第333話 ティンダロスの猟犬
「ドラマチックな人生で羨ましいです」
くすくすとジェニファが笑う。
その顔は、まったくこれっぽっちも羨ましいなんて思ってないだろ。
「代わってやろうか?」
なので半眼を向けてやった。
「代わることはできないですけど、義妹にすることならできますよ。そうしますか?」
「ぐ……ジェニファおまえ、俺じゃなかったら告白されたと思って大変なことになってるぞ。きをつけろよ?」
艶然とした微笑にドギマギしながら警告しておいてやる。
ケイが義妹になるってことは、俺と結婚するって意味だからね。
うら若き美人がしれっとそんなこといっちゃいけません。
冗談が通じる男ばっかりじゃないんだから。
「ほんとな、ジェニファに悪い虫がつかないか俺は心配だよ」
「……死ねばいいのに。そしてもう一回、子供からやり直せばいいのに」
ぼそぼそとなんか聞こえない声で呟いてる。
なにさ?
言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。
「で、そのケイちゃんは本当に軍略を学ぶんですか?」
「そのつもりらしい。大陸公用語ちゃんと憶えたらって話だけど」
さすが子供だけあって吸収がはやくて、ぐんぐん憶えてる。
近々のうちに言葉に不自由はまったくなくなるだろう。
で、軍略を学ぶんだってさ。
あいつの頭の中には、ヒノモトの軍略も入ってるからね。それにプラスしてガイリアの軍略だ。
それを十歳から学んでいったら、将来的にどこまで伸びるか、空恐ろしいものがあるよね。
「で、やばめの仕事があるって話だったけど」
こほんと咳払いして、俺は本題に入る。
ロスカンドロス陛下にケイを紹介した翌日、冒険者ギルドから使いの者がきたため急いで赴いたのだ。
かなり厄介な事態が起きたって話だったからね。
「ガイリア周辺の衛星都市でティンダロスが何度も目撃されています。犠牲者もかなり出ています」
「まじか。そりゃたしかに厄介だ」
苦り切ったジェニファの様子である。
そりゃそうだろう。
ティンダロスの猟犬とも呼ばれるモンスターで、本気でものすごく厄介な相手なのだ。
なぜなら、転移魔法を使うから。
なにもない場所から突然現れて、なにもない場所に消えちゃうんだ。
どこに現れるか見当もつかないから待ち伏せもできないし、追い詰めたと思っても簡単に逃げられてしまう。
現れた瞬間を狙って一撃で仕留める、というくらいしか対処法がない。
しかもね、なんか溶解液を吐いてこっちの装備をダメにしちゃうんだよ。
ラストモンスターかよてめーはって怒鳴りたくなっちゃうよね。
その厄介さから、悪魔どもの眷属とまでいわれてる。
「さすがのカイトス将軍やキリル参謀も手を焼いて、今朝になって冒険者ギルドにも依頼が出されました」
「まあ、そうなるよな……」
俺はうーむと腕を組んだ。
ティンダロスを一撃で倒せるレベルの兵士となると、正規軍でも数は限られてくる。
それを、いつ現れるかどこに現れるか判らない相手のために、あちこちの町や村にばらけさせて配置しないといけないわけだ。
そこまでやっても、けっこう見当違いの場所に出現するというね。
「というわけで、ライオネルさんたちにお願いしようかと」
「……カランビットに潜りたい……」
生まれたばかりのカランビット迷宮、俺たち初日に潜ったきりなんだよ?
ルターニャいったりランズフェローいったり、まったく冒険者らしくない仕事をして半年以上も留守にしてたんだよ?
ダンジョンに入りたいよ。
宝探ししたいよ。
「そうですか。無理強いはできませんけど」
ちょっと困った顔だったけど、ジェニファは素直に頷いた。
お、珍しくごり押ししてこない。
「でも村人が何人も犠牲になってるんですよね」
「…………」
「ハイデン農園の従業員の方も犠牲になったとか」
「…………」
「ヨーク孤児院では子供が二人食べられちゃったそうですね」
「…………」
ぽつりぽつりと語りやがる。
くっそ!
そんな話きいちゃったら、俺には関係ないことだなんていえないじゃんか!
「それでもライオネルさんはダンジョンの方が楽しみなんですよね」
「わかったよ! わかりました! 受けます! 受けさせていただきます!」
搦め手にからめとられちゃった。
だれだよジェニファにこんな悪知恵をつけたの。
あ、元からか。
昔っから邪悪だもんなぁ。
信じられるか? こいつの天賦、聖者なんだぜ?
「さすがは人類の希望たる『
にこにこ笑ってるし。
曾孫の代まで遊んで暮らしたってなくならないくらいの貯蓄はあるっての。
でもちょっと前は、金がなくてひーひーいってたからね。割の良い仕事を融通してもらってたんだよね。
恩返しと思うことにするか。
「まずはハイデン農園にいってみるか。亡くなったのが知ってる人だったら、お悔やみのひとつも言わないとだしな」
苦笑して俺は依頼書にサインした。
それにしてもティンダロスか。
あんまり都会に現れたって話は聞かないのに、なんで大都市のガイリア周辺にでてきたんだろうね。
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