閑話 ガイリア城崩壊


 その夜、ガイリアシティに住む高位のプリーストたちに異変が起こった。


 至高神教会の大司教や王宮司祭をはじめとして数名。在野では『固ゆで野郎ハードボイルド』のマリクレールや『希望ホープ』のメイシャなどである。


 突如として不可思議なポーズをとり、意味不明な言葉を発した。

 すわ大異変の前触れかと、王宮や教会の記録官は懸命にペンを走らせて内容を書き留め、最大級の被害を被る。


 魔皇アザトースの名を聞いてしまったから。


 歴戦の勇士である『希望』の面々ですら地面に膝をつくほどの言霊だ。

 血泡を吹いて卒倒する者が続出し、回復に走り回ったプリーストたちが違う意味で大忙しになってしまう。


「どうにもとんでもない事態になってきたな。カイトス将軍」

「まったくですな、王よ」


 明けて翌日、国王ロスカンドロスと大将軍カイトスが善後策について相談していた。

 夜のうちに話し合いを持たなかったのは王の意思である。

 まずは一晩ちゃんと休み、きっちりとクリアになった頭で話し合おう、と。


 兵は巧遅より拙速を尊ぶのだがとカイトスなどは思ったが、ロスカンドロスの言い分ももっともだったので、アザトースのことはいったん頭から追い出して眠りについたものだ。


「正直に申し上げまして、星……世界を消滅させるレベルの力を持った悪魔に対して、人間にできることはまったくありません」


 カイトスに随伴している参謀キリルの言葉である。

 ライオネルやシュクケイに比較すると民衆からの知名度は低いが、軍師としての才幹は勝るとも劣らない。


 というより各国の軍に警戒されているのはキリルの方だろう。

 ライオネルはどこまでいっても在野の人だが、キリルはガイリア軍の総参謀長だから。


「しかし至高神が意味のない警告をするということもないと思います」


 星ごと消えてしまうのであれば、どんな計画も意味がない。

 まさか、心安らかに最後の時を過ごしなさいというメッセージのわけもないだろう。


「ではどういう意味だとキリル参謀長は読む?」

「魔皇と至高神は、今現在も激しい戦いを繰り広げているのではないかと」


 粛々と王の問いに答える。


 そしてそれは互角に近いのではないか。

 負けるとは言わないが、敵の力の余波が降り注ぐかもしれない。


 それに備えろという警告であろうという読みだ。

 昨夜、ライオネルがたどり着いた結論と双生児めいた符合を見せている。

 ロスカンドロスが軽く頷いた。


「であれば」


 と、なにか言いかけたとき、轟音と閃光、そしてとんでもない地揺れがガイリア城を襲った。






 天から飛来した巨大な岩石がガイリア城の外縁部に直撃した。

 ぶつかった部分の城壁は消滅し、城自体が半分以上崩壊するという大惨事である。


 もちろん損害は建物だけではない。

 城にいた多くの者が衝撃波で吹き飛ばされたり、瓦礫の下敷きになったりして命を落とした。


 極めつけの不幸は、ロスカンドロス王もその一人だったということだろう。


 王宮司祭も犠牲になっており、すぐに至高神教会から大司教が駆けつけたものの、彼にできたことは国王の死を確認することだけだった。


 しかもなお、ガイリア王国の不幸は終わらない。

 ロスカンドロスと同室にいた大将軍カイトスと総参謀長キリルまで瀕死の重傷を負ってしまったのである。


 なんとか一命は取り留めたものの、ふたたび第一線で働けるかどうかはかなり微妙だった。


 ガイリア王国上層部は一瞬にして壊滅してしまった。

 このまま国家が崩壊し、有力者たちが後継を巡って争う事態に至ってもまったく不思議ではない。


 そうならなかったのは、かねてからロスカンドロスが後継者についてある根回しをしていたからである。


 公的には独身で妻子がいないことにはなっていたのだが、じつは王宮に住む者なら、あるいはガイリアシティに住む者なら誰でも知っている公然の秘密があるのだ。


 すなわち、第一秘書官のジーニカはロスカンドロス王の隠し子である、と。


 そもそもどうしてロスカンドロスが独身を貫いたかという話なのだが、ここにもまたドラマがあった。


 伯爵だった頃に、彼は身分違いの恋をしたのである。

 相手は城の厨房で働く娘。


 貴族とは思えないほどの真摯さでドロス伯は彼女を愛した。

 かたちだけの正妻を迎えて彼女を愛妾にするという貴族的な方法をとらず、ひたすら彼女だけを愛したのである。


 そしてジーニカが生まれるのだが、産後の肥立ちが悪く母親は亡くなってしまう。

 ドロス伯は嘆き、悲しみ、生涯独身を貫くことを心に誓った。


 側近たちが鼻白むほどの頑固さであり、どんな説得にも決して首を立てに振らなかったため、自然な流れとしてジーニカが嫡子として立てられることになる。


 しかし、成長したジーニカは父親の頑固さをしっかりと受け継いでいた。


 自分は私生児なので、伯爵家の後継者としてふさわしくない。血縁ではなく、優れた能力を持つ者を養子にすれば良いだろう、と。


 この頑固さには父親も呆れ、怒り、幾度かの殴り合いの末、野に置くことになった。だが、ガイリア王国建国に際して深刻な人手不足が発生したため、秘書官として雇用・・するということで、父娘の妥協が成立したのである。


 とにかく権力の座に着くことを拒否し続けたジーニカも、父の急死によって我を押し通せなくなった。


 公式な遺言状も、大臣たちの懇請もあり、一時的のという条件付きで至尊の冠をかぶることになったのである。


  

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