第九篇 錆びついた記憶

例の唄では鵺島は狭霧の島と形容されていたが、その言葉通り、セキレイ達が島の西海岸にクルーザーを接岸させた時、鵺島は薄い白霧に包まれていた。海岸の砂浜の奥に広がる山林は入り口付近までしか見通せない、そのくらい視界が悪い。そして肌を舐めるような生暖かい空気が頬を擦ってくる。


「ここのいったいどこら辺が楽園なんだか。フレンズの気配さえ無い。」


クルーザーから飛び降りたセキレイは薄っすら見える火山の山頂を見上げて呟く。センも警戒して周囲を見回し、漂う霧の隙間からのぞく火山の頂上を見上げて、


「フレンズ破れて山河あり・・・か、どうかは霧のせいで景色が見えないからわかりませんね。」


と帽子を浅めに被り直し、


「前回よりも霧が濃く気味が悪い。今回は無線もないですし迷ったら面倒ですね、はぐれないよう固まって移動しましょう。万一の時は各自独断でクルーザーに戻って下さい。」

「まーなんとかなるよ。とりあえず行ってみよ〜 いざ鵺との戦闘になったらあたしがみんなを守るからさ。」


アルマーは気楽に笑い飛ばし、セキレイとセンの背を押した。

こうして3人は鵺島の内部へと足を踏み入れた。



前の調査で森林の中を歩いたセンの先導で、3人は原生林のような鬱蒼とした森の中を進んでいく。センの報告文通り、鵺の気配はおろかフレンズの姿や足跡さえ見かけることはない。自分がまるで死後の世界の森林に迷い込んでしまったような感覚をセキレイは覚えた。


「ここ本当にパークの中なのか? ただの太平洋の無人島なんじゃないのか。」

「私たちフレンズがこうして活動できていますから、パークの中であることには間違いないです。ただサンドスターが薄いですね。考えなしに野生解放するのは避けた方がいいですよ。」


センは軽く後ろを振り返り、また懐中電灯を左右に振り回しながらどんどん上へ登っていった。今度はセキレイの後ろについていたアルマーが段差をよじ登りながら声を出す。


「あたしもね、フレンズが一人もいないっていう状況は気になったんだよ。それで助手に鵺島の火山活動の記録を調べてもらったんだ。そしたら、この火山は大体5年に一回くらいのペースで小規模な火山活動を起こしているらしい。直近は2年前の9月。」

「それ、もしかして俺が生まれたときの噴火かな。」

「多分ね。」


アルマーは頷いて、


「ただ、この火山の活動はジャパリパークの他の火山と比べて小規模でサンドスターの供給量が少ない。つまりこの島はフレンズが生まれにくい環境なんだ。」

「そうか。フレンズが生まれるには、動物の遺伝情報と火山から放出された高濃度のサンドスターの二つの条件が必要だからか。」

「その通りです。」


センは足を止め二人を振り返った。


「この火山の小規模な噴火では生まれるフレンズはせいぜい一人だろう、と助手は言っていました。そうだとすると、鵺島にはせいぜい5年に1人くらいしかフレンズが生まれない計算になります。アンインエリアの火山は3ヶ月に1回の噴火で5〜10人生みますからね、全然違うでしょう。」

センは咳払いするとリュックサックから自分の研究ノートを引き抜いた。

「前回の調査の後、私たちは鵺島についての情報を集めるため、各地のフレンズに聞き込みをしました。するとアンインエリアの漁師のフレンズの一人からこんな話を教えてもらいました。

”噴火の後には鵺が啼く”

これはアンインエリアの漁師の間で昔から語り継がれている経験則のような噂で、噴火によりサンドスターが放出された後、鵺の鳴き声が聞こえる、となります。」

「フレンズの誕生と鵺の出現にはなにか関連があるってことか。」

「ええ。そしてもう一つ我々が掴んでいること。それは2年前の火山活動の時だけ、鵺が出現していないんです。」

「え、俺の生まれた時に鵺が出てない?」


目を丸くしたセキレイに向けてセンは頷く。


「鵺島の火山のここ20年間の火山活動は、2年前、7年前、12年前、18年前にそれぞれ一回ずつ報告されています。この内2年前の火山活動の時以外は、近隣のフレンズが鵺らしき声を聞いたと証言しています。しかし一番直近の2年前については、誰も鵺の声を聞いていないといいます。」

「たまたま聞かれなかっただけ、とかじゃないのか?」

「いえ、多分本当に誰も聞いていないんだと思います。鵺島がある海域は好漁場で漁師のフレンズがよく通ります。何より妖獣・鵺は、その声を特徴として長らく語り継がれているくらいです。一度聞いたら忘れられない声と、過去に鵺の声を聞いたフレンズは言っています。もし2年前に鵺が現れていたのなら、誰かしら覚えているはずなんです。」


こんがらがりそうな話にセキレイは参ってしまい、帽子を取って頭を掻いた。それを察してセンは話の要点をまとめた。


「鵺の正体について、私たちが今掴んでいる情報は次の3つです。」


①サンドスターの噴出によるフレンズの出現と、鵺の声の出現には関連がある。

②鵺島は5年に1回火山活動を起こす。その規模の火山活動では、生まれるフレンズは1人程度。

③2年前にセキレイが生まれたときの噴火の際には、鵺は出現しなかったらしい。


「この3つの条件を元に、今私は二つの可能性を考えています。1つ目は、噴火の度に生まれたフレンズが、どこかにずっと潜んでいる鵺の餌食になっていて、その悲鳴が聞かれている可能性。もう一つは、その時生まれたフレンズ自体が”鵺”である可能性です。」


しかし後者の可能性は考えにくいとセンは言い切った。


「もし噴火の度に新しい鵺が生まれていたとするならば、今頃この島は鵺だらけになっているはずです。鵺の餌である我々フレンズがこうしてノコノコやってきたというのに、一匹も姿を見せないというのは奇妙です。」

「つまりセンちゃんは今もこの島に鵺がいて、生まれてきたフレンズを直ぐに食ってしまっていると考えているんだね。」


と、アルマーが指摘すると、センはノートをパタリと閉じて首を振り答えた。


「いや、その可能性にもちょっと無理はあるんですよ。この島では数年に一回しかフレンズが生まれません。つまりこの島に住む鵺は数年に一度しか餌、すなわちフレンズに巡り会えないわけです。アルマーさん、あなた数年に一回しかご飯食べないで生きていけますか?」

「むりだよ! 死んじゃう!」

「でしょう。鵺だってそんな島には居たくないでしょうから、島を飛び出して他の島やパーク本土に食料の調達に出るはずです。しかし鵺がこの島以外で出没した記録は、これまで一件も報告されていません。」

「じゃあさ、例えば冬眠のように、鵺は獲物がいない時はどこかに潜んでいて、体力を温存しているとか?」

今度はセキレイが指摘をしたが、センは「その可能性は無くはない」と曖昧に肯定するにとどめ、

「しかし条件③と矛盾するんです。2年前の火山活動の時に、なぜ鵺は冬眠から覚めてセキレイさんを襲わなかったのでしょう? 久しぶりのご馳走が出てきたのに、それに飛びつかない理由がありますか?」

「む・・・」

セキレイは反論できず黙った。


「もっと筋の通る説明が他にあると、私はそう思っています。」


センはノートをしまい、また山道を登り始めた。セキレイたち二人も再び歩を進めながら、センの言った推理について考えを巡らせた。


確かにセンの言う通り、鵺冬眠説は一見条件③と矛盾する。しかしオオカラスが俺の前に初めて現れた時、俺は生まれて数時間くらいしか経っていなかったと思う。オオカラスが俺を迅速に島の外へ連れ出してくれたおかげで、俺は鵺に食われなくて済んだ。結果、鵺はご馳走になるはずだった俺を食べ損ねた。そう考えられないだろうか。

・・・いや、やっぱり奇妙だ。

さっきセンも言っていたように、妖獣・鵺は”姦しい声”で鳴くのが大きな特徴になっている。そんな喧しい奴が俺を取り逃がしたのを知ったら、負け惜しみの遠吠えや空腹の喚きなど、何かしらの反応を見せるはずだ。俺自身も、あの時あの島で鵺の声を聞いた記憶は無い。


センが考えていた可能性は二つとも、条件①〜③を満たしきれない。


もしかして、鵺なんて初めから存在していなくて、全部俺たちの疑心暗鬼なんじゃ———ふとそう感じた時、セキレイはオオカラスと初めて会った時のオオカラスが言った台詞を思い出した。


「私はあなたを救出しに来ました。」


「この島は危険です。妖獣・鵺がいるからです。」


オオカラスは生まれたばかりの俺を鵺から救うために鵺島にやって来た、とあいつは上から目線に言っていた。とはいえタイミングが出来すぎな気もする。あいつは何故、あの時鵺島に来たんだろう? あの時鵺島になにか異変があったのだろうか。


(異変は・・・2年前に俺を生んだ火山活動。その時島の火山から煙やサンドスターがもくもく立ち上がるのを、あいつは遠くから見ていた。それで誰かが生まれ、鵺から守ろうと考えて鵺島に飛んできた。お節介なあいつらしいや。

あれ、でも鵺なんて初めから存在しないと仮定したら、あいつはなんで島に来たんだろう?)


思考に没頭しすぎてセキレイは前を歩くセンの背中を見失いかけた。セキレイは慌ててその背中を追いかける。後方がバタバタしたのに勘付き、センは一旦足を止め後ろを振り返った。


「森で気を抜くのは危険ですよ、気をつけてください。」

「お、おう。すまん、ちょっと考え事をしてた。」

「そろそろ谷底の平地、ヒトの痕跡がある場所に着きます。そこなら腰を落ち着けられます、考え事ならそこでして下さい。」


強い口調でセンはセキレイに釘を刺した。


(あんたらがこんなタイミングで気になる情報を伝えるからじゃねえか。)


セキレイはムカッとして文句の一つでも言いたくなった。しかし、


(それはあまりに子どもっぽいか)


そう思って溜飲を下げた。気を落ち着かせたセキレイは、今度はセンに置いていかれないよう気をつけながら前を向いて歩き出した。



森の中を進んで1時間、3人は背丈の低い草が生い茂る谷底の平地に到着した。時刻は丁度昼時だったので、セキレイ達は適当な大きさの岩に腰を下ろし、本土から持ってきたサンドイッチで腹ごしらえをした。

島に来た時は濃かった白い霧もこの時には晴れており、ある程度の視程が確保できるようになっていた。昼飯を食べて元気が出たセキレイは座っていた岩の上から飛び上がって、空から平地全体を眺めてみた。

3人がいる谷底の平地は左右を小さな崖に挟まれ広くはないが、中央には川が一本流れ、邪魔になるような草木もそこまで生えていない。ヒトやフレンズの生活の場所としては良好な地理条件が揃っているように思えた。

この平地には木材らしきものが折り重なった黒い点が3つ在るのが見える。これがセンが報告文で言っていた小屋らしきものだろう。セキレイは一番近くに見えた木材の山の側に降りて、その山を周りをぐるりと一周してみた。積み上がった木材を拾い上げてじっくり見てみると、糸鋸で切ったり、釘を打った跡がみつかった。報告書の通り、これらの木材はヒトの手によって加工されていた。


「私が工具箱を見つけたのはその山ですよ。」


後ろにやって来たセンがセキレイの前の木材の山を指さした。


「錆の臭いを感じるでしょう。その木材の下に工具箱があります。」

「確かに金属臭い。ここかな。」


金属臭が漏れ出す所に重なった木材を何枚か退かすと、その下に泥と錆で汚れた箱が現れた。セキレイがそっと留め具を外し箱の蓋を開けると、ノコギリやドライバー、ラジオペンチ、組み立て式スコップなどの工具やネジなどの部品が姿を現した。その内の一つの金属パーツにセキレイは気を引かれ、それを拾い上げた。そしてぎょっとして身をぶるっと震わせ、それの臭いを嗅いだ。


「なんだそれ?」


セキレイが動揺したのに気づいたアルマーが尋ねた。セキレイはそれを手の平に乗せ、慎重に二人に見せて答えた。


「これは信管だよ。」

「信管?」

「要するに爆弾の心臓部だ。」

「げっ!! あたし火とかデカい音が嫌いなんだよ!」


二人は慌てふためいて身を丸めたが、一方のセキレイは落ち着き払ったまま、それを工具箱の中に静かに戻した。


「大丈夫、信管だけじゃ爆発しないよ。」

「お、脅かさないで下さい。」

「すまん。でもこんなパーツが工具箱の中にあるってことは、この箱の持ち主は軍人だったんだろう。センがクルーザーで言っていた通り、この島に戦争に関わっていた連中がいたのは間違いなさそうだ。」

「そうですね。他の木材の山も調べてみましょう。」


3人は他の2つの山も漁ることにした。2つ目の山は一番大きく、金属臭ではなく磯臭い臭いが木材に染み付いていた。山を漁ると壊れたテーブルや紐、アーミーナイフが出てきた。それらの物品から、この小屋はヒトが捕った魚を加工するために使われていたのだろうとセンは推理した。


最後の山は平地の一番端の目立たない場所にあった。この山はセンが灰皿やカメラを見つけた所である。山の一番上の木材を取り払うと、その灰皿とカメラはすぐに出てきた。


「灰皿はアルミの安物。カメラは長年放置されていたのでイカれています。」

「というかこれ、カメラなんだ。ファミコンのカセットみたいな形だね〜」

「ああ。ゴツくて不格好だけど、100年前はこれが最新だったんだろうな。」


セキレイはカメラを拾い上げてじっくり見た。1974年製造のアメリカ製、これもヒトが持ち込んだ品だろう。裏蓋を開けようとしたが、ロック機構が壊れているのか開かない。仕方なくセキレイは持ってきた自前の道具で裏蓋を外してみたが、フィルムは入っていなかった。


「フィルムが無いってことは、現像のために取り出した後ってことだ。どこかに撮った写真のネガフィルムでも落ちていないかな。」

セキレイはそう呟いて山を漁り始めた。センもそれを見て、一緒になって漁りだした。


「ネガフィルムってどんな形しているんですか。」

「茶色くて細長い紙切れみたいなやつ。フィルムカメラの写真を現像するときの原版だよ。多分プラスチックのケースに入ってる。」

「セキレイさん詳しいですね。」

センは感心して目を丸くした。

「ん、いや、仕事でカメラを修理する機会があって、その時勉強しただけだよ。」

セキレイは照れ隠しに顎をかきながら、

「ちなみにそれが俺の初仕事。」

「へえ。」

「オオカラスが俺の所にいきなり型の古いフィルムカメラ持ってきてね、リサイクルショップでジャンク品のカメラをもらってきたから、練習で直してみろって言ってきたんだ。で、俺がすっかり直してオオカラスのとこに持っていったら、そこにはオオカラスと男の子が待っていた。

実は俺が直したカメラはその男の子の物だった。しかも亡くなったおじいさんがくれた大切なカメラなんだってさ。その子、カメラ直ったの見てすごい喜んでくれて、ありがとうって何度も言ってくれた。それが俺の仕事の原点。」

「良い話じゃないですか。」

「まあな。でもオオカラスはその子の大事な品をジャンク品だって言って寄越したんだぜ。男の子が帰った後俺はオオカラスを問い詰めたよ。そしたら、

『あれはセキレイ様が初仕事で緊張しないようにと気遣った、私なりの配慮でございます。嘘も方便というでしょう。』だとよ。」


オオカラスの声色を真似た低いコミカルな口調に、センはクスッと吹き出した。


「私たちの嘘にも騙されていましたし、あなた結構騙されやすいんですね。」

「うるせぇ。 というか、人を嵌めといて『嘘も方便』はナシだろあのヤロー。」


手は動かしながらセキレイは苛立ち眉間に皺を寄せた。その折、つい今しがた自分が放った言葉、嘘も方便。その言葉がセキレイの頭に沈んでいた疑問に結びついた。

オオカラスは俺たちの知らない事実を隠している。言い換えれば、オオカラスは俺に嘘をついている可能性があるということだ。さっき森の中で過ぎったオオカラスの言葉、この島には妖獣・鵺がいて危険、という言葉が嘘だとするならば、鵺は初めからいなかったという仮説は割と納得がいく。


「あんたたちの前回の調査では、鵺の存在を示す物はどこにも見当たらなかったんだろう。」

「そうですが?」

「俺は今、もしかしたら鵺なんて初めからこの島にいないんじゃないのかなって、思い始めているんだ。」


それを聞いたセンはゆっくりと腰を上げ、ジロリとセキレイを見つめた。


「鵺がいないとした場合、新たな謎が浮かびますね。例えば、鵺の声は一体誰が発しているのか、とか。セキレイさん、それらの謎について説明できますか。」

「・・・わからない。でも、だからって・・・」

「わからなくていいんです。」


センは目を細めて優しく頷いた。


「全ての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙な事であっても、それが真実となる。かのホームズの言葉です。全ての条件を整理して、鵺の存在が疑わしいと導き出されたなら、その反対の可能性を真剣に考えなくてはなりません。つまり、鵺はこの世に存在しないという可能性です。

たしかに、鵺がいない前提に立つとなかなか面白いですよ。まず鵺の鳴き声ですが、条件①から鵺の声の主は、火山活動によってその時生まれたフレンズである可能性が高いです。フレンズがなんでそんな狂った鵺のような声を出すのか、そのフレンズはどこに行ってしまったのか、新たな謎になります。

それから例の鵺の唄。60年以上前に作られたあの唄は、”妖獣・鵺”の危険性を伝える警告文です。しかし鵺などという妖獣は実在しないと考えると、その存在意義がよく分からなくなります。さらにさらに・・・」


セキレイに構うことなく一人ブツブツと推理を呟くセン。そこにアルマーが錆びたスコップを担いで帰ってきた。


「あらら、ゾーンに入っちゃったね、センちゃん。」

は大層な集中力をお持ちのようで、ワトソン。」


セキレイが嫌味っぽく言うとアルマーはニヒッと笑い、


「ああなると50分は動かないぞ、うちのホームズは。」


そう言ってセキレイが漁っていた地面をスコップで掘り返し始めた。


「そのスコップってさっきの工具箱に入ってた品か?」

「そうだよ〜 土掘り返すならスコップ使ったほうが速いじゃん。」

「あんたらは本当に勝手な連中だなァ。」

「えへへ、マイペースが”よろずやセンちゃん”の売りさ。えいっ!」


アルマーが力任せにスコップを地面に突き立てた時、ガキンッという金属同士がぶつかり合う耳障りな音がした。


「なんだろ、石に当たったのかな?」

「わからない。慎重に掘り出してみよう。」


セキレイとセンはスコップの刃先が当たったと思われる場所を素手で掘ってみた。程なくして土中から出てきたモノを見て二人は血の気が引いた。


アルマーの手の上には、レモンくらいの楕円形の錆びた金属塊。頂点にはヘタのような銀色の取手とピンが付いている。錆の臭いに混じりほのかに火薬臭を放つこの塊の側面には "GRENADE" の文字。


「ちょっ、これ・・・」

「俺こういうの詳しくないけどさ、これ、爆弾?」

「センちゃん、ちょっとこれ見てよ。」

「・・・紛れもなく爆弾、手榴弾grenadeですよ。しかも未使用品の。」


枯れた声でセンは告げる。


「ってことは、もしさっきのスコップの衝撃で手榴弾が破裂していたとしたら・・・」

「私たち3人は爆発をモロに受けて身体の半分は吹っ飛んでいたはずです。」

「・・・」

「・・・・・・」


3人はしばらく黙りこくり、そのうち冷や汗をダラダラ流しはじめた。今自分が五体満足で生きている幸運をしみじみと噛み締めながら。


「どうしよう、これ・・・」


ずっと能天気な態度を保っていたアルマーが今にも泣き出しそうな声で言った。


「どうするも何も、コレの処理は私たちには危険すぎます。これはもとの場所に戻し、事実を博士に報告して指示を仰ぎましょう。」


センも額の脂汗を拭って、ヘナヘナとその場に崩れ落ちた。


(100年前のヒトどもめ。お前らは今、俺の仲間までも殺しかけたんだぞ・・・)


セキレイはやりきれない感情を抱えて奥歯を噛み締め、そして手の中の錆びた手榴弾の胴を固く握り込んだ。

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