第328話 天下の趨勢


 天下分け目の合戦となったカンバラ平原会戦は、カゲトゥラ軍の圧勝で幕を閉じる。


 ミフネ率いるバズン軍はカゲトゥラ陣営に寝返り、サラマンテ軍はダイミョウのマイヅルがカラコールにびびっちゃって降伏した。


 イナリ軍のモリトは最後の方まで頑張っていたけど、総大将がアスカに討ち取られちゃったことで崩壊し、降伏するに至る。


 ナガル陣営全体を見れば、死者は三千人ちょっと。重傷者は一万五千というところで、まさに惨敗だ。


 カゲトゥラ軍は死者七十二名。ミフネ軍は百七名。

 ゼロでは勝てなかったんだけどね。


 ともあれ、ナガル陣営のトップが捕らえられたことで、陣営そのものが崩壊するだろう。


 マイヅル卿も、人質でも領地でも差し出すから命だけは助けてくれってカゲトゥラに泣きついているらしいし。

 まあもともと戦いを好むような女性ではなく、ナガルへの義理立てとして参戦していたって側面も強いだろうしね。


 あんまりやる気のない、しかも弱兵のサラマンテ軍が相手だったから、序盤でミフネ軍が「ラク」に戦えたってのはなかなか皮肉な話だと思う。


「詩作や風雅を好む人じゃからの、今後のランズフェローの文化面を担ってもらおうと、トゥラさまは考えているようじゃな」

「いいと思いますよ。文化や芸術ってその国の宝ですからね」


「ご自身がそちらの方面にとんと疎いものじゃから、文化人は大切にしたいのじゃろう」

「大事なことです」


 リントライトのモリスン王は、文化や芸術を愛したシュモク大公カールスのことを文弱公なんていって蔑んでいたからね。

 そんなことやってるから国を滅ぼすんだよ。


 バズン、サラマンテがカゲトゥラ陣営に編入されたことで、支配域は十州。残りは二州である。


 イナリ州とワリオン州。

 で、イナリ州はダイミョウのモリトが戦死したからさすがにもう戦えない。あとは、後継者が恭順を誓えば完了だ。


 たぶんカゲトゥラは所領安堵という結論を出すと思う。

 後継者がいない場合には、カネツンあたりを領主に据えるかな。ウサミンの弟子たちの中では、とびっきり優秀だからね。


 服装のセンスはちょっとあれだけど。

 兜に、愛っていう飾り文字をつけていたのは、ちょっとびっくりしたけど!


 あ、でもアスカも鎧になんかへんな装飾をつけたがるよな。新調するたびに。

 地味なのが一番だと思うぞー。

 目立っても仕方ないってー。

 



「殺すが良い! 貴様らには武人の心がないのか!」


 皇居フガク城の牢屋でナガルが吠えてる。

 怪我は全部、従軍してるプリーストが癒やしたから元気いっぱいだ。


 けっこう細くて神経質そうな顔立ち。髭があんまりに似合ってない。

 つーか武人の心って。


「負け戦の腹いせにウサミンどのを殺そうとしたくせに……」

「黙れ小童!」


 ぼそっといったら怒られた。

 こいつめんどくせえな。


「立場をわきまえろ、ナガル。ライオネルは我の客人であるし、蓋世の天才軍師として勇名をはせている人間だぞ」


 いらんいらん。紹介の後半いらん。

 普通に友達のライオネルだよろしくね、とくらいのノリで良いんだって。


「は! 中央大陸の人間の力を借りて天下統一か! おめでたいなカゲトゥラ! ランズフェローを乗っ取られるぞ!!」


 ぎゃんぎゃんと頭に響くなぁ。

 声が高いせいか、それとも喋り方がかんに障るのか。


「乗っ取るのか? ライオネル」

「俺はただの冒険者ですよ。なんで国盗りなんかするんですか」


 カゲトゥラと俺は互いの顔を見て肩をすくめる。

 何度もいうけど、俺は政治の表舞台に立つつもりはない。


 ちょっと自惚れれば俺の才覚は都市国家くらいなら大過なく治められると思う。娘たちが協力してくれればね。


 だけどそれって、娘たちを政争の渦中に引き込むってことだからね。

 陰謀と謀略と暗殺と裏切りが渦巻く世界に、あいつらを関わらせたくないんだよ。


『希望』は、いつでも困っている人のもとに駆けつけるよ。国とか領地とか関係ないよ。ってスタンスが良い。


「外国人の戯言など信じられるか! いつ大それた野心を抱くか知れたものではないわ!」


 そういう考え方もたしかにある。

 ランズフェローはランズフェローに住む人々のものだから、その針路について外国人の俺が必要以上に口を挟むべきではないと俺も思うよ。


 だけど、外国人をすべて追い出せってのは偏狭すぎる。

 仲良くできる範囲で仲良くしたって、まったく問題ないって。


 マスル王国を見てみなさいな。人間、獣人、エルフやドワーフの亜人。もう人種のるつぼだから。


「ナガルよ。四州の盟主であったそなたの手腕を、我は評価も尊敬もしている。どうだ? 我に力を貸さないか?」

「断る!」


 間髪を入れずにカゲトゥラの申出を拒絶する。


「敗れたものに手を差し伸べ、仁君にでもなったつもりか!」


 あー、ダメだな。

 この人、絶対に節を曲げないわ。


 危険がありそうな人も物も徹底的に排除する、というのがナザルの考え方なんだろう。きっとね。

 受容と寛容を旨とするカゲトゥラやイングラルとは点対称だ。


 裏切ったから一度は許すけど次は殺す。というのがカゲトゥラの支配。

 裏切る可能性があるから殺す、というのがナガルの支配。


 どっちも殺すことには違いないけど、たぶん両者は交われないし相互理解もできないと思う。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る