第四篇 エニグマ・スノウ

しばらくの間、誰も何も言えず、図書館内には天井の空調から乾いた温風が吹き出す音ばかりが響いていた。セキレイは呆気にとられたまま周囲を見渡し、最後に隣のオオカラスの顔を見ると、オオカラスは目を伏せて俯いていたが、顔にかかった黒髪から垣間見えた口はピタリと強く結ばれていた。表情には表さないもののオオカラスが内心相当憤慨していることはそれでハッキリとわかった。


「サキ、麻薬については医者であるお前の方が詳しいでしょう。」


助手に促され、サキはヘロインの入った袋を忌々しげにつまみ上げ、説明する。


「ヘロインはオピオイドという麻薬の一種です。ケシの実が出す樹脂を精製することでモルヒネという麻薬がつくられますが、このモルヒネを更に人工的に加工したものがヘロインです。モルヒネやヘロインといったオピオイドが体内に入ると痛覚が鈍くなり、多幸感、高揚感が得られます。しかし強力な依存性を持つ上に、傾眠・便秘・呼吸抑制などのひどい副作用が出現します。扱いを誤れば大変に危険な薬なので、法律で使用が厳しく制限されています。一方で、オピオイドは正しく使えば非常に優秀な鎮痛薬になります。実際、モルヒネ等は鎮痛薬として、多くの患者さんを耐え難い痛みから解放してくれる救世主としての一面も持ち合わせています。

しかし・・・

ヘロインは別。モルヒネの作用をより強力にする目的で生み出されたヘロインは、文字通り最悪の麻薬です。激烈な多幸感・幸福感、耐え難い禁断症状、そして掴んで二度と離さず、遺伝までする凶悪な依存性。医療応用なんてほとんど不可能な、クスリで狂うためだけに存在する100%の快楽の結晶。それがヘロインです。」

「そんな悪魔みたいなクスリがパーク内で作られていたっていうのか!」


セキレイとヒイラギは同時に叫んで拳で机を打ち付けた。サキは血が上った二人の赤い顔を冷静に見やって、


「残念ながらそうなの。このヘロインは島で発見されたのよ。」


と言い切った。助手はそれに続けて、


「加えて、鵺島でヒトがヘロインを密造し、作ったヘロインをパーク外の国へと売り飛ばしていた可能性を示す証拠が見つかってしまったのです。しかもその犯罪行為にフレンズを利用した、この連中を我々は許すことができない!」


と、苛立ちを爆発させて、歯を剥いて床を思い切り蹴りつけた。ドシンという大きな音と振動が床を這い、机や吊り照明を震わせる。今にも野生を剥き出しにして暴れ出しそうな助手を博士は静かに宥め、コンコンと杖で床を軽く叩いて場の空気を元に戻した。そして机の上に置いてあった資料の山から、クリップでまとめられた一つの小冊子を抜き出して、それをパラパラとめくりながらセキレイをジロリと見て言う。


「セキレイ、お前は過去を知りたい、そう思ってここに来たのでしたよね。」

「・・・う、うん。そうだけど・・・」


セキレイは俯きがちに答えた。


「その決心に揺らぎはありませんか?」


そう問われ、セキレイは言葉に詰まった。自分が生まれた場所に隠された真実を知ることへの恐怖が、今になってセキレイの足首にぬるりと巻き付いてきたのだ。


(俺の周りにいる大人たちをこれ程までにいきり立たせる真実って、どれだけ胸糞悪い話なんだよ。)


そう心のなかで吐き捨てた。


しかしセキレイは思った。

ここまで聞かされた上で、今更耳を塞いでしまうのは臆病者すぎてカッコがつかない。それに、知り得る真実を知らないままでいることは、結局何の解決にもならない。機械の修理だって根本原因を知らなければ、正しい修理ができない。正しい解決にはならない。それと同じこと。知ることから全て始まるのだ。


セキレイは歯を食いしばり、食らいつくような鋭い目つきで博士を睨み答えた。


「・・・ええい、くそっ。聞くよ! 知りたくてここに来たんだ! 博士、教えてくれ、島のことを!!」

「その心意気、買ってやるのです。」


その言葉を聞き、博士は初めてセキレイに対し満足そうにニンマリと微笑んだ。


「その覚悟は幼さゆえの強がりか、それとも事実を受け止めるだけの確固たる自信があるのか、私に分かることではない。ただ、あくまで真実を望むお前の青い意志を、我々は尊重するのです。

いいでしょう! 我々が島で見てきた事実、その目で確かめると良い。」


博士は持っていた小冊子をテーブルに叩きつけ、セキレイの前に差し出した。

”鵺島伝説・調査報告書(仮)” と表題された活字の冊子。それをセキレイは手に取り、クリップを外し、恐る恐る表紙をめくった。



***


”鵺島伝説・第一回調査報告書”


2075年11月23日


作成者

なんでも屋「よろず屋センちゃん」 アンインエリア北部港地区

・オオセンザンコウ(以下セン)

・オオアルマジロ(アルマー)


作成協力者

・アフリカオオコノハズク(博士) キョウシュウエリア中央西部森林地区

・ワシミミズク(助手) 同


●調査の目的

鵺島に棲んでいると言われている妖獣・鵺の存在の有無を調査すること。


アンインエリア北部港の北90kmの海域に鵺島はある。セントラルから遠く離れ、パークの守護けものの加護が薄くなるこの島には、このような奇怪な唄が伝えられている。


狭霧の島さ 鵺の島

気狂い娘の 姦しき

声を響かせ 来たりけむ

命惜しくば 寄らぬべし


悪しきあやかし 鵺の血を

啜りし者も その子らも

永久にとらわれ 鵺の腑へ

惹かるる前に とく逃げよ


この唄に登場する「鵺」はフレンズを食らう妖獣とのことだが、実際は正体不明で姿を見た者はいない。しかしその恐ろしい、姦しき鵺の声が鵺島から聞こえたと証言する人は多く、そのため今日まで鵺の存在が周囲の地域に住むフレンズの間で長らく信じられてきた。

鵺は本当に存在しているのか。それを調べる調査に協力してほしいと、キョウシュウエリアに住む博士からの依頼を受け、我々「よろず屋センちゃん」も調査に参加することになった。


同年10月20日、我々4人はクルーザーを1隻借り上げ、アルマーの操縦で海路で鵺島へと向かった。到着後、まずは海上や上空から島の外観を観察した。

鵺島は薄い霧に包まれた火山島であり、島の中央部には小規模な火山が存在する。この火山は活火山で、定期的に小規模な火山活動が観測されている。島の東海岸付近はごつごつした溶岩地形が目立ち、大きな河川はなく植物もまばらにしか生えていない。一方で西海岸はなだらかで河川が一つあり、森林の存在が確認できた。島の気温がアンインエリアよりも高いように感じたのは、付近を流れる暖流か地熱の影響と思われる。


同日午前11時、我々は島の西海岸に上陸し、無線連絡を担当するアルマーを船に残し、他3人は携帯無線機を持って、鵺の捜索を開始した。

この時点で鵺の外観について確かな手がかりは無く、唄にある「気狂い娘の姦しい声」のような鳴き声が聞こえないかに注意を払いながら、島に踏み込むことにした。


●捜査区域の分担

セン:島の西側の森林

助手:島東部の岩山地帯

博士:島の沿岸部および非常時の救援

アルマー:船内で無線通信



一 センの報告文


鵺という妖獣の身体のサイズがどれほど大きいかはわからないが、妖獣が身を隠しているのは洞窟、廃屋、あやしい宝箱の中、それから森林と古くから相場が決まっている。私が捜索する西部森林地帯に鵺が隠れている可能性は十分にあるだろうと考え、用心して捜索を開始した。薄暗く傾斜のきつい森林の中で迷わぬよう、島に一本だけある川を基準にし、その川の上流へと遡るよう歩いていった。


火山の斜面を登ること40分、鵺の姿どころかフレンズの姿ひとつ見かけない。聞こえる音もせいぜい野鳥やカエルの鳴き声くらいである。パーク内の土地であるのだから、誰か一人くらいはフレンズがいると思っていたが、ひょっとして鵺にみんな殺されてしまったのだろうか。そもそもここは本当にパーク内の島なのか、そんなことを疑問に思いながら歩いて行き、山の中腹にある開けた谷底の平地を通り過ぎようとした時、私はその平地の中に奇妙な物体を発見した。

それは折り重なった木材の山だった。その木材はただ木を切っただけの丸太材ではなく、多少整形された粗い板材であった。しかもそんな山が複数見えたのだ。木材にこういう加工を施せるのはビーバーなど限られたフレンズ、あるいはヒトだけである。なぜそんなものがパーク内に・・・そう思った私は谷底の平地に降り、鵺が突然飛び出してこないか注意しながら、その木材の山の内の一つに近づいた。

木材の山のかたちは、木造の小屋潰れてぺしゃんこになった様だった。間近に来て初めて気がついたが、この木材の下からは微かに鉄の臭いが漏れていた。なにかが埋まっていると私は思い、山の上の方の腐りかけた木材を放り投げて中を覗いてみた。


鉄の匂いの元は錆びついた金属の箱であった。箱の中には十数個の工具が入っていた。なぜこんな所に工具箱があるのか、私は不思議に思いつつ、他にも何かないかと手探っていると、ジュースの空き瓶とボロボロの靴が見つかった。空き瓶の側面には何かの年月日と思われる”1975 Jan. ”という印字がなされている。靴の方は底が剥がれかけた穴開きのブーツ、デザインとサイズから男性用と見られる。内面にはタグが縫い付けられていて、そこには ”MILITARY FORCES(陸軍)” と書かれていた。


これらはヒトの遺物と考えられる。


その他の場所でもヒトの遺物らしいものは幾つか見つかったが、この捜索の目的はあくまで鵺の存在確認であるので、この報告文では割愛する。

私は無線でそれまで見たことを報告し、再び森林へと入った。


午後1時過ぎ、アルマーから遠くに雨雲が見えるとの連絡を受け下山。船に戻る。午後3時30分、アンインエリア北部港に帰還。


私が捜索したのは森林区域の70%程度。その区域で鵺の存在は確認できなかった。



二 助手の報告文


島の西部と違い、島の東部は不毛な岩場であり、火成岩が転がっているだけ。身を隠せる場所がほとんど無いように見えた。実際、島の東側の捜索はあっという間に終わってしまったし、鵺も動物の影さえも無かった。


同日正午、暇になった私はアルマーから指示を受け、センの捜索エリアから遠い島の南側、岩場と森林の境界周辺を捜索することになった。まだらに色づいた木々と岩の灰色の境目に沿って飛びながら山肌を観察していると、その境目のある地点が不自然に落ち窪んでいるのが目についた。

その窪地は大きな竪穴だった。穴の口の半分以上を木々の枝が覆い隠していたのでわかりにくかったが、直径30m以上の穴がそこにはあった。おそらく火山性の地震のせいで落盤が起こり、山肌の地面がまるごと陥没して形成されたものだろう。穴の深さは10m程度。穴の底には白や赤の花が咲く花畑があった。


ほのかに日が差し込む穴の底に降りてみて分かったことは三つ。

一つ目は、この竪穴は地下にあった洞窟の天井部分が崩落して形成されたものだということ。つまり、この島には地下洞窟が存在する可能性があるということだ。

二つ目は、竪穴の周囲を囲む苔むした岩壁には所々に天然の横穴が開いている。その穴のうち、人が通れるくらいのサイズ以上の大きな横穴が軒並み、色調の違う岩石でキッチリ塞がれていたのだ。火山島のため、溶岩が流入してきて穴を塞いだ可能性も考えられるが、それにしては大きい穴ばかり塞がれているのは不自然だ。そこに何らかの意図があるように私には思えた。

まさか、鵺がいるのは竪穴より奥の洞窟内。そして洞窟から鵺が出てこれないように、誰かが横穴を塞いだのでは・・・洞窟には鵺が封印されているのでは。その時の私はそんなことを考えた。なお、この予想は報告文を執筆している現在、否定されてはいない。


そして三つ目は、竪穴の底にあった花畑である。この花畑には、コブのような実の上に花をつけたヘンテコな植物ばかりが生えていた。加えてその花の影に、白い粉末が入っている変色した小さなビニール袋が捨てられているのを見つけた。袋に入った白い粉末と聞いて、私は小説や映画でしばしば出てくる違法薬物のイメージを思い浮かべた。

まさか・・・これは薬物ヤクか? 鵺を探しに来たはずなのに、どうしてこんな物に出くわすのだろうか? 背筋が凍った。


その後も竪穴の中を調べてみたが、大きな手がかりは無かった。午後1時過ぎ、アルマーからの帰還指示を受け、例の小袋と穴に咲いていた花を一本採取し船に戻った。


船に戻った後で博士に花を見せてみると、博士は途端に血相を変え、「絶対に煙を吸うな」と注意した上で、その花をその場でバーナーで焼いて灰にしてしまった。博士、火は苦手なのに。

博士曰く、その花はソムニフェルム種・ケシという植物らしい。実がアヘンやモルヒネなどの麻薬の原料になる。当然法律で栽培が規制されている違法植物であり、パーク内に存在して良いものではない。そんなものをパーク本土に持ち込まないようにするには船上で灰にしておくしかなかった、と博士は言っていた。


その後、ケシを不用意に島外に持ち出した過失について、私は博士からとんでもないお叱りを頂戴したわけである。

(7日間毎食ジャパリまん壁の味の刑はもう勘弁して下さい)



三 博士の報告文

私は万一センか助手かのどちらかが鵺に襲撃された場合、すぐに応援に駆けつけられるよう、無線に注意を払いながら島の周囲を観察していた。

船を係留している島西部の沿岸は砂浜になっており見通しが良い。鵺が姿を隠しているとは考えにくい。一方で島の東部は岩礁と反り立つ岩壁で非常にゴツゴツした地形になっている。崖の壁面にはいくつか穴が開いており、そのうちの一つからギイギイという妙な鳴き声がかすかに聞こえてきた。

もしやこれが鵺の鳴き声か? 私は静かに崖の穴に近寄って、懐中電灯の光をそっと穴に放り込んでみた。すると大きくギイッと叫ぶような声とともにきつい腐敗臭を纏った真っ黒なコウモリが慌ただしく穴から飛び出してきたので、すぐに私は穴の入り口から退避した。それからしばらく遠巻きに穴の様子を観ていたが、コウモリ以外の動物が穴から出てくる様子はなかった。


コウモリが鵺の正体ではないかと疑ったが、それにしては「鵺」の唄が伝える脅威のスケールとは些か乖離があるように感じられた。恐らく鵺はコウモリではないだろう。

他に何かいるはずだ・・・私はそう思いながら島をぐるりと一周し、再び島の東部の岸壁にやってきた。すると岩壁の海面すれすれのところに幅の広い穴があることに気がついた。この穴はさっき見たときは無かった。多分、さっきは海面の下に沈んでいたが、潮が引いたことで姿を現したのだろう。私は穴近くの岩礁に立って、穴の大きさが十分にあることを確認した後、素早く突入した。まるで干潮の時間を利用して鎌倉に攻め入ったナントカという侍の話の様である。


穴の内部は意外にも広く、酸素も十分にあった。頭上ではさっき見たのと同じ種類のコウモリがバサバサ飛び交っていた。

入り口から差し込んでくる外の光のおかげで多少明るく、その御蔭で、この海蝕洞に隠されていたモノの姿もハッキリと見ることができた。そのモノとは打ち捨てられた錆びついた漁船であった。甲板は一部崩れ、操舵輪が抜け落ちた、さながら幽霊船である。船の名前も、型番も、ひどい腐蝕のせいで分からなかったが、その様式はどうみても数十年以上前の船のようだった。

私は船に飛び乗り、何か無いかと操舵室などを漁ってみた。

まず見つかったのは英語版の古い海図。香港がイギリス領と書かれていることから、少なくとも1997年より前の海図であることは間違いない。ジャパリパークの島嶼が世界各国に認知されるようになったのは2030年代以降のことなので、当然この海図にジャパリパークは描かれていない。代わりに赤ペンか何かで鵺島がある位置に点が打たれ、その点と近隣の国、フィリピン、インドネシア、台湾などの港町をつなぐような曲線が引かれていた。この線はおそらく航路だろう。この船は鵺島とこれらの国々を行ったり来たりしていたのだ。海図には点と線以外にも書き込みはあったが、これは英語ではなかったので読めなかった。恐らくアジアのどこかの国の文字だと思うのだが。


船内には他にも航海に必要な品々、コンパスや六分儀、灰皿、ライター、型の古い無線機等が、いずれも壊れた状態で残されていた。それから、無線機の影から一枚の文書が見つかった。幸いにしてこの文書は英語で書かれていたので読むことができた。しかし、その内容は衝撃的すぎた。鵺のことなどもうすっかり頭から消えていた。頭を冷やすべく一旦海蝕洞から出たところ、丁度アルマーから通信が入った。

どうやら海蝕洞の中は無線の圏外になっていたらしく、アルマーは心配して何度も私に呼びかけていたようだった。とりあえず私は大丈夫だとアルマーに伝え、一度船に戻ることにした。

船に戻ったあとで、私は持ち出してきた例の文書をもう一度じっくり読み直した。

翻訳した内容を以下に示す。


エノ、以下の内容を無線で商会の方に連絡しておくように。


XXX商会様

エニグマ・スノウの追加注文の件、承りました。こちらには“奴隷のように働いてくれる、世にも珍しい獣人“、フレンズと彼女たちは名乗っていますが、そういうのがここには何人もおります。彼女たちはちょっとのエニグマ・スノウでせっせと働いてくれますので、増産には問題ありません。代金10万ドルと、我々が島に帰るための燃料さえ用意していただければよろしい。

品物の引き渡しは1978年9月20日午前2時、いつも通りの船着場にて。引き渡しには私とエノとアニンが行きます。

Bossより


この時点では取引の品物”エニグマ・スノウ”が何を意味するかまでは予想できなかった。しかし我々フレンズの怒りを引き出すのに、この文書は十分な役割を果たしていた。我々フレンズのことを”奴隷”と書いたこの人間の心に、フレンズに対する愛は一切無かったということは容易に想像がつく。いかにフレンズという生物自体が全く認識されていなかった100年前のことであったとしても、これはあんまりな扱いではないか。これを書いた人間はフレンズの命と尊厳を何だと思っていたのか。


・・・怒りのあまり、少々主観が入りすぎてしまった。


この文章にはエノ、アニン、Bossという3人のヒトの名前が出てくる。少なくともこの3人は仲間で、エニグマ・スノウという商品を作って売っていた。そしてその労働にフレンズを駆り出していたということは読み取ることができた。

あとはエニグマ・スノウが何なのかについてだが、これは助手が持ってきた白い粉入りの袋と、ケシの花という物的証拠を元に、おそらく密造麻薬の一種であろうと推測した。鵺島のような何もない島で作れる、10万ドル以上の価値を持ちうる品といったら、麻薬くらいなものであろう。

実際、snow という語はコカインやヘロインの隠語である。つまりエニグマ・スノウは麻薬の隠語と推定される。なお、エニグマ(enigma)にも「謎・正体不明」という意味があり、こちらは「鵺」と関連がありそうだ。

唄に出てくる”鵺の生き血”とは、エニグマ・スノウ、つまり麻薬のことを暗示している可能性が考えられる。


なるほど、麻薬を密造していたこの島に近づいたフレンズは、口封じ兼労働力確保ため、ヒトが作り出した「鵺」の腑に落ちたことだろう。唄はそのことを警告していたのかも知れない。



三名の報告文は以上となる。これより本調査のまとめに入る


●総括

今回の調査では鵺の存在は確認できなかった。依然としてどこかに身を隠している可能性は否定できない。特に島東部の洞窟や海蝕洞については調査が不十分であるため、追加の調査が必要と考えられる。

本調査の副次的な結果として、およそ100年前のこの島にはヒトがいた時期があるらしいということがわかった。この島で彼らは”エニグマ・スノウ”という品物をフレンズを使役して製造し、外国に売っていたらしい。

”エニグマ・スノウ”という品物の正体は麻薬である可能性がある。竪穴の中に群生した麻薬の原料・ケシの花畑、白い粉、異様な高額の取引の記録などの物的証拠が上がっている。白い粉の物質同定検査は、キョウシュウエリア在住の医師に依頼した。現在結果待ちの段階である。


調査の発端となった「鵺」の唄について、その後の調査で判明したことがあるので付記しておく。アンインエリア西岸に住む70才のおばあさん・ゾウガメのフレンズの話によると、鵺の唄はジャパリパークが設立される前の、少なくとも60年前から存在していたという。ゾウガメさんは10才の時に、ゴコクエリアから今いるアンインエリアに移り住んだというが、その時から鵺の唄はあったらしい。

このような警告じみた唄は、一体誰によって作られたのだろうか。謎である。


いずれにせよ本件はさらなる調査が必要であると思われる。麻薬が絡んでいるため、調査及び証拠物品の取り扱いには厳重に注意をすべきであろう。


以上


(編集責任者:セン)


***


セキレイは報告書の最後の一枚を握りしめたまま顔を上げる。向かいに座る、”島の本当”をその目で見てきた博士は俯いていた。微かに覗くその目に光は見えず、鵺島の白い狭霧に飲み込まれているようだった。


(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る