第345話 さよならはいわない


「聞こえませんでしたか? ライオネル氏に玉座と王冠を譲ると言ったんです」

「OK、ジーニカさん。ちょっと落ち着こうか。あなた疲れているのよ」


 聞こえてないから奇声を発したわけじゃない。

 意味不明だから発したんだよ。


 なんで俺が第二代のガイリア王さ。

 想像の斜め下すぎて、冗談にしても笑えないってもんだよ。


「あのなぁ……」

「次の王位について相談に乗ると言ったじゃないですか。あれは嘘ですか? ライオネル氏」


「ちょ、おま、あれはそういう意味じゃないだろ」

「へえ? 二言しちゃうんだ? 稀代の軍師が? 蓋世の英雄集団である『希望』のリーダーが? 二言しちゃっても良いんだ?」


 言葉に詰まってしまった俺を、涼しい顔で追い詰めてくる。

 鬼の第一秘書官だ。


 言質をとるのが、とにかくうまかったよなこいつって、いまさらどうでも良いことを思い出す。

 ほんとね、阿呆の知恵は後から出るってやつだよ。


 最初から、事態が落ち着いたら玉座を押しつけるつもりだったんだろうな。もともと権力に興味がなく、父親の後を継ぐことさえ嫌がっていたから。


「俺に全部押しつけて、自分は野に下ろうって腹だな?」


 ジト目で見てやる。


「まさかまさか、そんなそんな」


 白々しい!

 秘書になったのだって仕方なくだって話、きいたことあるからな?


「では民主的に決を採りましょう。ライオネル氏が第二代のガイリア王になることに賛成な人、挙手をお願いします。なお、譲位の条件として『希望』の冒険者六名は全員、正妃とすることとします」


「はっ! 策に溺れたなジーニカさん! 重婚を合法化したような、そんな鬼畜な条件を飲むやつが……」


 言いかけて、俺は信じられないものを見た。


 アスカが挙手している。

 ミリアリアが挙手している。

 メイシャが挙手している。

 メグが挙手している。

 サリエリが挙手している。

 ユウギリが挙手している。


 待って。

 待って。

 みんなちょっと落ち着いて。


 六人が全員、俺の嫁になるってことなんだぞ。判ってるのか?


 一夫一婦じゃないんだぞ?

 そんな扱いだめだろう。


「やー、抜け駆け禁止で、でも母ちゃんのお嫁ちゃんになる方法があるなんて。ジーニカさんってもしかして天才?」


 アスカが手放して褒めてるし!

 意味がわからん!


「まあ、妥当なところだろうな。俺も賛成だ」

「不出来な従妹ですが、末永くよろしくお願いしますね」


 イングラルとミレーヌも挙手する。


「顔も知らないロスカンドロス王より、一緒に戦ったことがあるライオネルの方が外交もやりやすいってもんだぜ」


 アレクサンドラまで手を上げちゃった。


「皆さんはどうです!」


 ガイリア城にむかってジーニカが大声をあげれば、救助活動にあたっていた連中が、役人といわず冒険者といわずプリーストといわず、こぞって手を上げやがった。

 笑いながら。


「圧倒的多数の賛成により、ライオネル氏が第二代ガイリア王と決まりました。じつに民主的ですね」

「数の暴力じゃねえか!」


 俺の叫びは、むなしく風に溶けていくのだった。





 なしくずされちゃった。


 親の顔すら知らない孤児が、二十代のうちに王様になっちゃうらしいよ。

 酒場で酔っ払いが語るタワゴトだって、もうちょっとリアリティがあるだろう。


「思い描いていた理想とは、ちょっと違ってしまったな」

「北に泣いている人がいれば駆けつけ、南に困っている人がいれば手を差し伸べる。でしたっけ?」


 くすくすとジェニファが笑う。

 冒険者引退と『希望ホープ』の解散手続きのために冒険者ギルドを訪れたのだ。


 一国の王様や王妃たちが冒険者稼業を続けるってわけにはいかないからね。

 あ、ケイは王妹になるし、アニータは空席となる第一秘書のポジションにつくことが決まった。


 今まで第一秘書だったジーニカのやろーは、野に下るってさ。晴れ晴れとした笑顔で言いやがった。

 秘書時代にたんまりとため込んだ貯金を使って、子供の頃からの夢だった服屋ブティックを開くんだそうだ。


 くやしいから、あとで絶対に王室御用達の看板を贈ってやろうと心に決めている。

 忙しさで目を回せば良い。


 俺だけ苦労してたまるかー。


「なんだかいつも以上に悪い顔になっていますよ」

「普段から悪い顔してるみたいな言い方はやめてくれ。泣いちゃうぞ」


 ギルド長に挨拶をし、手続きも滞りなく済ませ、ジェニファと雑談中である。

 これからは、こういう時間も持てなくなるのかと思えば、正直なところ少しさみしい。


「泣くなら胸を貸しますよ?」

「だーかーらー、そういうこと言うんじゃありませんって」


 こんな美人がそんなこといったら、誤解しちゃうんだからね。

 はあああ、と、ため息をつくジェニファ。

 なにさ。


「今だから言っちゃいますけど、私、ライオネルさんのこと好きだったんですよ。気づいてなかったでしょう?」

「まじかよ……」


「ええもう、新人の頃からずっと片思いしていました」

「そういうことは先に言ってくれよ……」


 ぜんぜん気づかなかったよ。


 気づかないまま、もうジェニファの気持ちには応えられない立場になってしまった。

 権力にものを言わせて愛人にするというのは、さすがに不誠実すぎる。


「いつ気がついてくれるかと待っていたんですが、こんな未来が待っているなら、とっとと告白するんでした」

「俺もなあ、判ってていたらなぁ」


 違うストーリーが展開していたかもしれない。

 いまさら言っても詮無きことではあるけどね。


「逃がした魚は大きかったと、たくさん嘆いてもらえたらうれしいです。お元気で」

「夜ごとに枕を濡らすよ。ジェニファも息災でな」


 差し出された右手を握り返す。


 生きての別れだ。

 またいつか会うこともあるだろう。


 だから、さよならは言わないぞ。


 

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