第344話 いまなんつった?
「第二? そんなものはないぞ」
俺がうそぶいた瞬間。
「なん……だと……?」
ぼこん、と、アザトースの胴体に大穴があく。
信じられないものを見るように、魔皇の無数の目がタティアナを見た。
グングニールの一撃で邪神の体に穴をうがったのである。
「すまんな。お母さんと会話中だったか?」
不敵な笑み。
そして動いていたのは、タティアナだけじゃない。
「あんたら悪魔の強さは、体のでかさだろうよ」
アザトースは呆然としたまま、上下ふたつに分断された。
身も蓋もないことをいったアレクサンドラが横薙ぎしたグランダリルによって。
人間サイズになったってものすごく強いけどね。
でも、六間(約十一メートル)を超える巨体と比較したら、ずっとずっと戦いやすい。
槍でも斧でも、人間サイズの相手と戦うようにできているからね。
「ゴグアアアァァ!?」
もちろん、剣だって同じだ。
「アスカ! 成敗!!」
「合点!」
ジャンプ一番、大上段から振り下ろされた七宝聖剣が、上下ふたつに分かたれたアザトースの体を今度は縦に両断する。
「メイシャ!」
「判っておりますわ。とこしえにお眠りなさい。魔皇アザトース」
地面から清浄な白い光が立ち上がり、その中に分体アザトースを消し去っていった。
長い長い午後か終わったのである。
ピヤーキーが降りてきた。
ほんとにな、魔王イングラルには言いたいことが山ほどあるんだが、まず言わないといけないのはこれだろう。
「イングラル陛下、感謝します。来援と、友人に再会させてくれたことに」
まさかもう一度タティアナと会うとは思わなかった。
ともに戦えるなんて、本当に望外のことだよ。
「まあ、俺もびっくりだったんだけどな」
差し出した俺の手を握り、はにかんだように魔王が笑う。
きけば、召喚術というのはランダムで、何が呼び出されるか判らないのだという。
いやいやあんた。
それでタティアナとアレクサンドラを連続召喚しちゃうとか、意味がわからないよ。
誰かの晩ご飯とか、クローゼットの中の下着とか、そんなしょうもないものが召喚される可能性もあったってことじゃん。
どんだけ運が良いんだよ。
「まあ、もちろん至高神の手が動いていたんだろうけどな」
そうでなかったら、ミレーヌに天啓が降りたりしない。
俺たちだけでは心許なかったんだろうね、至高神としても。
「アンタが、一の槍タティアナかい。噂には聞いていたよ」
「豪腕アレクとは、生きているうちにまみえてみたかったな」
そして呼び出された二人、タティアナとアレクサンドラが談笑している。
生前、ついに出会うことがなかった英雄たちだ。
ともに豪放磊落、悪くいうと大雑把な人たちなのできっと友誼が結ばれたんじゃないかな。
ルターニャとインゴルスタじゃあどう考えても利害関係がないしね。
そうならなかったのは、少しだけ残念だ。
「二人とも、本当に助かったよ」
「いいってことよ」
差し出した拳にアレクサンドラが自らのそれをぶつけ、タティアナはにこりと笑った後に背中の翼を広げる。
「また会おう、お母さん。だが再会はなるべく先の方がいいな」
ふうわりと宙に舞った。
そうだなと応え、俺は右手を振る。
「イングラル殿、マスルのことよろしくお願いする」
「もちろん。内政干渉にならない範囲で最大限の支援を約束しよう」
最後にイングラルと頷きあい、タティアナは空へと羽ばたいていく。
あの先に神の世界があるのかな?
「ていうかさ、あたいのこともちゃんと送り届けてくれるんだろうね。訓練中にいきなり呼び出されたから、国の連中は驚いているだろう」
インゴルスタの人々より、まずはアンタが驚きなさいよと思ったけど、口には出さないでおいた。
叩かれたら痛いからね。
「それはもちろんだが、せっかくだからロスカンドロス王に会っていったらどうだ? アレクサンドラどの」
「たしかに。ガイリアまで出張る機会なんてめったにないしな」
イングラルの提案にアレクサンドラが頷くが、残念ながらそれは不可能である。
アザトースの襲来でガイリア王は鬼籍に入ってしまったから。
それどころか、王国幹部の多くが入院加療を必要とする状態で、再建にはかなりの時間と手間と金銭が必要になるだろう。
説明すると、さすがに二人とも驚いた顔だったが、王が崩御したなら弔問しないわけにはいかない。挨拶するという部分は変わらないのだ。
「さしあたり、国王代行のジーニカ陛下に挨拶という感じになるかと」
「いいえ、そうはなりませんよ。ライオネル氏」
半壊を通り越し、八割壊くらいになってしまったガイリア城から、よいしょとがれきをまたいでジーニカが現れる。
そうはならないとはなんぞや?
あなた今ここにいるんだから、挨拶を受ければいいじゃない。
「アザトースを倒し、未曾有の危機を乗り越えた以上、私が便宜上の王冠をかぶっている必要はないでしょう?」
んー?
王位を譲るってこと? 誰に?
そりゃあ現状のガイリアは、血統ではなく能力をこそ必要としているけど。
「というわけでライオネル氏。前王ロスカンドロスの遺児として、また国王代行として、あなたを第二代ガイリア王に指名します」
「わっつ!?」
あまりといえばあまりな言葉がジーニカの口から飛び出したため、思わず俺はよくわからない奇声をあげてしまった。
いまなんつった? この女。
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