第八篇 鵺を騙る

トリ3羽+イヌ1匹の一団はキョウシュウエリア北部の風光明媚な湿原地帯の上空を抜け、海峡を渡りアンインエリアの領空に入った。アンインエリアの中央に聳える山脈の頂きから中腹にかけて降り積もった雪の白が、山林の黒とのコントラストで一層映え、水墨画のような引き締まった景観を生み出していた。眼下の荘厳な冬景色を一団は右手に見ながら、アンインエリア西岸の海岸線に沿って北へ北へ、鵺島への最短経路を辿った。

午前10時30分頃、先頭を飛んでいたオオカラスが後方の博士たちを振り返り、休憩しましょうと言って、降下して着陸するようジェスチャーした。オオカラスに導かれて博士たちが降り立った場所は、アンインエリア西岸の小さな漁村だった。村の沿岸部には30人ばかりヒトとフレンズが集まっていて、何やら屋外で調理をしているようだった。

長距離飛行の疲労で息が上がり、その場に座り込んでしまった博士をよそに、オオカラスは涼しい顔でずんずんと人だかりの方に向かっていってしまった。そして5分後、ヒイラギと並んで、湯気の立つお椀を両手に持って戻ってきた。


「すぐそこの山がスキー場になってましてね、スキー客たちに料理を振る舞うのが村のフレンズの冬の楽しみなんですよ。」

「助手、はいどうぞ。熱いから気をつけて。」


オオカラスは博士に、ヒイラギは助手にお椀と匙を渡した。お椀にはゴロッとした具が入った汁物からは、トマトとパクチーの良い香りが立っていた。


「美味しそうなのです。これは何ですか。」

「トムヤムプラーという魚のスープです。おまけで炸魚皮ジャーユエピーという

魚の皮のフライもあります。島に行く前に腹ごしらえしましょう。」


博士たち一団は人だかりから離れた場所に座って膝を突き合わせ、熱いトムヤムプラーをすすりながら、オオカラスの話に耳を傾けた。


「さて、何から話すべきか・・・」


オオカラスは頭を掻きつつ、


「ひとまず、鵺という妖獣が何なのかについてお話ししておきましょうか。早速身も蓋もない話になりますが、あの島には元から鵺なんてものは存在しないのです。妖怪や妖獣、幻想生物のようなおとぎ話の生き物が本当にいるわけがない。それらは全て、人智を超えた自然現象に直面した人の畏怖や畏敬の念が創り出した幻想のキャラクターです。

例えば火山の噴火は蛇神の出現、地震は地下に潜むオオナマズの体動、海が荒れるのは大海獣リヴァイアサンの怒り、というような具象化をはかることで、人々は古来より大いなる自然を理解し受け入れてきました。私がそれと同じ理解を促したに過ぎません。


島は危険だ、近づいてはならない。


このメッセージを具象化したキャラクターが”鵺”。鵺とは、フレンズたちの心に島に対する恐怖を印象づける目的で私が仕掛けたイメージ戦略だったのです。」

「なるほど、鵺の伝説が唄の形式をとっていたのはそういう理由ですか。唄にはリズムがありますから頭に残りやすいし、人に伝わりやすいと。」

「その通りです。」

「しかし、どうしてお前はそんな狂言をでっち上げる必要があったのですか。」


オオカラスはお椀の汁に映った自分の固い顔に目を落とし、何かやりきれない気持ちをこらえるように奥歯を噛み締めた。


「その理由にはヘロインが大きく絡んでいるのですが、話がややこしくなるので時系列順にお話しましょう。

・・・

クプ島、それが鵺島の本当の名前です。クプ島の火山は小規模で、それほどサンドスターの供給が多いわけではありませんでしたが、毎年一人か二人はフレンズが生まれていました。当時島には60人ほどのフレンズがおり、島の西に集落を作って仲良く助け合って原始的な暮らしをしていたそうです。

100年前、ヒトの乗った漁船がクプ島の西海岸に漂着したのが全ての始まりでした。船に乗っていたヒトは6人、全員がアジア人の男。彼らは船を修理する木材を調達するために森林に入り込みました。その内の一人が、同じく森の中にいた一人のフレンズと偶然鉢合わせします。それがヒトとフレンズの初の接触です。

100年前、フレンズという生物の存在は全く認知されていませんでした。彼はフレンズを見て”頭から羽を生やした妙なコスプレ女”と思ったでしょう。一方フレンズも、それまで文明から隔絶された環境で生きていましたから、ヒトに関する知識などありません。そのフレンズも彼を見て”なんかゴツゴツして逞しいフレンズだなァ”と思ったことでしょう。

そのフレンズと、ヨウという名のその男は何とか意思疎通を交わし、彼ら6人をフレンズの集落に案内しました。フレンズたちはヒトの来訪に最初はびっくりしたものの、すぐにヒトを集落に迎え入れました。


それからしばらく、ヒトとフレンズは共生生活を送りました。フレンズはヒトたちに生物種フレンズのことなどを教え、ヒトはフレンズに外の世界の知識や技術を教えたりしていました。その中で現在のフレンズたちの生活に大きな影響を与えたのが、漁と水産加工の技術です。ダンという気のいい男が網の作り方、漁のやり方、採った魚の加工方法を熱心に教えてくれました。彼のおかげで島では漁業が盛んになりました。アンインエリアやキョウシュウエリアの沿岸部に古くからあるとされる漁業文化は、クプ島から伝わったものなんです。

ダンはフレンズ達に自分たちの素性をこのように伝えています。


『俺たちは国を追われたならず者の寄せ集めだ。俺たちの国ではこの間まで戦争、つまり自分たちの正義を押し通すための同種殺しをやっていた。俺たちは皆、その戦争に関わり、敗れ、国を捨てて逃げてきた。貧しい漁民の息子だった俺は金で雇われた傭兵として、ヨウは徴兵され陸軍の工兵として戦争に参加していた。俺たちの中にはボスがいる。ボスは軍の元高官で、人殺しを指示した側の人間だ。あとの連中も農民ゲリラ兵やらマフィアやら、ろくでもないのばっかりだよ。

フレンズの君たちには、こんなに優しく親切にしてもらっている。それはありがたい。けれど本当はそれを受け取る資格なんてないんだよ。』


ヒトが来てから最初の3ヶ月くらいは6人全員が集落近くにいましたが、うち4人はいつの間にか船といっしょにどこかに行ってしまいました。残ったのはダンとヨウの二人でしたが、ダンの方も1年後には集落に姿を見せなくなりました。

それと時を同じくして、島にいたフレンズが、一人、また一人と姿を消すようになっていきました。失踪者が10人を超えた頃、さすがにおかしいとフレンズたちは思うようになり、島を捜索しはじめましたが、それは直ぐに打ち切られます。島の東部に突如”鵺”が現れたからです。」

「鵺?」


メモをとっていた助手が筆を止めた。オオカラスは湯気の立たなくなったスープをぐいと飲み干し、助手を上から見下ろして、


「失踪者の捜索をしていたフレンズたちはある日、島の東部で例の声、気狂い娘の姦しき声を聞くという怪現象に遭遇しました。それはそれは恐ろしい、気が狂っているとしか思えない程におぞましく歪んだ、甲高い女達の声だったそうです。フレンズたちは鵺の声に恐れおののき、鵺の姿を覗き見ることもせず逃げ帰ってきました。その日以降、島の東側には誰も立ち入ろうとしなくなりました。

・・・最初に鵺なんてものは存在しないと申し上げました。当然これは鵺の声ではありません。連中によってヘロイン漬けにされ、精神を狂わされたフレンズたちの叫びだったのです。

しかし鵺の正体が薬物中毒者だと解ったのは、ヒトの手によってカントーエリア・セントラルに第一号図書館が開設され、私たちフレンズが自由に知識を得られるようになった2045年以降。私が独自に調査して初めて解明できたことなのです。当時のフレンズたちは、自らが経験した恐怖を鵺という生物の仕業に喩えることで、現象をなんとか理解しようとしていたのでしょう。」

「100年前のフレンズが、麻薬というものがどういうモノであるのか知っていたはずはありませんからね。鵺という正体不明の妖獣の存在を信じてしまうのも無理のないことだったのでしょう。逆に言えば、島にやって来たろくでもないヒトの連中は、フレンズが無知なことにつけ込んで、フレンズを籠絡していたと。」

「麻薬には依存性があるけど、ヘロインは特に依存性と禁断症状が激烈なクスリです。一旦快楽中枢がヘロインの味を知ってしまったら、もう自力では止められなくなる。ヘロイン中毒にさせられたフレンズは、ヘロインを握っているヒトに逆らえなくなってしまう。ヘロインはヒトがフレンズを繋ぎ止め、従属させるための首輪として機能していたんですね。」

「博士とヒイラギさんの仰るとおり、連中は島の東側の洞窟に潜み、そこに麻薬漬けにしたフレンズたちを幽閉し、麻薬の密造のための労働力として使役していました。それだけではなく、フレンズたちに虐待、性的暴行も加えていたようです。これも私が後で調査してわかったことですが。」


やってられるか、と博士は毒づいた。


「それはさておき、当時の島はフレンズを食らう妖獣・鵺の噂でもちきりで、フレンズたちは鵺の影に怯えながら暮らしていました。そんな中、フレンズの集落に一人残っていたヨウは、『鵺退治に行く』と言って護身用の拳銃を持って、伴侶を置いて一人で島の東に向かいました。ですが・・・

彼が島の東に行ってから1ヶ月後、ヨウとダンが全身傷だらけの状態で島の東部で発見されました。既にダンは死んでおり、ヨウも撃たれた傷が酷く、一言残して直ぐに息を引き取ったそうです。


フレンズたち、今すぐこの島を離れろ。ここは危険だ。


それが彼の最後の言葉だったそうです。

ヨウとダンは鵺にやられたのだ。他のヒトやフレンズもきっとそうなのだとフレンズたちは総毛立ち、ヨウの遺言に従い直ぐに島を離れました。島を出たフレンズたちはアンインエリアやキョウシュウエリアの沿岸部や他の島に散らばり、そこで暮らしはじめました。その後も散発的に鵺が出現していたこともあり、島に戻ろうとするフレンズは一人もいなかったようです。


以上がクプ島、もとい鵺島の歴史の概観です。この話は、元島民のフレンズたちの話を私が独自に収集し、整理したものでございます。残念ながら元島民はすでに全員死去しておりますので、島のことを知っているのは現在私一人なのです。」


長い話を終えたオオカラスは息をつき、鞄から水筒を取り出してコップに湯気の立つハーブティーを注いだ。


「・・・一ついいでしょうか。」


と、ヒイラギが手を挙げて、


「お話の途中で”伴侶”って単語が出てきたんですけど、これは何を意味するんですか。伴侶って配偶者って意味ですよね。」


するとオオカラスは、その言葉通りの意味ですよと言って顔を逸らし、そして、


「ヨウさんには奥さんがいたそうです。」

「奥さんだって? 島に来たヒトは全員男だったって・・・」

「ヒトじゃないんです。彼の奥さんはフレンズだったのです。」

「え・・・?」


オオカラス以外の3人は唖然として顔を見合わせた。


「そのヨウとつがいになったフレンズが何の動物のフレンズだったのか、お前は知っ・・・いや、聞いているのでしょう。」


博士の追求にオオカラスは目を細めてギュッとコップを握りしめ、振り絞るように声を出した。


「それは・・・」



***



「セキレイさん、私の話聞いてますか?」

「だーっ、もう! 話がややっこしくて頭に入ってこねえよ!」


クルーザーのスクリュー音と弾ける波の音がゴウゴウと響くキャビン内で、センはセキレイにこれまで自分たちが調べた鵺島についての事実を事細かに教えていた。北港から鵺島までは2時間の航路。その間の暇つぶしとしてセキレイはセンの話に付き合っていたが、いかんせん1時間以上も人の話を聞くのは退屈なものだ。セキレイは大あくびして、眠気で重くなった頭をぶんぶん振った。


「つまるところ、あんたらは島の山中で見つかった遺留品を調べ、それが100年前のアジア某国の陸軍の装備品だと突き止めた。その遺留品の持ち主だった人間が、100年前の鵺島にいたのではないかとあんたは踏んでいる。そういうことか。」

「ええ。ジャパリパーク・プロジェクトが設立される2030年代以前のパークにヒトがやって来たという話は他のエリアにも残っていたりするんですが、パークにはもともと文字の文化がなかったせいで、客観的な記録は一切ありません。鵺島の山の中で見つかった古い軍用品は、2030年代以前のパークにヒトが来ていたことを示す、最初の証拠品になるかもしれません。それと、鵺調査という当初の目的から外れると思って報告書には書いてませんが、ヒトの存在を示唆する物的証拠は他にもありました。」


センは持ってきたノートパソコンに、前回の調査の際に撮った写真の画像ファイルを表示させ、セキレイの前に提示した。写真の中央にはボロボロの麻の漁網が写っていた。


「この網は谷底の川原の岩に引っかかっていました。漂着物では無いと思います。」

センは矢印キーを押して次から次へと画像を見せていく。

「ボートのオール、鍋、貝のアクセサリ、双眼鏡、カメラ、オイルライター、粗雑な作りの金属の匙、薬莢・・・ビールの空き缶。みな谷底の平地近くで見つかっています。」

「軍靴とか双眼鏡とか薬莢とか、鵺島にいたヒトは兵士だったのか?」

「連中の内の誰かしらはそうだったと思います。」


組んだ両手で口元を隠してセンは答え、今度は鞄からインターネットの百科事典のサイトのページを印刷した紙を引き抜いてセキレイに手渡す。


「靴などの遺留品の年式を調べてみると、1970年代のアジア某国陸軍の装備品に類似している事がわかりました。今から100年前は冷戦といって、資本主義国と共産主義国の世界規模でのにらみ合いがあり、そのせいで戦争や紛争が各地で起きていた物騒な時代でした。特にこのアジア某国での戦争は泥沼化して、多くの人々が亡くなり故郷を追われました。島で見つかった装備品を使っていた陸軍は戦争に負けています。おそらくこの装備品の持ち主は敗戦で国にいられなくなり、船で国外へ脱出した末に鵺島に流れ着いたのでしょう。」

「うーん、歴史ってのはどうしてこう、複雑なのかねェ。」

「私からしたら、セキレイさんが仕事でやっている機械いじりの方が、よっぽど複雑だと思いますけどね。」

「俺の仕事がなんだって?」

「話が逸れました。」


センは素知らぬ顔で紙を取り上げ、パソコンの画面を見るよう促し、また矢印キーを押した。次々映し出される画像をセキレイは流し見ていたが、ある所でセキレイはオッと興味を惹かれ、パソコンに目を近づけた。


「これ、俺が最初に立っていた場所の近くだよ。この少し大きな白い岩、見覚えあるんだ。」

「ああ、これは、集落跡から少し斜面を登った所ですよ。なんだか塚のように見えたので、少し気になりまして。」


そこには森の中にポツンと佇む白い岩、その周りを囲うようにリンドウの青い花が咲いている、どこか寂寥感が漂う風景だった。センは塚のように見えたと言ったが、確かに中央の白い石が墓石のように見えなくもない。


「セキレイさんはここで生まれたんですか。」

「いや、それは覚えてない。一番古い記憶がこの場所なんだ。」


セキレイは画像をじっと見つめたが、それ以上は何も思い出せなかった。やっぱり分からないとセキレイが首を振ったのを見て、センは次の画像を見せて、


「それでは、これも見覚えは無いのですね。」


センが見せたのは、あの白い石の裏面を写した写真だった。ごま塩のような白黒模様をしている石の表面をよく見ると、何か文字のようなものが彫ってある。


「彫られている文字は日本語でも英語でもない文字です。調べた所、アジア某国、例の陸軍がいた国で使われていた言語だとわかりました。文字の読み方さえ分からず難儀しましたが、図書館にこもって何とか訳してみました。

そこに書いてある文は———


楽園を目指したつがい、ヨウ・セキレイ ここに眠る どうか安らかに 1976年1月


———セキレイさん、もう一度聞かせて下さい。何か思い出しませ・・・」


そう言いかけたセンは、セキレイの愕然とした顔を見て言葉を引っ込めた。微動だにせず、皿のように見開いた目で画像を見つめ続けるセキレイの表情は凍りつき、震えていた。


「どうしましたか。」

「・・・いや」


一寸間を置いてセキレイはフーっと息を吐き、放っておけば高ぶりそうな気持ちを何とか抑えて、


「大丈夫。」


と冷静に返した。そして、


「判ったことがある。俺にY染色体を寄越した父親は、このヨウというヒトなんだろう。それから俺のハクセキレイ的遺伝子は恐らく墓碑に刻まれた”セキレイ”のフレンズ由来だ。この墓にまとめて葬られた二人の染色体が墓の中で混ざりあって、俺が生まれたんじゃなかろうか。」

「ヒトとハクセキレイの混合組織を素にしてセキレイさんが生まれてきたと。有り得る話です。例のサキ医師が似たケースだそうですね。」

「らしいな。あの先生はフレンズとセルリアンのキメラだと、自分で言っていたよ。」

「しかし、私は医学についてはシロウト。本当にそういう理由で、セキレイさんのタイプのターナー症候群を持ったフレンズが生まれるのかはわかりません。可能性はある、私が言えるのはそこまでです。」


それからセンとセキレイは二人して腕組みして黙り込み、パソコン上の墓の写真をしばらく睨み続けた。波に押され、クルーザーが右舷に少し揺れたのを期に、センは再び口を開いた。


「つがい、という文言も気になりますが、そもそもなぜヒトの墓なんぞが作られたんでしょうか。」

「というと?」


セキレイは不思議そうに片方の眉を吊り上げた。


「鵺島にいたヒトはフレンズに対し最低な行為をしていました。そんな悪い連中の内の一人が、何故ご丁寧に墓まで作られ葬られているんでしょうか。百歩譲って、このヨウという男の妻であったハクセキレイが墓を立てたのならわかりますが、石に刻まれた文字から察するに、ヨウとハクセキレイは同時に埋葬されています。一体誰がわざわざ墓など作ったのでしょう。」


するとセキレイは小さくため息をついて天井を見上げ、「あの野郎・・・」とぼやいた。そして、


「センさん、俺はわかってんだ。この墓に文字を刻んだのが誰か。」


と呟いた。びっくりして、一体誰なのかと尋ねたセンに対し、セキレイは胸に渦巻くありったけの疑念を込めて答えた。


「墓石の裏の文字、あれはオオカラスの文字だ。俺はあいつから手習いを受けているから、あいつの筆跡くらい知っている。ヨウと100年前の先代ハクセキレイの墓を作り、葬ったのはあのオオカラスの野郎だ。」

「オオカラスさんが100年前のフレンズの墓を立てたって? じゃあオオカラスさんは今一体何歳なんですか。」

「知らねえ。フレンズの寿命っていうのは種族差・個体差が大きいんだろう。100年生きているフレンズがいたって別に可怪しくはない。オオカラスはたまたま長生きなカラスだったのかも知れないが、問題はそこじゃないんだ。あいつが先代ハクセキレイの墓を作った張本人ならば、同じ鵺島で生まれた同じハクセキレイである俺のルーツについて、あいつは何かしら知っていて良いはずだ。それだけじゃなく、鵺島の歴史についても俺たち以上のことをあいつは知っているに違いない。それなのにあいつは俺にそのことを今まで一言も喋ってくれていない。

あいつ・・・オオカラスは何かを俺に隠している。俺に知られたくない不都合な何かを。あいつが隠しているものの答えは鵺島にある。」


セキレイはテーブルの上の拳を握りしめた。そして心の中で、


(鵺島にオオカラスを置いて俺一人で来たのは結果的に正解だったのか。)


と呟いた。

その時天井の上からアルマーの声が聞こえた。


「おーい。島が見えてきたよー!」


セキレイとセンは甲板に上がり、操舵席で操舵輪を握るアルマーのところへ駆け寄った。アルマーは霧がかった北の水平線上に浮かぶ黒い影を指差して言う。


「アレが鵺島だよ。」


波の向こうに姿を現した鵺島は、霧の糸で編まれたベールをぐるりと纏っていた。まるで100年の間知られることのなかった島の謎を、今なお守っているかのように。

セキレイは武者震いした。


「オオカラスが何を隠しているか知らないけれど、鵺も謎も全部暴いてやらァ。そんで突きつけてやろう。あいつどんな顔するかな。」

「さあね、どうだろう。」


アルマーは舵の方向を軽く右に修正しながらニッと笑う。


「もしかしたら寂しがるんじゃないかな。大事な子どもが立派に飛び立つ時が来たんだなって。」

「それはどういう意味だ?」

「オオカラスにとっちゃ、あんたは自分の子みたいなものでしょ。オオカラスの隠し事は、あんたにとって不都合な真実なんだと思う。

いつかは伝えなくてはいけないことだとはわかっている。でもそんな危ない真実、愛する我が子に今教えても受け止めきれない。傷つくだけ、酷なだけだ。だから親は子への愛ゆえに、子どもが物事の分別がつく時まで隠すのさ。いつか、子どもが精神的に十分に大人になる、その時までね。

そしてある日大人になった子どもに隠し事を伝え、事実を立派に受け止める子の姿を見届ける。その時親は知るんだ、『ああ、私の子どもは私と同じ一人の大人へと育ったんだ』と。子どもは子どもで、親の本当の心を知って、また一歩大人の階段を上がる。セキレイ。あんたは今、自分が大人だと思うかい?」

「・・・知るかよ、そんなこと。」


セキレイはそう吐き捨てて操舵席前部に張り出したデッキに飛び乗って、だんだんと近づいてくる鵺島を睨み、


「大人だとか大人じゃないとか、大体なにが大人なのかってことさえ分かんねえよ。ただ思うのは、あんなふうに逃げるなんてダサいことはもうしたくないなって。一人の人間として、せめて自分がとった行動には責任持たなきゃなって、それだけさ。」

「いいねえ、ちょっと分かってきたじゃない。」


上機嫌に口笛を鳴らすアルマーに対し、セキレイは皮肉をこめて言葉をかけた。


「そういうあんたは分かってんのかよ。大人って何か。」


するとアルマーはニコッとして、


「いいや私もぜんぜんわかんない! 偉そうに言ったさっきのセリフだけど、あれ全部漫画の受け売りだから〜」


そう言ってヒューっと口笛を吹かせ、島めがけてアクセルを踏み込んだ。


(続く)

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