第327話 黒と赤


 フレアチックエクスプロージョンの後の雨は四半刻(約三十分)も続いた。

 それは、カゲトゥラのカラコールがミフネ軍に合流するのに充分な時間である。


 それどころか、群がっていたナガル軍を蹴散らして、ミフネ軍を再編させる時間すらあった。

 なんというか、さすが戦神の手腕って感じだよ。


 で、戦闘準備が整っている彼らに、ナガル軍は背中を向けちゃったわけだ。


 話だけ聞くと間抜け極まりないけどね。

 こういう状況になるよう、俺とウサミンが悪知恵を絞りまくったのである。

 ナガルに最善を選択し続けていると思わせるために。


 そして彼は最善の選択として、俺たちの突撃に備えて防御陣形を取った。


「後ろをがら空きにしてのう」


 にっとウサミンが笑ったと同時に、カラコールが突撃を始める。

 最終段階のスタートだ。


 陣形は偃月陣。豪腕アレクサンドラが得意とする最強に攻撃的な突撃陣形である。

 なにしろ総大将自らが先頭に立ち、我に続けー! って突っ込んでいくからね。


 そこで追従しないようなやつは、そもそも総大将の直衛隊に選抜されることなんてないさ。


 しかも今回、先頭を駆けるのは戦神カゲトゥラと闘神アスカ。

 その突破力たるや、ちょっと筆舌に尽くしがたいね。


 カラコールがナガル軍を切り裂いていく。

 おかしな表現だけど、チーズとかバターをナイフで切っていくみたいに、ナザル軍は見事なまでに分断されていくんだ。


 天頂から俯瞰したら壮観だろうね。


 カラコールは黒を基調とした甲冑だし、ナガル軍は赤茶けた色の甲冑を身につけてる兵が多い。


 黒と赤だ。

 コントラストが禍々しくも美しいもの。


 で、カゲトゥラの黒髪とアスカの赤髪のコントラストもあるしね。


 背後から喰らっちゃったマイズル軍は、もう本当にお気の毒としか言いようがない。


 備えていなかった後ろからの攻撃で、ぬかるむ地面で戦いにくい上に、カラコールもそれに続くミフネ軍も、地面なんかまったく気にもとめずに突っ込んでくるんだもん。


 しかもカゲトゥラのインチキなまでの強さと、生きながら伝説になるレベルのアスカの堯勇だ。

 最初の衝突でマイヅル軍の勇気は潰えた。


 サムライなんて勇猛果敢を絵に描いたような人たちなのに、武器を捨てて逃げ出す人が続出する。


 指揮を執るサムライがそんなことになってしまったら、もう兵士アシガルは戦えない。

 音程の狂った叫びを上げて逃げ惑い、つっこんできたカラコールやミフネ軍の槍先に貫かれるだけだ。


 カゲトゥラたちの前には勝手に空白地帯というか道ができていくような感じである。


「海を割ったという聖者の伝説を訊いたことが、それを彷彿させるのう」

「感心してばかりもいられませんよ、ウサミンどの。押し出されたナガル軍がこっちに転がり出てきます」


「そうじゃな。わしらもそろそろ動くとしようか。矢を射て陣形を変えただけで戦が終わってしまっては、将兵もつまらぬじゃろうしの」

「俺的には、ラクで良いんですが」


 微笑して俺は指揮棒代わりの月光を振り上げる。


「全軍突撃!!」


 そして、あげたときの十倍の速度で振り下ろした。






 カラコールとミフネ軍に後ろから、カゲトゥラ軍本隊に前から攻め立てられたナガル軍は、一気に戦線崩壊した。


 なんとか踏みとどまって戦おうとするサムライもいるけど、多くは武器も馬も捨てて投げ出していく。


 兜とかも捨てちゃってるのは、武将首だと思われないためだろう。

 アシガルごときをわざわざ追いかけて殺すような人はいないけど、武将とかだと話は別だからね。


 勝敗は決した。

 もうナガル軍に逆転の目はない。


 このまま掃討戦に移行し、ナガルの首を獲れば戦闘は終了である。

 その間にもけっこう人が死んじゃうから、はやめに降伏してくれるといいなぁ。


 などと考えていたら、ボロボロのナガル陣営からサムライが飛び出した。


 たぶん美しかった甲冑には何本や矢が刺さり、泥だらけの返り血だらけで、兜みなくなって額には血が流れている。

 軍勢に劣らないくらいボロボロだ。


「妖怪ババア! せめてキサマを道連れにしてやる!!」


 血走った目で叫ぶ。


「わしを殺したとて戦局は覆らぬ。その程度のことも判らぬか。ナガルよ」


 やれやれと肩をすくめるウサミンだけど、たぶんナガルは判っているとおもうよ。

 もう負けなのは。


 せめて一矢報いたいってことなんじゃないかな。


「キサマを殺せば虎は翼を失う! 天下統一もできなくなるだろう!!」

「そういう考えだから、汝は天下人の器ではないというんじゃよ」


 勝敗は兵家の常だ。

 百回戦って百回勝つなんてこと、あるわけがない。だから負けるのは仕方がない。


 まあ本来、人の命がかかってるんだから仕方がないで済ませられることじゃないんだけど、こればっかりはどうしようもないことなんだ。


 でも、負けるときに勝者の足を引っ張ろうってのは美しくないな。

 ランズフェローって国のため、民のため、ウサミンの才幹はまだまだ必要だ。いなくなったら困るのは民草なんだよ。


「悔しいから邪魔してやるってのは、子供の駄々と一緒だな」


 迎え撃とうと、俺は月光を構える。

 なにしろウサミンは俺の馬に乗ってるから。


「スネアにゃ~ん」


 横からサリエリのへーっとした声が聞こえたら、ナガルの馬がつんのめった。

 前脚を大地の精霊に掴まれたのだ。


「んな!?」


 ぽーんという擬音が聞こえそうな勢いで投げ出されたナガルが背中から地面に落ちる。


 甲冑とかきてるからね。なかなかの衝撃だったろう。

 気を失わなかっただけでもたいしたもんだよ。


「メグっち~」

「はいス」


 なんとか立ち上がろうともがいてるナガルにメグが駆けより、ぷすっと針を刺す。

 しびれ薬だな。

 たいして時間をおかず、ナザルはくたっと脱力してしまった。


「召し捕っちゃっていいスか? ネルダンさん」

「そうだな、戦後処理のこともあるし、生かしておいた方がいいだろう」


 メグの質問に答える。


「こんな間抜けな捕まり方するくらいなら、殺してやった方が幸せだったんじゃないかのう」


 鞍の前輪で、ウサミンがぼそぼそ呟いていた。

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