が置かれていた。オオカラスはコートのポケットから手帳を取りだしてメモしてあった暗証番号を確認すると、その通りにダイヤルを回し、金庫を開けた。
「ここに、連中がしでかしたことの全てが保管されています。」
饐えた臭いを吐き出した金庫の中には表紙の剥げたボロボロの手帳数冊と、大量のドル紙幣。
「このドル紙幣も麻薬の売上金ですか。」
「その通りです。ざっと百万ドル近くはあるでしょう。数えてませんが。」
「百万ドル、いまいちピンときませんが。ま、我々フレンズにはなんのありがたみもありませんね。こんなカビ臭いの、食えたものじゃないのです。ねえ博士。」
「そうなのです。それにこれは麻薬を売って得た金。他人の人生を踏みつけにした上で得た金ですからね・・・それよりも重要なのはそっちの手帳でしょう?」
「はい。」
オオカラスは頷き、手帳を取って博士に渡して言う。
「これがBossの手記、彼の日記帳のようなもので、50年以上前に私が洞窟内で拾ったものです。私はこれを読み解き、連中の行っていた犯罪の全容を知ることができました。」
博士はその手帳をパラパラとめくりながら、
「ありがたいことに、これは英語で書かれていますね。読めるのです。」
「連中が主に使っていたのは例のアジア文字の言語なのですが、Bossとエノという人だけは英語ができたようです。Bossとエノは自分たちだけが英語が読み書きできることをいいことに、他のメンバーの知らないところでいろいろズルいことをやっていたみたいです。」
「それが仲間割れにつながるのですね。」
「はい。その際、エノはBossによって真っ先に始末されたみたいですがね。」
「・・・」
生々しい話に博士たちが閉口したのを見てオオカラスは口を噤んだ。
4人はBossの手帳を部屋から持ち出し、彼が残した手記を読み進めながら、第3層に向かう長いトンネルを歩いていった。手記は博士が手記を読み込んでいったのだが、そのページをめくる度に博士の眉間に刻まれた皺は一層深くなっていった。
そんな気色悪い手記の内容はというと、
”1975年11月 エニグマ・スノウ1kgを香港のF氏へ 7000ドルの利益”
”1978年9月 エニグマ・スノウ10kgをフィリピンのXXX商会へ 10万ドルの利益”
というような麻薬の販売記録から、
”1976年4月 ある程度稼げたおかげで、あのボロ船を処分して新しい船を買うことができた。前の船はエンジンがヘタっていたのかチンタラ走りやがってかなわなかったからな。今度の船は最新式だ。燃費もいいし最高。”
”1980年4月 先週
といった彼の雑多な呟き。さらには、
”1977年2月 奴隷部屋のヤク中のヤマシギがあんまり騒ぐもんで行為に集中できなかったから、つい
”1976年1月 脱走したヨウと、それを助けたダンを始末させた。あの世に奥さんが来るのを待ってな。”
”1983年7月 エノを始末した。もとから頭が回る危険な奴だった。
”同年同月 チョークを始末。ケシ栽培とヘロインの製造の技術はお前から十分学ばせて貰った。用済みだよ。từ biệt”
という殺人の記録までが飄々と記されていた。その所業を書き記した軽妙な文体は、これを書いた人間が人殺しをなんとも思わない人格破綻者であったことをありありと物語っていた。
オオカラスは手帳を握る博士の手が怒りで震えているのを見て、同情の眼差しを向けて言った。
「私も最初にそれを解読した時は怒りで震えが止まりませんでした。この洞窟の中で、多くのフレンズが薬漬けにされ、殺されていった。フレンズに理解のあったヨウさんやダンさんまでも連中は手に掛けた。死んでいった者たちの気持ちを慮ると・・・」
「私もあなたと同じ気持ちですよ。憤慨しないわけがない。」
「本当に・・・本当に・・・」
トンネルの壁の前で立ち止まったオオカラスは息をつまらせて肩を怒らせた。そして固く握られた右の拳をわなわなと震わせて、
「許せないっ!!!!」
神獣のフレンズであるオオカラスが衝動的に振り放った岩をも溶かす高熱の一撃は、ドゴォンというけたたましい爆発音と共にトンネルの壁を撃ち抜き、岩の壁に大きな穴を穿った。土煙と水蒸気と溶岩の熱が沸き立つ穴の口の前でオオカラスは膝から崩れ落ち、その破壊の規模にただただ呆然としているヒイラギたちをよそに、オオカラスはありったけの声を上げて喚いた。
「返して! 返してよ!! みんなを、居場所を返してよ!! この島はフレンズとヒトの楽園になるはずだった。二人が望んだ地上の楽園になるはずだったんだ! それを、お前たちは、自分の勝手な都合でフレンズの命と尊厳を踏み躙った上、この島に消せない鵺の呪いをかけたんだ!!!」
積年の苦しみを痛々しく吐露するオオカラスの元に、3人は今すぐにも駆け寄って抱きかかえてあげたかった。しかしオオカラスの足元をまだ高温の溶岩が覆っているため近づこうにも近づけない。3人が手をこまねいていると、オオカラスは一人でムクリと立ち上がり、重い足取りで溶岩だまりから足を抜いて3人の方に歩み寄ってきた。オオカラスは金色に光る涙の粒を指で拭うと、
「少々取り乱してしまい、お見苦しいところを見せてしまいました。すみません。」
「いえ、我々は気にしていませんよ。」
「ありがとうございます。第3層はこの穴から行けます。それから第3層は異臭がするので、イヌである先生は特に気をつけて下さい。」
そう言ってオオカラスは固まった溶岩を踏みつけて穴の中へと足早に入っていき、ヒイラギもそれに続いた。しかし博士と助手は少しの間その場所に留まっていた。
Bossの手帳をパラパラめくり返す博士の所に助手がやって来てそっと耳打ちした。
「オオカラスが先程叫んだ内容について、どう思いますか?」
「あれがオオカラス、もとい島を追われた島の神の本心でしょうね。やはりヒイラギの言った通り、オオカラスは根本的に100年前の事件から立ち直れていないのでしょう。」
博士は手帳をパタンと閉じると、ヒイラギたちが入っていった穴の中へ歩き出した。
また長いトンネルを4人は進んでいった先で、これまでで一番広い空間に行き着いた。オオカラスはヒイラギたちを振り返り、朽ちたビリヤード台や古ぼけたソファーなどを指さしながら、
「ここは連中の居室やリビングとして使用されていた場所です。」
「それにしてもヒドい臭いですね。」
ヒイラギは鼻を摘んで言う。
「食い散らかされた缶詰の食糧や瓶、それらを嗅ぎつけて集まったネズミやコウモリなどの動物の死骸が原因です。」
実際、リビングの床には缶詰の缶などの廃棄物や麻薬の粉、注射器、スプーン、鎖、首輪、動物の死骸などがそこかしこに散らかっていた。
「これだけ広いとどこから探索していいかわかりませんね。」
助手はやれやれと肩をすくめ、足元に転がっていたビリヤードのボールを蹴飛ばした。
「この部屋には最も重要なものがあります。」
オオカラスは顔色一つ変えず、3人をリビングの向こう側に連れて行った。
ゴツゴツした岩壁の手前にあったのは古い布団が被さった普通の木製のベッド。しかし布団には飛び散った赤黒いシミがベットリとついていた。
「・・・?」
訝しげにベッドを見つめる助手に、オオカラスは足元を見るように言った。助手はそれに従い下に目を向けた。助手の足元には何かの白い棒のような遺物が幾つか連なって転がっていた。助手は白い遺物を追って視線を左へスライドさせてゆき、その最後で白い半球の塊を見たところでハッと息を呑んだ。
「死体だっ!!」
助手が見たモノ、それはヒトの朽ちた白骨死体だった。
「これはいったい誰の死体ですか?」
助手は驚きのあまり尻餅をつき、後退りながらオオカラスに尋ねた。
「Bossです。6人の中で最後まで島で生きていたヒトです。先生、ちょっと見て頂けますか。」
「わかりました。」
ヒイラギは手袋とマスクを着けてしゃがみ込み、死体を検分した。
「何年前に死んだかは検査しないと分からないけど、相当前に死んだ人間なのは確かだ。死因は、多分これかな。」
そう言ってヒイラギは死体の頭部と第一頚椎のあたりを指し示した。
「第一、第二頚椎と大後頭孔周囲が砕けていて、上下の前歯が吹き飛んでいる。手足を縛られていた痕跡はない。恐らくですが、この人は銃口を口に咥えて引き金をひいた。つまり銃による自殺を図ったものと思われます。」
「こいつ、自殺で死んだんですか? 病気で苦しんで死んだのではなく?」
「それはどういう意味でしょうか。」
オオカラスはひどく狼狽したのをヒイラギは不思議に思い聞き返した。
「博士、先生にBossの一番最後の手帳を渡してあげて下さい。」
そう言われて博士は持っていた手帳の中で一番新しい手記が書かれていたものをヒイラギに手渡した。
「先生。その手記からは、Bossは何らかの病気を抱えていたことが読み取れると思うのですが。」
「はぁ・・・」
オオカラスの刺すような視線に晒されながら、ヒイラギはBossの手記に目を通してみた。するとBossの日記の記述には様々な身体の不調の言葉が含まれていた。
「めまい、かゆみ、皮疹、歩きにくさ。それから尿閉・・・」
「どうでしょう?」
ヒイラギは死体の頭骨や顎骨をじっと観察して、確信を得たように頷いた。
「この人、Bossは梅毒に罹っていたようです。それから多分肝不全も。」
「やっぱりそうですか。」
「この男はいろんな人と好き放題に性交渉をしていたんですよね。だとしたら性感染症の一種である梅毒を患っていた可能性はある。この死体の上顎骨のゴム腫の痕を見るに、Bossは進行した梅毒を患っていたはずです。進行した梅毒は脊髄も侵食し、精神症状や歩行障害を起こします。立って歩くことさえ不自由になっていたと思います。」
「ふむ。」
オオカラスが小さくニヤリと笑った。その歪んだ口元のあまりに不気味さにヒイラギはゾッとした。
「しかし彼の死因は先程述べた通り自殺でしょう。」
「・・・」
「遺書がないのでわかりませんが、この男が進行梅毒の症状で苦しんでいたのは確かです。あまりの症状の辛さに自死を選んだとしても不思議ではありません。」
「そうですか・・・」
オオカラスはガクリと肩を落としBossの死体に背を向け、それから小さな声で吐き捨てた。
「この男は自分の罪からも逃げたのか。これじゃお前らの勝ち逃げじゃないか。認めない、そんなこと・・・」
落胆し指を噛むオオカラスの背中に憐れみの視線をヒイラギは送りつつも、この死体を見てからのオオカラスの態度について少し違和感を覚えた。オオカラスは100年前からこの島で生き、Boss達による犯罪行為をその目で見ているのだ。従って彼女はこの島で起きていた事を全て知っているものと思っていたのだが、実は知らない部分があるのかもしれないと、そう感じた。
ヒイラギはランタンを取って死体周辺の小石や動物の骨などのゴミをかき分けて調べてみた。すると、
「あれ、銃は?」
手が止まった。あるべき物がここに無いのだ。
「銃自殺ならば、銃は死体の近くに残っているはずですが、それがない。」
「なら遠くに吹っ飛んでいるのでは?」
「そうですね。もう少し広い範囲を探しましょうか。」
ヒイラギが立ち上がりかけたところ、
「そういえば、拳銃ならあそこにあります。」
オオカラスが突然ポツリと呟いて右手の指で少し離れた方を指した。ヒイラギは指された方角の暗闇を目を凝らして見つめながら訊いた。
「どこですか?」
「あそこの動物の白骨死骸の傍に転がっているんです。こちらです。」
オオカラスに導かれながら数十歩程歩いていくと、無残に放置された小型鳥類の白骨が均された岩の床の上に転がっているところに行き着いた。すぐに博士が検分すると、この骨はコウノトリ目のヤマシギの一種のものと分かった。そして拳銃はオオカラスの言った通りヤマシギの骨の下から出てきた。型式はアメリカ製のコルトM1903、100年前に諜報員や高級将校が使用していた自動拳銃だった。
「どうしてここに銃があると分かったのですか。」
フラッシュを焚いて写真を撮った博士はオオカラスに尋ねた。オオカラスは目をぎゅっと瞑り、
「この子はヤマシギのフレンズだった子で、当時の島民の一人。」
「お前の友達だった子ですか。」
「はい。」
「洞窟内に骨があるということは、このヤマシギは連中の奴隷にされていたのですね。」
「そうです。」
「なぜヤマシギの死骸の近くに拳銃があることをお前は知っていたのですか。」
「・・・」
オオカラスはヤマシギの遺骨の前に膝をつき、無念さを滲ませて、
「100年前、ヤマシギは鵺による犠牲者の一人でした。しかし80年前に来た時、ヤマシギは洞窟内で生きていた。そして私の目の前で自ら頭をその銃で撃ち抜いて死にました。」
「そういえば、ヤマシギってBossによって1977年に殺されたと手帳に書いてあったような気がしますが?」
博士は怪訝そうに眉をひそめた。
「何を言っているのか分からないと思うでしょうが、当時私も何が起こったのか分からなかったのです。80年前、本当であればヤマシギは生きているはずがない。なのにヤマシギは生きて私の前に現れた。」
「ということは、ヤマシギは一度死んで、再度フレンズ化したのですか。」
「多分。しかし彼女の精神はなぜか完全に狂っていた。彼女は奇声を上げながら身をよじり地を這い、地面や壁に血が出るくらい身体を叩きつけていた。最後には転がっていた拳銃を手にとって・・・」
「姦しい声、鵺ですか。」
「ヤマシギだけではありません。私は100年間、そんな鵺に憑かれた可哀想な子どもたちばかりを見てきました。ダイサギ、ヤスリミズヘビ、ジャコウネコ、ヤマアラシ・・・誰も彼も、私の見覚えのあるフレンズたちが精神を狂わされた状態で現れ、死んでいきました。ある者は頭を壁に何度も強く打ち付けて、またある者は舌を噛み切って。」
「むむむ・・・」
珍しく焦りを見せた博士はガリガリと頭を掻いて、独り言を呟きながら考え込んだ。
「鵺という妖獣のフレンズ自体は存在しないのでしょう。」
そしてハッと閃いた。
「そうか! 鵺と呼ばれていた存在は、このヘロインだらけの洞窟内で蘇った、ヤマシギのようなフレンズだったのです!」
そこまで言われて助手もピンときたように指をパチンと鳴らして、
「生まれた子どもたちが洞窟内に落ちているヘロインを知らずに摂取し、自らヘロイン中毒となって精神を病み奇声を発していたと、そういうことですか。」
「いや、おそらく事態はそれ以上に深刻です。」
サキが作った資料にタブレットで目を通していたヒイラギは落ち着いた声で言った。どういうことかと尋ねた助手に対しヒイラギは返答した。
「フレンズがサンドスターによってフレンズ化する時、元の動物が持っていた遺伝情報や性質が一部引き継がれます。まるで親の持つ性質が子へ遺伝するように。ならば、”ヘロイン中毒”という強烈な性質も、親から子へ引き継がれるとは考えられませんか?」
「あっ・・・」
青ざめた助手の指からペンがこぼれ落ちた。
「ヘロイン中毒の親から生まれた赤ちゃんは、初めからヘロイン中毒を背負わされて生まれて来ることが知られています。これを先天性ヘロイン中毒といいますが、この洞窟に落ちている動物の死体はどれもこれも、かつてヘロイン中毒のフレンズだったのでしょう。この100年間、ここにいるフレンズの死骸たちは、何も知らないサンドスターにより何度も蘇生させられ、先天性ヘロイン中毒に蝕まれ死んでいった。何度も、何度も。」
ヒイラギは一つの結論に至った。
この100年間、火山活動の度に繰り返し出現し続けた”鵺”の正体は、かつてヘロイン漬けにされたヤマシギたちフレンズの死体が蘇生して生まれた、先天的なヘロイン中毒患者のフレンズの子孫たちだったのだ。
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