第三篇 女のX 男のY

Y染色体は生物を雄性たらしめるもの。そんなものが女であるはずの自分の身体にあると知ったセキレイは大いに混乱した。


「ちょっと待ってくれ・・・俺はY染色体を持っている。ということは、俺は本当は男ってことなのか?」

「それは違います。」


サキは即座に否定した。


「セキレイさん自身は自身の性別についてはどう思っていますか。男性か女性か。」

「それは勿論女だ。俺はフレンズだし。」

「そうでしょう。実際セキレイさんの身体も女性の身体です。子宮があり、膣があり、卵巣がありますから。セキレイさんはフレンズであり、女性である。その認識は主観的にも客観的にも正しいですよ。」

「Y染色体が俺の中にあるのにか?」


セキレイは息巻く。


「X染色体の中にY染色体が混入しているからといって、Y染色体の機能が発現するわけではないのです。セキレイさんのX遺伝子に混ざったY遺伝子のパーツはあくまで極僅かなので、セキレイさんの性別をオスにさせるには至らなかったのでしょう。」

「ああ、なるほど。」


ひとまず自分がフレンズの女ではあることを知りセキレイはホッとした。しかし直ぐに次の疑問が湧いてきた。何故自分の身体にY染色体が入り込んでいるのだろうか。

そのことをサキに聞くと、サキはうーんと唸り首を捻った。


「疑問はそこなんです。ターナー症候群の場合、一本残ったX染色体にY染色体の一部が混ざり込むことは稀ですが起こります。」

「あれ?じゃあ別に可怪しくないんじゃ・・・」

「しかしこれは男も女もいるヒトでの話であって、女しかいないフレンズには当てはまらないのです。」


サキがぴしゃりと言い切ったのにびっくりして、セキレイは思わず唾を飲み込んだ。サキは赤い目を光らせ話を続ける。


「ヒトは一対の男女の有性生殖を介して生まれます。Y染色体の提供者である血縁上の父親(XY)が必ず1人だけいるわけですね。そのためヒトのつがいの間に、Y染色体混じりのターナー症候群の子どもが生まれた場合、そのY染色体は父親から受け継いだものものと一意に決まります。自然かつ明解な理由です。

しかし、フレンズは有性生殖で生まれません。動物の組織にサンドスターが衝突し、女性(XX)の身体を与えられて生まれるのです。つまりフレンズの発生過程において、父親(XY)は存在しない。よってフレンズにY染色体が受け継がれる確立はゼロ、というのがこれまでの理論だったんですが・・・セキレイさんにはその理論が当てはまらないんです。」

「・・・」


衝撃のあまりセキレイは閉口してしまった。そのセキレイに代わり、ずっと黙っていたオオカラスが口を開いた。


「先生。セキレイ様は元々オス(XY)のハクセキレイで、それがフレンズ化したとするならば、偶然Y染色体がセキレイ様の染色体に混入することも考えられるのではないのでしょうか。」


しかしサキは難しい顔をして首を振った。


「その可能性は低いです。”オスの動物もフレンズ化すればメスになるのか”を調べる研究が、過去にパークの研究所で行われました。結果、”オスの動物であろうと、フレンズ化すれば例外なくメスになる”ということが判明しております。フレンズの発生過程において、元の動物が持っていた雄性の染色体は淘汰されてしまうんです。」

「そうですか・・・では、セキレイ様のY染色体について、先生はどのように考えていらっしゃるのですか。」


常に冷静沈着な態度を保つオオカラスも、驚きのせいか些か早口になっていた。

サキは手元の資料に目を落とし、息をついた。


「消去法です・・・」


ここでサキ医師は初めて二人から目を逸らして言った。


「動物のY染色体がフレンズに引き継がれることはない。それからフレンズは皆メス(XX)ですから、フレンズ同士のカップルの間にオスの子が産まれることもありません。フレンズしか属さない集団から、Y染色体をもつ個体が誕生する可能性は極めて低い・・・ならば、Y染色体を持つ別種の動物が流入した可能性を考えねばならないでしょう。


もうおわかりでしょう。その別種とは、ヒトのオス。


セキレイさんは、ハクセキレイとヒトのオスが染色体レベルで融合したフレンズ。セキレイさんの生まれには、ヒトの男が何らかの形で関わっているはずです。」


「ヒトのオス?!」


セキレイは驚きのあまり椅子を蹴り上げて立ち上がった。後方の床にガシャンと椅子が倒れ転がった。毅然とした態度でセキレイを見据えているサキの顔を、セキレイは睨みつけた。サキに対して怒りを感じているわけではない。ただ、どうしようもない感情をぶつけられる相手がサキしかいなかった。だからセキレイは殺気立った目でサキを睨んだのだ。


「おい、それってさ・・・俺はヒトの男の血を引いているってことなのか。」

セキレイは喉を枯らして叫びたい衝動を抑えつけ、低く小さい声で尋ねた。

「セキレイさんの生まれにヒトの男がどう関わっていたのかは不明です。一つ言えることは、あなたにY染色体を与えたヒトの男が存在する、その可能性があるということです。」

「・・・はあ。わけわかんねえよ・・・」


セキレイは後ろに転がった椅子を戻し、へなへなと座り込み両手で顔を覆った。そんなセキレイを心配してか、オオカラスはセキレイの背中を優しく擦った。


「大丈夫ですセキレイ様。あなたはフレンズです。ヒトやフレンズを愛せる真っ当な心を持った、立派な修理屋見習いのフレンズです。自信をお持ちになって下さい。」

「・・・うるせェ。見習いじゃなくて駆け出しだ。」

「これは、失礼いたしました。」


オオカラスは軽く頭を下げ微笑した。その仕草を、顔を覆っていた指の隙間から見ていたセキレイはなんだか急に可笑しくなって吹き出した。


「あははは! そうだよなぁ、俺は俺だもん。別に俺の中にヒトの男の染色体があるとしても、別に俺には何の関係もないことだ。」

「そうです、セキレイ様。」

「ああ、ありがとう。」


セキレイは涙を拭き、サキにぺこりとお辞儀した。


「事実を教えてくれてありがとう、先生。」

「いえ、こちらこそ驚かせてしまいすみませんでした。」


サキはセキレイとオオカラスに優しく微笑みかけた。


「それにしても気になるのは、俺の染色体にヒトのYが混ざり込んだ理由だよなあ。先生、何か分かるかい。」


と質問すると、サキは腕組みしてしばらく考えたが、結局わからないと答えた。


「難しい所です。逆に私から質問してもよろしいでしょうか。」

「いいぜ。」

「ありがとうございます。セキレイさんがフレンズになる前、動物だった時の記憶はありますか。」

「あんまり無いんだよな。物心付く前にフレンズになったのかも。」

「フレンズの中には、偶に前世の記憶を引き継いでいる子もいます。そのような記憶はありますか。」

「前世?・・・いや、わかんねえ。」


セキレイは首を振った。


「ありがとうございます。それでは次の質問です。セキレイさんはどこの地域のお生まれですか。」

「アンインエリア・・・」


と言いかけたところで、セキレイはオオカラスの方に目を向けた。


「あれ、アンインエリアじゃなかったか?」


首を傾げたセキレイをオオカラスはしばらく黙ったまま見つめ、ため息を一つついて目を閉じた後、ようやく口を開いた。


「アンインエリアは、セキレイ様が育った場所で、今住んでいる場所でございますよ。」

「あ、そうだった。そういや俺の生まれた場所は−−−

−−−鵺島って所だったよ。さびしい島だったなあ。」


セキレイは能天気に答えてアハハと笑い飛ばしたが、それを聞いたサキの表情が一瞬凍りついたのに気づき、すぐに口を閉じた。


「鵺島・・・アンインエリアの北部の海にある島ですか?」


サキは真面目な顔で質問した。


「そうだけど・・・それがどうしたっていうんだ?」

セキレイが逆に尋ねると、サキは目を閉じしばらく考え込んで、

「・・・」

「先生?」

セキレイは首を傾げる。

「鵺島・・・について、私の友人が訳合ってその島のことを詳しく調べています。私もその調査にちょっとだけ手を貸していまして、丁度その友人に用があるのです。」

「つまり、その人たちなら、俺の生まれについて、何か知っているかも知れないということなのか?」


セキレイは目を光らせサキに食いつく。オオカラスも目を大きく開いてサキの方を見つめた。


「セキレイさんの生まれ方について、明確に分かるかどうかはわかりません。しかし、生まれた場所がどのような環境であったか、そこにどのような素地があったか、そういうことは教えてもらえるかと思います。無論、友人がOKすればの話ですが。」

「わかった! とにかく行かせてもらおう!」


知ることへの恐怖よりも好奇心が勝り、セキレイは即答した。サキは頷き、1階のエントランスで待っているようにと二人に言った。



二人は診察室を出て階段を降り、エントランスのソファーに並んで座り、サキが来るのを待った。


「よろしいのですか。」


不意にオオカラスがセキレイの耳元で囁いた。


「何が?」

「ご自身のお生まれのことを知ること、怖くないのですか。」

「別に。職業柄、わからないことが残るのが気持ちわりぃなって、そう思うんだ。だから全部知りたい。それだけのことさ。」


セキレイはムスッとしながら答えた。オオカラスは帽子のつばを押し下げて、感慨深そうに返した。


「本当にご立派ですね。臆病者の私とは大違いです。」

「フン。まあ、今度のターナー症候群は、お前が臆病でいてくれたおかげで見つかったようなものだし・・・その、一応、ありがとな。」


そう言うセキレイの頬や耳は赤らんでいた。それを見たオオカラスは思わずクスリと笑い、笑われたセキレイは余計に恥ずかしくなって、はにかみながら、ぷいとそっぽを向いた。



サキの友人がいるという図書館は病院の西の森林地帯の中にあるらしい。セキレイたち4人は病院のドクターカーに乗り、パークの自律型ガイドロボットであるラッキービーストの運転で図書館に向かった。


「それで、その図書館に住んでいる博士と助手いうフレンズが、島のことを調べていたんですか?」


狭い車内で窮屈そうに身を屈めたオオカラスが尋ねると、前に座っていたヒイラギが振り返って答えた。


「はい。博士と助手は数ヶ月前から島の調査をしていたみたいで、その一部サキさんが手伝っていたんです。僕はその詳細は、聞いていないので、詳しいことは、全然、知りませんけどっ。サキさんはどう?」

「・・・私も、調べていた物以外のことについては聞いて、ない。」

「それにしてもひどい車だねぇ。」


セキレイは頭上の取手になんとか捕まりながら、足元からガタンガタンと来る振動によって身を上下左右に振られていた。


「この道舗装されてないんでっ、しょうがないです、よっ。」

「それにしたって、この車、サスペンションがヘタっているんじゃ、ねえのかよ? 誰が整備したんだか。後で、修理させて、くれっ!」


林道のひどい凸凹道を走り抜け、ようやく目的地にたどり着いた時には、4人ともくたくたに疲れていた。



森を切り拓いてつくられた夕闇の原っぱの真ん中に白い外壁の図書館は建っていた。4人は車から降りて図書館の呼び鈴を押して玄関の前で待っていると、灰色のコートを纏った小柄なフレンズが姿を現した。


「どうも。私がこのキョウシュウエリアの長をしている博士です。話はさっき電話で聞きました。外は寒いので中に入ると良いのです。」


博士はその大きな目で4人の顔を見渡してから、暖房の効いた図書館館内へと招き入れ、1階フロアの奥にある応接スペースへと案内した。各々が革張りのソファーに腰を下ろし寛いでいると、茶色のコート姿の助手が紅茶を持ってきて各々にカップを配り、最後は自分の分のカップを取って博士の隣に座った。

一同が揃ったのを見て、博士はカップをテーブルに置き、まずはセキレイたちに丁重に挨拶をした。


「そちらの白黒ジャージのフレンズがセキレイさんで、黒のロングコートの大きいフレンズがオオカラスさんですね。はるばるアンインエリアからようこそ。」


セキレイとオオカラスは一緒にぺこりとお辞儀した。


「確か・・・鵺島のことについて知りたいということでしたよね。」

「ああ・・・あ、はい。そうです。」


理知的で威厳のある雰囲気を醸し出す博士に対して、普段通りのくだけた口調で話すのはどうも気が引けた。なのでセキレイは慣れない丁寧語を使って答えた。


「俺の生まれた場所、鵺島のことを知りたいんです。そこに、俺の特殊な生まれの謎を解くヒントがあると思っているんです。」


そしてセキレイは、ターナー症候群のこと、自分の中にY染色体が存在すること、自分の出身が鵺島であることなどの情報を博士と助手に話した。セキレイが話している間、博士は真剣にその話に聞き入り、助手はその都度メモを取ってセキレイの話を記録した。セキレイがこれまで知り得た情報を全て話し切った後、助手はメモを取った紙を博士に手渡した。博士は今度はその紙をじっくりと読み直し、最後はウムと頷いて顔を上げた。


「セキレイ、お前の話はよくわかりました。ただ、今から目を通さねばならない書類がもう一つあるのです。私の話は少し待って欲しいのです。」


と言ってサキの方を向き、


「依頼していた物の物質同定検査はどうでしたか。」


尋ねられたサキは持っていたカップを静かに机に置き、持ってきた鞄から書類ファイルを取り出し、博士にひょいと手渡した。


「大方、博士の予想通りのものでした。」

「そうですか・・・」


伝えるサキの表情も、受け取る博士の表情も、いつになく暗かった。博士が読んでいる書類を脇から覗いていた助手も、次第に眉間に皺が寄ってきた。


「サキ、依頼した物はどこに保管してありますか。」

「今は鍵付きの薬品棚に仮置きしています。」

「なら、とりあえず良いでしょう。」


額の汗を拭いながら助手は呟いた。


「サキさんさ、調べていた物質がなんなのか、最後まで教えてくれなかったじゃない。結局あれは何だったの?」


ヒイラギは隣に座るサキを見ながら聞くが、サキは顎に手を当てたまま、浮かない表情で目を前に向けていた。


「あくまでこの件の責任者は博士。あの粉末のことは、たとえヒイラギであっても迂闊に喋るなと博士から口止めされていたの、ごめんね。」

「・・・それだけ危険なものだったの?」

「・・・」


サキは何も答えず、博士が書類を読み終えるのをじっと待っていた。


「さて、セキレイにオオカラス、お待たせしました。」


博士はコホンと咳払いをしセキレイの方に向き直った。一体何を聞かされるのだろうかとセキレイは緊張し唾を飲み込んだ。


「先に申し上げておきますが、この件については現在も調査中であるため、未確定な部分も多いです。しかし、だからこそ、曖昧な情報が漏洩することはなんとしても避けたいのです。この件はそれだけ重大で慎重を期さねばならない。セキレイ、オオカラス、それからヒイラギ、これから私が伝えることは他言無用です。よろしいですね。」


博士は3人に鋭く釘を刺した。そして3人全員がコクリと頷くのを確認してから、ゆっくりと話し始めた。


「鵺島には、ある言い伝えの唄が残されています。


狭霧の島さ 鵺の島

気狂い娘の 姦しき

声を響かせ 来たりけむ

命惜しくば 寄らぬべし


悪しきあやかし 鵺の血を

啜りし者も その子らも

永久にとらわれ 鵺の腑へ

惹かるる前に とく逃げよ


この唄の主旨は、鵺島には鵺という正体不明の人食いの妖獣がいるから絶対に近づくな、というものです。アンインエリアに住む二人なら聞いたことはあるでしょう。」

「あります。」

「実際、この古い言い伝えによって鵺島は恐れられ、今は誰も寄り付かない島になっているのです。しかし鵺という恐ろしい妖獣は本当にいるのか・・・それはわからない。姿を見たものは誰もいないのです。だから我々が調査に入ったのです、漁協から依頼を受けてね。我々はアンインエリアで探偵業をやっている地元の二人のフレンズに協力してもらい、数ヶ月前に鵺島に調査に行きました。鵺の正体を探るためにね。

・・・

結果として、鵺島には鵺のような危険な生物の姿を見かけることは無く、唄にある”声”さえも聴くことはありませんでした。しかし・・・」

「いっそ・・・鵺が見つかってくれた方がマシだった。」


そう絞り出す助手の顔には青筋が浮き立ち、話し手である博士の目にもハッキリとした憤りの感情が現れていた。博士は大きく息を吐いて目を瞑り、


「本当に、その通りなのです。セキレイ、聞く心づもりはよろしいですか。」

「・・・はい。」

「よろしい。では・・・

あの島には、もともと土着のフレンズがいました。それに加えてヒトもいたようです。でも、パークのスタッフじゃありません。島にヒトがいたのは、ジャパリパークが設立されるよりもずっと前、今からだいたい100年前の事です。

さてと、あれだこれだ説明する前に、この島で一体何が行われていたのかが端的に分かるものがありますので、最初に見せておくのです。」


その言葉を合図に助手は立って、その”何か”を取りに書架の奥に消えた。助手が帰ってくるのを待つ間、誰一人として喋らなかった。博士も、サキも、ずっと黙ったままで、その瞳には”何か”に対する怒りに似た不快感が滲んでいるのを、セキレイは一人感じ取っていた。


(医者でさえあんな顔になるって・・・島ではそれだけ酷いことがあったのだろうか。ひょっとして、島にいたヒトが何らかの悪事を働いていたとか?)


ヒトの悪事・・・?


セキレイは対面の博士を上目遣いでちらりと伺った。博士は変わらず不快感に顔を曇らせていたが、その博士の表情を見て、セキレイはあることを思い出した。


ヒトとフレンズがすれ違うジャパリパークにおいて、両者の間でのトラブルは毎年数十件程度は報告されている。その中には被害者のフレンズに対しヒトが暴行や虐待を加えたという事例も少なからず発生している。この類のニュースを聞いたフレンズは皆、途端に機嫌が悪くなる。悪意と欲望に満ちたヒトの手により同胞の尊厳が踏み躙られたのだ、その怒りは当然のことだろう。


今の博士の顔は、その類のニュースを聞いた時のフレンズの殺気立った表情によく似ていた。もしや、かつての鵺島ではそのような酷いことが行われていたという事実があるのでは・・・そう思った時、セキレイの脳内にあるヒンヤリとした推測が降りてきて背筋を凍らせた。


(もしや、俺にY染色体を与えたヒトの男は・・・フレンズに酷いことをした、その加害者ではないのか・・・? 俺の染色体にはそんな男の染色体が?)


手の甲には冷や汗がにじみ、体温が急激に下がっていく。そのくせ心拍はガンガンスピードを上げ、セキレイの肺を内側から打ち付ける。握った拳や膝が細かく震え、しまいには頭がぐらりと落下するようなふらつきを覚えた。


「セキレイ様?」


オオカラスが手を伸ばしセキレイの背を支えてくれたおかげで、セキレイはソファーから転げ落ちずに済んだ。


「大丈夫ですか、セキレイ様。」


オオカラスは心配そうにセキレイの横顔を見つめた。冷えていく身体と逸る鼓動に板挟みにされたセキレイは髪をぐしゃぐしゃにかき上げて天井を仰いだ。


「俺は・・・俺は・・・」


消えそうな声で呟くセキレイの姿を、サキもヒイラギも心配そうに見守った。



それから少しして助手がセキレイたちのところに戻ってきた。助手は抱えていた小さな鍵付きのアルミケースをテーブルに置いて鍵を開け、変色して黄色がかった透明な小さなポリ袋を取り出した。


「サキさんが調べていたのって、これ?」


取り出された袋の中にはキラキラ光る白い粉末が少量入っていた。


「そうよ。」

「嗅いでいい?」


ヒイラギは袋を受け取り、それに鼻を近づけた。


「!!」


すぐさまヒイラギは袋を手放し、興奮した様子で博士とサキに交互に視線を飛ばした。


「それが何か、お前にもわかったのですね。」


博士の問いかけにヒイラギは目を大きく見開いたまま何度もガクガクと頷き、威嚇するような低い唸り声を漏らした。博士は袋を拾い上げ、それを睨みながら敵意むき出しの鋭い声色で言った。


「あの島に巣食っていた怪物は妖獣・鵺などよりも性質の悪い、ヒトの悪意です。

この粉末は連中が”エニグマ・スノウ”と呼んでいた、最悪の麻薬・ヘロイン。そしてヘロインを密造する労働力として、フレンズが使役させられていたのです。」



(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る