魔族の俺と、人の君④




幼少期、まるで家族のように過ごしていたアレックスとハロルドだったが、8歳を迎えた頃に事件が起きた。 家にハロルドを連れてきた男二人が突如としてやってきたのだ。 

母とハロルドだけが呼び出され、男二人と神妙な面持ちで話をしている。


―――・・・遅いな、一体何を話しているんだろう。


物陰から聞き耳を立てていたが、ハロルドを強引に連れていこうとしたのを見て慌てて飛び出した。


「ハロルド!? お母さん、一体何があったの?」

「ハロルドは人間ではなく、魔族の者だと判明したらしいの」

「は!? そんなッ・・・!」


母は眉間に皺を寄せ、複雑な表情をしていた。 魔族、それは絶対に避けなければならない人類の敵。 この様子からすれば、男たちもハロルドが魔族だということを知らなかったのだろう。


「アレックス! 僕は人間だ! 本当だ! 信じてくれ、僕を信じてくれ! アレックス!」

「ハロルド・・・」


助けを求めるハロルドを見て、過ごした時間が蘇る。 ハロルドが魔族のはずがない。


―――・・・いや、もし魔族だったとしても、ハロルドはいい奴じゃないか。


好戦的で残酷、人などゴミのようにしか思っていない。 聞かされていた魔族像とハロルドは、まるで違う。


「お母さん! お母さんもハロルドの味方だよね!? ハロルドを助けてよ!」


だが母は首を悔しそうに横に振るだけだった。 男二人は国の偉い人間のようでそれには逆らえない。 ハロルドが男二人に連れていかれるのを、指を咥えて見ているしかなかった。 

アレックスはハロルドが魔族だったなんて何かの間違いだと信じていた。 だから懸命に人間だという証拠を探したのだ。

難しい本をたくさん読み人間と魔族のことを調べたり、識者の話を聞きにいったり。 血を調べればすぐに分かるということだが、もう調べる術はない。

魔族は魔力を纏うがハロルドはまだ子供のため出ていなかった。 核心を付く証拠がなく諦めてかけていたその時――――アレックスは両親に呼び出された。


「大事な話って?」


どうやら両親も、ハロルドのことを色々と調べてくれていたようだ。 だが信じられないことに、耳を疑うような言葉が二人の口から飛び出した。


「アレックス。 貴方は10年後、人間の勇者になるっていう話はしたわよね?」


アレックスは小さい時からその話は何度も聞かされていた。 10歳になってから本格的な稽古が始まる。 その前から体作りのためトレーニングもこなしていた。 

だがそのことはハロルドには言っていない。 いずれ訓練に付き合うことになるとだけ漠然と伝え、共にトレーニングを行っていた。 しかし父が、信じられないことを口にする。


「もしかしたらハロルドは、魔族側の代表なのかもしれない」

「え!?」

「・・・いつも代表に選ばれるのは、同い年の男の子だから」

「ちょっと待って。 同い年の男子なんて、ハロルド以外にもいくらでもいると思う」

「・・・これを見て見ろ」


父が手渡してきたのは一枚の紙きれ。 ボロボロになったそれには、アレックスのことが細かに記されていた。


「こ、これって・・・」

「最初はスパイだと疑った。 だがこの5年間、外部と連絡を取った形跡はない」

「それはそうだよ。 もしそうなら、一緒にいた僕でも分かるから」


震える声に、神妙な面持ちで母が答えた。


「理由、お父さんと一緒に考えたの。 ・・・“代表自ら偵察に来た”という理由で一致したわ」

「偵、察・・・?」

「そう。 5年もずっと一緒にいたんだから、ハロルドはアレックスのことを何でも知っているのよ」

「ッ・・・」

「このメモ書きは処分し忘れただけで、あまり重要ではないのだろう。 しくじった・・・。 魔族の代表と分かっていれば、おめおめと帰すこともなかったのに・・・」


おそらくハロルドは『アレックスの弱点を調べ上げ、勝負に勝て』と言われてやってきたのだろう。 本当はもっと長い期間いるはずだったが、想定以上に早く魔族であることが露呈した。 

ハロルドが最後に泣き叫ぶように言っていた『アレックス! 僕は人間だ! 本当だ! 信じてくれ、僕を信じてくれ! アレックス!』という言葉は嘘だったのだ。

裏切られていたことに悲しんだのは、アレックスだけではない。 両親も酷く悲しんでいた。


「俺たちは、嵌められたんだ・・・」


ハロルドと仲がよかった分、裏切られて悔しかった。 あの笑顔を隠れ蓑に騙されていたのだから。 だがそれを言ったところでもうどうしようもない。 早くに発覚したことを、よしとするしかなかった。


「・・・お父さん、お母さん。 大丈夫だよ。 これ以上はもう、悲しまないで」


アレックスはハロルドを敵として認識した。


「10年後、絶対にハロルドに勝ってみせるから。 僕が、この恨みを晴らすから」


覚悟を決めたアレックスは、8歳とまだ少々早いとは思えたが『本格的な稽古をしたい』と両親に頼み込んだ。 剣を持つのは10歳からで、それまでは体力作りに励むのが基本という今までの伝統を覆す。 

もちろん体力作りは続けながら。 ハロルドも魔法を習得し、強くなって現れるだろう。 その時には敵同士。

覚悟を持ち目標を決めたアレックスは稽古を欠かすことなくやっていたため、剣術もかなりの自信がついていた。



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