第329話 おかえりユウギリ


 ナガルは結局、カゲトゥラに協力することを拒んだ。

 もちろん、その先に待つものを承知の上で。


 サムライの習慣で名誉ある自裁、ハラキリというのをおこなうそうだ。


 自分のお腹に刀を突き刺すんだってさ。

 ものすごく痛そうだけど、苦しみを長引かせないためにカイシャクっていって一撃で首を落としてあげるらしい。


 結局斬首じゃん! って思うけど、国それぞれの流儀だからね。

 俺が口を挟む筋のものじゃない。


 で、その自裁は明日。

 それまでの時間にナガルは身を清め、辞世の句ってのを作るんだそうだ。


 ランズフェロー人の死生観をちょっとだけ垣間見た気がした。彼らにとってどう生きるかのはもちろん大切だけど、どう死ぬかってのはより以上に大事っぽいね。


「ライどの! こちらでしたか!」

「アサマどの、お久しぶりです」


 牢屋を出て、なんとなく城の中庭を散歩していると、ルーベルシーのアサマが声をかけてきた。


 本当に久しぶりだよ。

 ヤマタノオロチ退治以来だもの。


「貴殿をお館さまに紹介したくてな。探しましたぞ」

「お館……ミフネ卿ですか?」

「然り然り」


 ぐいぐいと腕を引かれて客間に連れて行かれる。

 相変わらず強引な御仁だ。

 でもこの強引さが、なんか今はありがたい。


「お初にお目にかかる。貴殿には会ってみたいとずっと思っていたのだ。ようやく思いが叶ったな」


 対面したミフネは四十代後半とおぼしき偉丈夫で、髭はたくわえておらず、黒髪には白いものが混じっていた。


 それだけなら妙でも珍でもない。

 黒髪も黒瞳も、ランズフェローにはいくらでもいるだろう。


 だけど、既視感がある。

 ふーむ。


「どこかで会いましたか?」

「拙者とは初対面だよ。だが娘とはそれなりに長い付き合いだと思うぞ」


 いたずらっぽく笑う。

 娘って、この人ユウギリのお父さんなのか。

 どうりで既視感があるわけだ。


「あれが神職になるときに親子の縁は切れているから、面と向かっては娘ではなく巫女として扱わねばならんがな」


 ちょっとだけ寂しそうである。

 巣立った娘を思う親って、こんな感じなのかな。


「家を出た娘が西大陸の服をまとい、マジックアイテムとおぼしき弓を担いで戻ってきたときは、さすがに驚いたぞ」


 いったいどこまで旅をしてきたんだ、と。

 まあ、大冒険はしました。

 死ぬような目にも遭わせました。すいません。


「今回の合力、ありがとうございました」


 俺は話題を変えた。

 さすがに全裸でショゴスに絡みつかれたこともあるなんて、父親にいえるわけないからね。


「なんの。かえって足を引っ張ってしまったようで恐縮だ」

「事前に連絡を取り合っておけば良かったですね」


 そうしたらあんな賭に出ずとも、ちゃんと連携してナガル軍と戦えただろう。


「下手に連携を取ろうとすると、そこに付け込まれることになる。ライオネルはすべて判っているから小細工は必要ないとユウギリがいうのでな」

「そんなむちゃくちゃな」


 苦笑しか出ないよ。


 ミフネ軍が裏切る可能性は考えてなかったわけじゃない。より正確にいうなら、裏切らせるための方策をいくつも練っていた。

 けど、まさか開戦と同時に寝返るってのは想像の外側だったよ。


 しかも自分たちの身を犠牲にして、敵を道連れにしようなんて玉砕戦法を取るなんて思うわけないじゃん。


「自分の命を粗末にしないでくださいよ」


 つい疲れたようにいっちゃったよ。


「まてー! オシオキだべー!」

「やめてくださいアスカさん!」


 不意に中庭の方から大きな声と、どたどたと足音が聞こえた。


「お尻ぺんぺんの刑に処すー!」

「アスカさんの力で叩かれたらお尻が割れてしまいます!」


「大丈夫! お尻は最初から割れてるから!」

「大丈夫の意味を辞書で引き直してください!」


 大騒ぎである。

 楽しそうだね。

 ほっとこう。


「で、今後の話なのですが」

「この状況を流して良いのかね?」


「いつものじゃれ合いです。おなかがすいたらやめるでしょう」

「そのスルースキル、怖ろしいな」


 怖ろしくない。慣れですよ、馴れ。


 女三人寄ればかしましいっていうけど、うちにはアニータを入れたら七人いるんですわ。

 だいたいの騒ぎは流せるようになるから。


「カゲトゥラ卿の天下には、まだまだ人材が必要です。どうか助けてあげてください」

「むろんそのつもりだ。ヤマタノオロチ退治の立役者が天下人の器を見たのだろう。拙者もそれを信じよう」


 力強く頷くミフネであった。





 これで、ひとまず天下の趨勢は定まった。


 カゲトゥラが大将軍として皇帝ユキシゥラを盛り立てていくだろう。

 そしてセルリカ、ムーラン、ランズフェローの三国が鼎立し、誰も攻め込めないって状況が完成する。


 もちろんどういう風に内政をして、どういう外交を執り行うかは、俺たちの関知するところじゃない。

 カゲトゥラとその幕臣たちが決めていくことだ。


 俺たちの仕事は、終ったのである。


「あとはセルリカを経由してガイリアに戻るだけだな。あ、一応はマスルに報告に寄ったほうが良いか」


 今後のことを考えているとじーっとユウギリが睨んできた。

 もう、穴が開くほどの勢いで。


「なんだユウギリ。アスカに叩かれた尻が痛いのか?」

「もちろん痛いですよ。あとでライオネルさんのお尻にも練習用の矢を撃ち込んであげますね。十本くらい」


「穴があいちゃうじゃん!」

「ご心配なく。穴は最初から開いてます」


 まあお下品。

 そして言ってから顔を赤らめているあたり、じつに奥ゆかしいですね。


「私が訊きたいのは、本当に帰参して良いのかということなんですが」

「良いも悪いもあるか。事情があって一時離脱していただけだろ。事情が解決したなら普通に戻れば良いだけだ」


 俺の言葉に、アスカ、メイシャ、ミリアリアが頷く。

 メグとサリエリは笑っているだけだ。


 うん。いまさら言葉はいらないと思うんだけど、一応ややるようなやつをっておくか。

 ギルドで娘たちが良くやるようなやつを。


「ユウギリ!」

「「おーかーえーりーなーさーい!」」


 俺が声を出すと、娘たちがまるで合唱隊のように手を広げ、節までつけて帰参を歓迎する。

 かーっと真っ赤っかになったユウギリが、両手で顔を覆って部屋から逃げていった。

 笑い声を背にね。

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