第336話 せまりくる災厄
街門を出ると、ジークフリート号が待機していた。
おいおい。
クランハウスまで歩いて四半刻(約三十分)だ。けっこう距離はあるけど、フロートトレインを動かすほどじゃない。
にもかかわらず使ったってことは、よほどの事態だと考えるべきだろう。
「母ちゃん! 急いで!」
「わかった」
車内に駆け込めば、操縦席にはサリエリが座っておりすでに発車態勢だ。
「安全運転でいく余裕はないから、ちゃんと座ってね」
のへっとした口調じゃない。
これは相当な事態だなと思いつつ、俺は一つ頷いて車長の席についた。
同時に滑り出すジークフリート号。ぐんぐんと加速していく。
クランハウスまであっという間である。
小半刻(約十五分)すらかからない。
「メイシャの様子がおかしいの」
「体調不良的な意味でないんだな?」
「身体もたぶんおかしいとは思うけど」
その短い時間を使っての情報収集だ。
おかしなことを口走り、目は青く光り、おかしな姿勢で座したまま動かないという。
それはたしかにおかしい。
たどり着いたクランハウスの前では、アスカの言うとおりメイシャが変なポーズで座っていた。
農作業のときに休憩するでっかい平らな岩の上で。
「なんだあのポーズ?」
左足を右太ももの上にのせ、クロスするように右足を左太ももの上にのせている。
ものすごく窮屈そうだ。
「
歩み寄ってきたケイが、右手で顎のあたりを撫でながら説明してくれる。
大変におっさんくさい仕草なので、少女の姿になった今はどっちかといえば直した方がいいものだろう。
ともあれ、彼女の師匠であるタイゲンセッサイっていう人物が禅っていう宗教のプリーストだったから詳しいんだってさ。
「似てはいますけど、やはりランズフェローとヒノモトは違うのだと痛感しますね」
とは、ユウギリの言葉だ。
ランズフェローには禅なる宗教は存在せず、アマテラス教が一般的である。
「ケイならあの座り方の意味が判るか?」
「わしでなくても判るさ。すぐにまた始まるからな」
いっている側からメイシャが目を開いた。
青い瞳が淡く光っていて、あきらかにただごとでない。
「神の声を受信しているのであろう」
ふだんの天啓はもっとずっとおとなしいけどね。
少なくとも、なんらかのポーズをとったりしない。
「……消えていきます、星々が」
メイシャの唇から唄うように言葉が紡がれた。
「次々と消え去っていきます……一千億の恒星系の半ばがすでに消滅しました」
淡々と、しかしなぜか鬼気迫って。
聴いているこちらが、なぜか息苦しくなってくる。
「三百八十万光年の彼方から……永劫の闇が押し寄せてきます」
それがなにを指すのか、なにを意味するのか、まったく判らない。
判らないけれど、なにかやばいことだったのはメイシャの様子から理解できる。
「先ほどから、これを繰り返しているんです」
横に立ったミリアリアが説明してくれる。
呼びかけにも応えず、食事も取らず。
前者はともかくとしても、後者はあきらかに異常ですよね。
食いしん坊プリーストが食事しないなんて、天変地異の前触れとしか思えないって。
「この地にも災厄が降りかかります……」
「続きがあるようだぞ」
全員がメイシャに傾注する。
その瞬間。
「闇の名は……魔皇アザトース」
「「ぐぅっ」」
メイシャが口にした名前に、俺たち全員が地面に膝をついてしまった。
神に謁見したことも、大悪魔を滅ぼしたこともある俺たちが、なすすべもなく言霊にうちのめされる。
告げたメイシャが、ふらりと脱力したように倒れる。
ちょっと待てって!
こっちは地面に膝ついちゃってるんだから!
四肢に力を入れ、無理矢理に作り出した移動力で駆けよって抱き留める。
「ネルママ……」
「言ってから倒れてくれ。心の準備ってもんがあるんだから」
ぐったりした聖女様におどけてみせ、金髪を撫でる。
「少し眠れ。話は起きてからだ」
「添い寝希望ですわ……」
「却下」
メイシャを自室のベッドに寝かせ、俺たちはリビングに集まった。
どうやら、そうとうにやべえ事態っぽい。
「正直にいうて、小便を漏らすどころか脱糞するかとおもったわ。怖ろしすぎて」
「あのなあケイ。おまえはもう四十過ぎのおっさんじゃないんだから、そういう下ネタは禁止だ」
あまりといえばあまりな感想だったため、厳しくたしなめておく。
こいつ、血縁上は俺の妹なわけだしね。
「では兄上はびびらなかったと申すか?」
「すいません。めっちゃびびりました」
アザトースか。
名前を思い出すだけで鳥肌が立ってくるな。
「もしかして母さん、私たちがヒノモトに飛ばされた時空震って、
「ありえるな」
ミリアリアの言葉に腕を組む。
あのときアマテラスは、厄介な邪神が目ざめ、神々との戦いが勃発したため余波で時空震がおきたといっていた。
その厄介な邪神というのがアザトースのことだという可能性は、かなり高いように思う。
「そして、この地にも災厄が降り注ぐってか」
どうにも面白くない結論しか導けない。
至高神をはじめとした神々が、アザトースを抑えきれなかった、というね。
※参考資料※
映画『幻魔大戦』
1983年 角川春樹事務所
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