第334話 お世話になっているので


 ハイデン農園は、俺たち『希望』にとっては非常に縁の深い場所だ。


 俺とアスカ、ミリアリア、メイシャの三人が出会って初めて受けた依頼が、ハイデン農園に出没するゴブリンを退治することだったのである。

 そのあとも、ゴブリンジェネラルが発生して助けに駆けつけたことがあった。


「このたびは災難でしたね。お悔やみ申し上げます」

「よく働く若者だったのに残念です」


 ハイデンの表情も沈痛だ。

 農園で働く者たちは単なる労働力ではなく同じ釜のメシを食う仲間。冒険者でいうとクランメンバーにあたる。


 死んだから新しい人を雇えばいいやー、というふうにはならない。

 ましてハイデンは情に篤い為人だしね。


 まだまだ娘たちが新米で金がなかったころ、野菜とか肉をクラン小屋に差し入れてくれたりしたんだ。

 育ち盛りの娘にひもじい思いをさせちゃいけないよってね。


「ヒーレトくんかあ、喋ったことなかったけど顔は憶えてる。真面目そうな子だったよね」


 むうっと腕を組んだアスカ。

 その表情には怒りの色が強い。


 モンスターに襲われて死ぬってのは珍しい話じゃない。街道で、平原で、あるいは町の中にいたって危険とは常に隣り合わせだ。

 よくあることだっていっても良いだろう。


 けど、よくあることだから納得できるかって話である。


「必ず仇をとります。ハイデンさん」

「お力をおとしにならないでくださいましね」


 ミリアリアとメイシャも、ハイデン夫妻を慰撫した。

 慰めることしかできないってのもつらい話ではあるけどね。


「ところでネルダンさん。どうやってティンダロスをやっつけるつもりなんすか?」


 実際家のメグが訊ねてきた。


「まずは、ヒーレトが殺された現場を見てみようと思うんだ」


 腕を組んで応える。

 せめて出現するポイントとか条件とかが判らないと対応が難しい。


「おびき出すことができるのだぁ」


 のへーとサリエリが言えばメグが首をかしげる。

 途中経過をはしょるな。

 メグだけじゃなくてユウギリまできょとーんとしちゃってるじゃん。


「どういう状況でティンダロスが出現したのか判れば、同じ状況を作ることができるだろ?」

「そこで罠を張るってことスか」


 俺の説明に、なるほどとメグが頷いた。

 べつにティンダロスに限った話じゃないけど、モンスターの怖さって神出鬼没にあるんだよね。

 近づくのが見えているモンスターなんて、じつはそんなに怖くない。


 そうだなあ、たとえ一万の大軍でもぞろぞろ行進してくるゴブリンなんか怖くもなんともないってこと。

 軍事的にはね。


 城壁によって矢でも射かければ、最接近されるより前に片付けることができるだろう。

 数の多さにびびる人もいるかもしれないけど、そんなもんだ。


 奇策で城門を破るだけの知恵もないし、野戦に持ち込める軍略もないんだからね。


 でもモンスターの被害は後を絶たない。

 どうしてかっていうと、やつらは必ず「少人数」の人間が「警戒していない」ときを狙って攻撃してくるから。


「待ち構えているときのモンスターは、たしかにただの的ですね」


 くすりとユウギリも笑った。

 ヒーレトが殺された状況を再現すれば、ティンダロスが出現する可能性は高い。

 そして待ち構えて撃退することができれば、それは可能性ではなくて駆除方法として確立する。


「まあ、罠を張って待ち構えたのに、私たちが負けてしまうって可能性もありますけどね」

「そいつは言わねえって話だぜ。ミリアリアさんや」


 冒険者の仕事だもの。

 絶対的な安全性なんてあるわけがない。


 自分の命なんか、いつだって賭け台の上だよ。





「魔力の残滓が強いですね」


 ヒーレトたちが使っていた部屋を訪れ、開口一番にミリアリアが口にした言葉だ。

 あ、農場の作業員たちは個室ではなく、二人部屋なんだそうだ。


 同室の人は命からがら逃げ延びることができたけど、ヒーレトは食べられちゃったってのが事件のあらましである。

 ちなみにルームメイトの方はショックで寝込んでしまった。


 悪魔が絡んだ事件に巻き込まれちゃうと、往々にしてこういうことになる。

 生き残っても正気を保てなかったりね。


 俺らはもう馴れたものだけど、普通の生活をしていたら悪魔なんぞに出会うことはないし、出会ったらまず生き残れない。


「気配も悪魔のもので間違いありませんわ」


 メイシャもこくりと頷く。


「んーにゅ……あのへんのクラヤミが怪しいっぽいのぉ」


 そしていつも通り適当なことを言うサリエリだった。

 暗闇があやしいならそこら中にある。


 ランプの灯り程度じゃ、一部屋すべてを明るく照らし出すなんてことはできないからね。


「でも母さん、あのあたり残留魔力が濃いのもたしかです。何かあるのかも」


 たとえば悪魔を呼び出すためのアイテムとか、とミリアリアが補足する。


 微妙!

 たかがっていったら悪いけど、農場にそんな強力なマジックアイテムがあるとも思えない。

 誰かが仕掛けたって可能性もあるけど、農場に仕掛ける意味がない。


「アイテムではありませんわ。ネルママ家具の配置を見てください」

「ふむ? ちょっといびつだな。ちゃんと角に合わせていないっていうか」


 俺はそんなにきっちりした人間はないと思ってるけど、ああいう置き方はちょっと気になっちゃうね。


 直角に置くか水平に置こうぜ。角度的にこう、一二〇度くらいちょっと斜めった感じってのが非常に気持ち悪い。


「それがティンダロスが通れるゲートの角度ですわ」


 天啓だろう。

 メイシャの青い瞳が淡く輝いている。


「母さん! きます!」


 鋭く、ミリアリアが警告した。



 


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