魔族の俺と、人の君⑤
休憩室へと案内されたが、アレックスは気を緩める気はなかった。
「後程、メイドが来ますので」
案内人の背中を見送り、アレックスは姿勢を正し剣を抜いた。 本来、王城に入る場合一般人の武器の持ち込みは固く禁じられているがアレックスは別だ。
というより、そこらを歩く者以上にアレックスの立場は重い。
「広い部屋だ。 これなら多少剣を振っても問題はないな」
少々素振りして感触を確かめる。 身体の調子は悪くない。 メイドが来るということで剣を振っていたら流石にマズいため、納めると窓まで歩く。 その時、丁度正午を告げる鐘が鳴った。
「・・・ッ!?」
本来、鐘は時を知らせるために大きな音が鳴るだけだ。 だが今アレックスは猛烈な頭痛に襲われている。
「うぅッ・・・」
記憶の奔流が脳内をかき乱し、そして痛みに床に崩れ落ちた時全てを理解していた。
「あ、れ・・・。 違う・・・。 俺は騙されたんじゃない、騙す側だったんだ」
自分はアレックスだと思い込んでいたが違う。 本当は魔族のハロルドだった。 裏切られていたと思い込んでいたが、裏切っていたのは自分だった。
容姿と記憶をそっくりそのまま取り換えて、そして今日その魔法が解けるように設定していた。 アレックス、いや、今はもうハロルドになった魔族の代表はその時のことを思い出していた。
ハロルドが3歳の時、魔王から人の代表のところへ行くよう指示があった。
「ハロルド、いいかい? 今から行くところに、アレックスという人間の少年がいる」
「はい、聞いております」
「そのハロルドと握手をした瞬間、入れ替わりの魔法を使うんだ。 記憶も容姿も、全てな」
「・・・分かりました」
入れ替わりの魔法がかけられている間、アレックスがハロルドとして、ハロルドがアレックスとしてその役割をこなしていた。 つまり人間であるはずのハロルドが、アレックスの情報を調べ上げていた。
自分で自分の弱点を。 その時のハロルドは魔法を使えなかったため、魔力を込めた魔具を持たされ送り出された。
「魔法を解除するのは15年後の丁度今日。 時間は14時。 一気に解除するのではなく、徐々に解除してほしい」
「はい」
「同時にもう一つの魔法もかけてほしいんだ」
「何ですか?」
「入れ替わったアレックスが魔族であるという記憶を消しておいてほしいんだ。 その記憶が戻るのは、同じく15年後の丁度今日。 時間は12時。 これは一気に魔法を解除しろ。
あとは、どうしたらいいのか分かるよな?」
その言葉にゆっくりと頷いた。
「ハロルド、お前はその時おそらく人間の城にいるだろう。 だから自分が魔族だとバレる前に、王の首を跳ねろ。 人間には私たちに対抗するための秘策があるらしい。
それが何かは分からないが、代表戦の前に人の敗北となればこんなに愉快なことはない」
更に細かな打ち合わせをし、ハロルドはアレックスの家にやってきたのだ。 もちろん、両親が死んだことや孤児になったことは全て嘘だった。 そして今、その魔法の効力が切れようとしている。
「なるほど、な・・・。 俺の本当の名はハロルド。 人間ではなく、魔族だったか」
魔族だと紫色の魔力を纏う。 人間が魔族を見るとその魔力は薄く見えるが、魔族が魔族を見るとその魔力は濃く見えた。 今朝見えたあの濃いオーラは“身体が魔族にもうすぐ戻る”という前兆だったのだ。
そして魔王城の間取りが分かったのも同じだ。
「俺がやるべきことはただ一つ。 魔族の姿へ戻ってしまう前に、この城にいる王の首を跳ねる。 記憶は全て戻った、あとは実行に移すのみだ」
魔族に戻ったのならば魔法が使えるはず。 ということで炎を出せるのか試してみたが、オレンジ色の煙が上がるだけで全く使い物になりそうになかった。
―――姿はまだ半分以上が人間だから、魔力もそんなに戻ってはいない、か。
―――少しでも魔力が戻ったら、王のもとへ行くかな。
―――剣のみだと複数の相手をするのに時間がかかる。
―――一瞬で倒せる魔法が使えるようになってから、行った方がいいだろう。
考えているとノックの音がし、メイドがやってきた
「アレックス様、お茶を持って参りました」
大きなワゴンには飲み物だけでなく焼き菓子がたくさん置かれていた。 それを綺麗にテーブルに並べると会釈して部屋から出て行こうとする。
ハロルドが魔族であるということは、一切悟られていないようだ。
「あの、待ってください」
出て行こうとするメイドの腕を掴みハロルドは引き止めた。
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