第十篇 死者蘇生

セキレイ達が谷底の平地を後にしたのは午後1時。その頃ヒイラギたちは、鵺島から南西90kmの海上に位置する休憩地点のキオ島を後にし、鵺島に向かって飛行中であった。ヒイラギはオオカラスの大きなコートの中でタブレット端末を手に、サキから渡された数々の資料に目を通しつつ、1時間前にサキから送られてきたメールの内容について考えていた。


***

Re; オオカラスさんが語ったことについて


———以下メール本文———


ヒイラギへ

連絡ありがとう。確かに、オオカラスさんの証言にはおかしな点がありますね。恐らくですが、彼女は100年前の時点で生きていて、鵺島で行われた犯罪を実際にその眼で見ているのだと予想します。

では、なぜその事実を未だ隠しているのか。これも予想ですが、彼女は心的外傷PTSDを患っているのだと思います。彼女は鵺島の事件を体験し、その結果重い心の傷を負った。その心の傷が未だに完治しておらず、事実と向き合い難い精神状況に置かれているのではないでしょうか。

正確なところはオオカラスさんの口から今一度語ってもらう他ありませんが、ヒイラギもオオカラスさんがPTSDを患い、過去の思い出を忌避しているかもしれないという視点を持って、彼女の言動をつぶさに観察してみて下さい。


それと、ヒイラギが疑問に思った「ヒトとフレンズがつがいになることは可能なのか」ということについて、私が知っていることを教えておきます。

言ってしまえば、つがいになる事自体は可能です。誰を愛すかということは個人の自由ですから、ヒトがフレンズを愛すことを止めるものはありません。逆にフレンズがヒトを愛すことも自由です。性交も一応可能とされています。

ただし、そのつがいの間に子は授からないと考えられています。

パークで起きたヒトによるフレンズに対する性的暴行事件110件を対象とした研究が5年前に行われています。その論文では、以下の事実が示されています。


①ヒトのオスとフレンズの性交では、妊娠が成立する。すなわちヒトの精子とフレンズの卵子が出会って生まれた受精卵は、子宮内膜に着床し、分化を開始する。

②胎児は妊娠第7週まではヒトの胎児と概ね同じように成長する。

③しかし妊娠第8週以降、器官形成期の後半以降になると、胎児の成長が低調になる。この理由としては、胎児の染色体や遺伝子に重大な異常が発生しているのではないかと考えられる。

④解析した110例の全てで、妊娠第23週までに胎児は流産している。中央値は妊娠16週。うち10%のケースでは母体のフレンズが不詳な死を遂げている。病理解剖が不可能なため母体の死因は不明。


まとめると、ヒトとフレンズの間に子供は生まれない、という事になります。ヒトとフレンズのゲノム情報は非常に似ているとはいえ、別の種族ですから、交配させても胎児は上手く育たないということでしょう。


また何か解ったら連絡下さい。


キョウシュウエリア第2病院 Dr. SAKI


***


ヒイラギは考えた。

鵺島に来たヨウという男はフレンズと夫婦の契りを結んでいた。そのヨウの妻のフレンズはハクセキレイ、そうオオカラス言った。それが本当だとしたら、100年前のハクセキレイは今いる修理屋のセキレイの先祖の可能性が高い。


(でも、その先代ハクセキレイが今のセキレイさんの先祖とするのなら、セキレイさんのターナー症候群はどう説明するんだ。例えば、先代のハクセキレイもターナー症候群で、その形質を引き継いでセキレイさんが生まれてきた。その過程で誰かのY染色体が混入した、とか。)


などと、ヒイラギはあれこれ思案するが、中々納得のいく説明が思いつかない。ヒイラギはもう一度前提から振り返ってみる。


今のセキレイさんはターナー症候群という先天異常をもって生まれてきた。セキレイさんの染色体は45, XO 、通常2本あるはずのX染色体が1本しかなく、その1本には男性由来のY染色体の一部が混入してるという異常が確認された。このような染色体異常は後天的に起こることは無く、先天的に起きたと考えられる。つまり、フレンズが発生する段階で異常が生じたのだ。この前提に立って、どのようにしてセキレイさんのX染色体にY染色体が混入したのかを考える。

一つはさっき考えたように、ターナー症候群を持ったフレンズが生まれてくる過程でY染色体が混入した可能性。つまり、無関係な何者かのY染色体が偶然に取り込まれてしまった説だ。

もう一つは、Y染色体が無関係でない場合。ヒト(XY)とフレンズ(XX)が交配した結果、Y染色体が混じったX染色体をもつフレンズが生まれてきた説だ。


(でもなあ、サキさんのメールによると、ヒトとフレンズが交配しても子供は生まれないっていうことだしなあ。一体何が原因で・・・)


考えあぐねてタブレットの電源を切ろうとスイッチに指をかけたその時、ヒイラギはハッとなってもう一度サキのメールを読み直した。別の可能性があるのでは、そう閃いたのだ。


(胎児———流産し産み落とされた水子がフレンズ化したらどうなるだろうか?)


そう、ここはジャパリパーク。サンドスターの作用で生まれたヒューマノイド・フレンズが行き交う地上の楽園だ。

UMAのフレンズは例外として、一般的なフレンズが生まれるには条件が二つある。一つは十分量のサンドスターがそこにあること。もう一つは、フレンズの種族を決定するのに必要な情報が存在していること。その情報は動物の組織が保持している。そしてその動物の組織は生きていても死んでいても良い。すなわち生きている動物でも、白骨化した死骸であっても、サンドスターが作用すればフレンズが誕生する。


この地では、死人でさえも新たな肉体を得て蘇る。


———このジャパリパークはある意味、黄泉よみがえりの楽園なのだ。


(ヨウという男と先代ハクセキレイの間に子供が出来ていたと仮定すると、その子はほぼ確実に流産して死んでいるはず。生まれてくるはずだったその胎児が、今のセキレイさんと同じ、Y染色体混じりのX染色体を持っていたとしたら。その胎児がフレンズ化して生まれたのがセキレイさんだとしたら・・・

ありうるぞ! 有性生殖で生まれた胎児だ、X染色体の中にY染色体の一部が組み込まれてしまう可能性は十分にある! Y染色体が混じった一本のX染色体が今のセキレイさんに引き継がれたんだ!)


ヒイラギはこの可能性をすぐさまメールに書きつけてサキに送ろうとしたが、メール送信失敗という通知が返ってきた。


「オオカラスさん、この辺りは電波は入らないの?」

「はい。キオ島あたりまではパークの電波がキャッチできるのですが、クプ島周囲は残念ながら圏外なんです。なにせジャパリパークでも辺境と言っていい海域にありますから、こんなところまで通信網を張る余裕はないんでしょう。だからパーク内でありながら、島にはラッキービーストのようなパークの設備はありません。」

「そうですか、本当に果のはてなんですね。」

「そうです。パークの運営組織からも、守護けものからも見捨てられた島です。」


オオカラスは押し殺したような悲しい声でそう答えると、


「ああ、見えてきました。あれがクプ島、もとい鵺島です。」


と、前方の薄霧を割って現れた島を指差した。オオカラスの後ろを飛んでいた博士と助手も島を視認したようで、右手で島のある方角を指差した。そのサインを見てオオカラスはヒイラギに、


「クプ島視認。島の東側に降りましょう。」


と告げ、2時の方向に右腕を突き出し、右へ進路を変更するとジェスチャーを送った。そしてすぐに身体を右に傾けて、鵺島に向けて急降下急接近した。



一団は島の南側から東へと反時計回りにぐるりと飛んで、東の岩礁地帯に降り立った。引き潮の時間帯なのか、周囲には黒くゴツゴツした岩が海面から突き出すのが目についた。


「あの崖の海面すれすれのところに大きな穴があるのが見えるでしょう。あそこが海蝕洞の入り口で、内部に朽ちた船があるのです。」


博士は双眼鏡を覗き、前回の調査で入った海蝕洞の入り口が十分に開いている様子を見て、なるほどと頷いた。それから、


「ところでどうして島の東側に来たのですか。船で来たセキレイたちは多分島の西側から上陸したはずですが。」


と、隣の岩に浅く腰掛けたオオカラスに尋ると、彼女は水筒のお茶を飲むのを止めて、問いに答えた。


「それは、クプ島の東側にある洞窟こそが、ヒトによる犯罪の現場だったからです。博士達が気にされているヘロインについても、あの洞窟を実際に見ないことには対策が打てないと、そう考えていますので。」


落ち着いた口調で告げてのそりと立ち上がると、コートについた埃を丁寧に払い落とした。


「それに、ヒトがしでかした行為がどれだけ陰惨なものであったか、それがどれだけのフレンズを苦しめてきたか。恥ずべき歴史ですが、あなた方には真実を知ってもらいたいのです。行きましょう。」


そう言うとオオカラスはヒイラギの胴を抱えて、海蝕洞の入り口に飛び込んでいった。博士と助手も岩を蹴って水平に飛び出し、それに続いた。



ゆるい上向きの勾配を持つ岩のトンネルをくぐると、開けた暗い海蝕洞に出た。助手がランタンの明かりをつけると、頭上を舞っていたコウモリ達がびっくりして一斉に出口へ逃げていき、更に中型の朽ちた漁船の姿が照らされて出現した。


「おお、これが博士が見たという漁船ですか。確かに崩壊が進んでいるのです。」

「ええ。操舵室には海図やら無線機やらが残されていました。オオカラス、これは100年前の連中が残した船なのですか。」

「はい。」


オオカラスはランタンの強い灯りに照らされてボーッと浮かび上がる漁船を見上げた。


「これは連中がこの島と、パーク外の地域とを行き来するのに使っていた船です。連中はこの島で密造した麻薬を主に東南アジアの国々のマフィア相手に卸していましたので、船が必要だったのです。」

「連中はこの海蝕洞内に船を隠していたのですね。」

「はい。満潮時、この洞窟の入り口は海面下に沈んでしまいます。船を隠すにはもってこいの場所です。」

「しかし、この狭さでは船は一隻入れるのが精一杯でしょう。船が今ここに残っているということは、連中は最後までこの島を去らなかったということでしょうか。」

「その通りです。1986年、連中は麻薬の売上の配分を巡って仲間割れを起こし、それが殺し合いに発展したようです。結局、一人を残して全員死亡。その一人も島から脱出することなく、この島で死にました。」


助手はメモを取る手を止め、オオカラスに疑いの目を向け訊いた。


「お前、連中の行動について詳しいようですが、その情報はどこで手に入れたのですか。」


するとオオカラスはあっさり答えた。


「連中の手記が残っていたんですよ。Bossという、連中のリーダー格だった男が残したものです。」

「ほう、それはどこに。」

「洞窟のもっと奥の方です。失礼、ちょっとお花を摘みに行ってきます。」


と言ってオオカラスはスタスタと影の中に消えていった。


「博士、助手。ちょっといいですか。」


オオカラスが中座したのを見計らって、ヒイラギは博士と助手に、前述のサキのメールの内容と自分の推理を伝えた。ヒイラギの話を聞き終ると、博士はふーむと腕組みし、オオカラスが歩き去った方向の暗闇を見つめながら、


「私も、オオカラスはまだ何か隠していると薄々思っていましたが、なるほど心的外傷後ストレス障害PTSD。オオカラスは未だ、島で起きた犯罪で受けた心的ストレスに対処しきれていないと。」

「しかし我々に援助を求めてきたということは、何かしらこの現状を打破したいという気持ちも持っているはず。何をどう打破したいのかは分かりませんが。オオカラスの心の中で、未来に進みたい自分と過去に囚われている自分が喧嘩しているんでしょうかね。ヒイラギ、PTSDの精神状態とは如何様なものなのですか?」


「PTSDは非常に強烈なストレスに晒されることが原因で発症します。フラッシュバック、悪夢、感覚鈍麻、回避行動、不眠というような精神的症状が4週間以上続き、患者が耐え難い苦痛を受け続けている状態をPTSDと定義します。

ざっくり言うと、受けてしまった鮮烈な恐怖体験を繰り返し追体験してしまい、その度に精神的ダメージを受け続ける病気です。PTSDの苦しいリフレインから逃れるため、患者はその恐怖体験を思い出させるような刺激を避けたりします。例えば、事件のあった場所に行きたがらない、事件に関わった人と会うのを避けるなどです。紛らわしいところですが、うつ病や適応障害とは別の病気と考えて下さい。」


ヒイラギはいつか読んだ精神科の医学書の内容を思い出しながら説明を加えた。


「お前の言う非常に強烈なストレスとはどういう類のものを指すのですか。」

「誰かの生死に関わるような事件や事故、災害に晒されることがPTSDの原因として多いですね。例えば戦争体験、強姦、殺人事件とか・・・」

「うーむ、オオカラスの場合は100年前に体験した何らかの事件がPTSDの原因になっているかも知れませんが。でもオオカラスは今、この鵺島に来ているではないですか。」


助手は首を大きく捻った。


「100年経ってますからね、多少は心の整理がついているのでしょう。ですが、PTSDからの立ち直りには個人差があり、一生治らない人だっています。重症になればうつ病が合併し、自殺を企ててしまうことだってあります。今のオオカラスさんは、もしかしたら精神的に無理をしてここに来ているかも。」


ヒイラギは持ってきた薬剤のケースを取り出して、蓋を開けて中身を博士と助手に見せた。ナロキソン、トリアゾラム、エチゾラム等・・・いずれも万一の事態が起きた時のためにサキが持たせた鎮静剤の類だ。


「この薬はセキレイさんが緊急事態に陥った時のために持ってきたものですが、もしかしたらオオカラスさんに対して使うかも・・・」

「できれば使いたくないのです。ですが、この場で唯一医学を体系的に理解しているお前だけ。万一薬が必要だと判断したなら思い切って使うのです。彼女たちの自殺だけは、防がなくてはなりませんから。」

「はい。」


ヒイラギははっきりと返事した。


「そういえば戻ってくるの遅いですね、オオカラス。」


助手がそう呟いた時、オオカラスが丁度暗闇から姿を現した。オオカラスは平時と同じ無表情な顔でヒイラギたち3人の顔色を不思議そうにうかがって、


「どうかされました?」


と首を傾げた。


「いえ別に。午前中に食べたトムヤムプラー、あれ美味しかったなぁと。」


博士は何事も無かったかのように飄々と答えた。


「ああ、あれは良いですよね。身体が温まりますし、パクチーの香りもマッチしていて、私も好きなんです。」


オオカラスは少し和んで顔を赤らめ、


「あの村のトムヤムプラーも美味しいですが、アンインエリア北港のカフェのもそれに負けず劣らず美味しいですよ。」

「ほう、ならばこの島から帰った後、そのカフェにみんなで食べに行きましょうか。」


博士はニッと笑うと、助手と一緒につかつかとオオカラスの横を通り過ぎ、洞内の探索に向かった。ヒイラギはオオカラスと一緒にその場に残った。しばらく無言の時間が流れたのち、オオカラスが独り言を呟いた。


「セキレイ様は今、どうしているのでしょうか。」

「・・・セキレイさんのことを心配なさっているんですね。」


ヒイラギは一歩オオカラスに歩み寄って言った。少し間を置いて、オオカラスが口を開く。


「セキレイ様はご自身の意志で、この島の真実を知ろうとしています。その覚悟は誠に素晴らしいのですが、果たして真実を知ったことで、セキレイ様が不幸せになってしまわれないか。昨日のように、また傷ついてしまわれないか、私は心配です。」

「それ程までに、オオカラスさんがセキレイさんに隠してきた真実は辛く悲しいものなんですか。」


オオカラスは少しの間押し黙り、心の古傷の疼きを静かに耐え忍ぶが如く、組んだ両手の指にギュッと力を込めた。そこにヒイラギは一言、


「是非、僕で良ければお話しして頂けませんか。」


するとオオカラスの指からスッと力みが消えた。ヒイラギがオオカラスの顔を見上げると、オオカラスも深い紅色の大きな瞳でヒイラギのことを見つめ返していた。深呼吸の後、オオカラスは下唇に滲んだ血を袖で拭い、悲しげな目つきで微笑んで言った。


「・・・そうです。私は真実を知っている。あの子の両親の死を看取ったのは、この私なんです。」

「やはりオオカラスさん。あなた、100年前の事件をその眼で見ていたんですね。」

「すみません。あなた方に隠すつもりは無かったのですが、気持ちの整理ができなくて。向き合わなくてはならないのは頭では解っているのですが・・・どうしても。」


そう洩らし顔を伏せ眉をひそめたオオカラスの手を、ヒイラギは握って語りかけた。


「きっと一番辛いのは、オオカラスさん、あなた自身なんですよね。」

「・・・」

「弱みを見せることは恥ではありません。今のオオカラスさんは一人じゃない、あなたの隣には私たちがいて、あなたを受け止めます。だから隠れて泣いたり、吐いたりしなくても、いいんですよ。」

「・・・なぜ、それを?」

「僕はイヌですから嗅覚には自信があります。涙の臭いも、胃酸の酸っぱい臭いも、僕にはお見通しです。」


ヒイラギは自慢げに笑って、帽子の影の中で赤い目に涙を溜めたオオカラスの顔を覗き込んだ。


「無理はしないでいいんです。でも、できたら、オオカラスさんの気持ちを私たちにも共有させて下さい。共に悩み、共に考えていきましょう。」

「・・・そう言ってくれて、ありがとう。イエイヌの先生。」


ヒイラギの手をオオカラスのもう一方の大きな温かい手が包んだ。オオカラスは項垂れたまま、縋り付くようにヒイラギの手をしばらく握り続けた。

それからオオカラスは帽子を取ってコートのポケットに押し込んで、


「ちょっと体が火照ってしまいました。」


とはにかんで黒のロングコートの前を開けた。コートの下には黒のスーツベストを着込んでいたのだが、ヒイラギの目を引いたのはオオカラスが締めていたネクタイの方であった。白いワイシャツ以外は全て黒でまとめたシックなコーディネートの中で、ネクタイだけが派手な黄色、いや金色の輝きを見せていた。

オオカラスはコートの内ポケットに入っていた手帳の取り出し、表紙裏をじっと見つめ、すぐにしまい込んだ。そして、


「私もセキレイ様を見習い、覚悟を決めました。私がこれまで隠してきた真実を、皆さんに、それからセキレイ様に隠すことなく伝える覚悟です。」


と宣言し、しっかりとした足取りで洞窟内の壁に向かって歩いていき、黒い岩壁の手前で立ち止まった。そこに博士と助手が戻ってきた。


「この洞窟内はある程度調べましたが、他にこれといった手がかりは無かったのです。」

「オオカラス。さっきお前は”もっと奥”と言っていましたが、それはどこのことを言っていたのですか?」


しかしオオカラスは黙ったまま岩壁に両手をついて、


「ちょっと後ろに下がっていて下さい。封印を解きますから。」

「封印?」


しかしオオカラスは口を結んだままだった。仕方なく博士たちは言われた通り数歩後ろに下がった。


「ありがとうございます。」


オオカラスがそう言うと、洞窟内で吹いていた緩やかな風がピタリと凪いだ。

次の瞬間、オオカラスの体がフワリと金色に瞬いたかと思うと、その手の平からまばゆい光が放たれた。その眩しさに3人は思わず目を瞑った。

そして次に目を開けた時、さっきまでオオカラスが手をついていたはずの岩壁に大きな穴が開いていた。オオカラスの手元からはもうもうと煙が燻り、作られた穴の縁の所々はマグマのようにグツグツと赤く弾けていた。


「えっ・・・何をしたんですか?」


ヒイラギは目をぱちくりさせた。さすがの博士もこれには度肝を抜かれたようで、大きく目を見開き、ぱんぱんと手を軽くはたくオオカラスの背中をじっと見つめた。


「この島は火山島であり、この洞窟の壁を含め、地形の大部分は火成岩で出来ているはずです。オオカラスはそれを溶かしたのですよ。」

「溶かすって、岩を溶かすのに一体どれだけの温度が必要だと思っているのですか。」

「そういう事が可能なフレンズなのでしょう。ねえ? 嘘が下手なオオカラスさん。いや・・・」


博士は信じられないというような引きつった笑みを浮かべ、フッと鼻を鳴らした。そして背中を向け突っ立っているオオカラスの側に行き、その腕を掴んで強引にこちらに振り向かせた。


「やはりお前はただのフレンズじゃない!」


現れたのは黒髪赤目のオオカラスの顔ではなかった———


「三束の黄金色の髪、金の瞳。そして岩をも溶かす熱を操るその能力・・・わかりました。貴方、神獣・三足烏のフレンズでしょう?」


ピタリと指さされたオオカラスは、驚くでも、笑うでもなく、ただただ哀しい目をして3人を見つめ返し、その通りです、と寂しそうに言った。


「オオカラスとは、世を忍ぶための仮の姿。私の本当の名前は金烏きんう。アジアの神話に登場する、太陽に住むと言われている想像上のけもの、三足烏の仲間です。ある国では私はこうも呼ばれています。神の遣い、ヤタガラスと———」


神聖なオーラの渦中に立つ、横髪の三房を金色に染め黄金にきらめく瞳を持った太陽の化身はそうのたまい、また微笑を浮かべた。しかし彼女の瞳の底には、ヒイラギたちの想像よりも遥かに深い痛みや苦しみの記憶の暗い色が横たわり、それが彼女の生き方を縛り続けている。そのように見えた。

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