第326話 敵は正面だけじゃないよ
「そろそろナガルばらめが、先ほどの魔法がこちらの仕業だと気づく頃合いじゃな」
「ですね。同時に陣形変更は注意をこちらに向けるためだと気づくんじゃないですかね」
ウサミンの言葉に俺は笑顔を返した。
フレアチックエクスプロージョンを人間に使うことはできない。禁呪だから。
まあ、バレなきゃいいって部分はあるんだけど、さすがにあれは人間相手に使うには威力が大きすぎるからね。
だから、ほぼ影響の出ない二町(二百メートル)も上空で炸裂させたのである。
目的はでっかい音でびっくりさせること。
あとは今から助けに行くぞっていう、ミフネ軍へのメッセージね。
でも、いくらカラコールが俊足でも、強くても、ナガル軍が前に立ちはだかったりしたら速度が落ちちゃうからね。
あいつらの注意を本隊に向けさせる必要があったんだ。
それで狙いが明白に判る斜線陣をとってみせた。
「こんなわざとらしく隙だらけな陣形に引っかかるやつがいるかと思ったが、あんがい引っかかるもんじゃのう」
「たぶんナガルって人物の戦術能力は高いと思うんです。そういう人の足もとをすくうには、こんなしょーもないトリックがけっこう効果的なんですよ」
千名をやっつける手に固執するより、一万七千名を殲滅する手に切り替える。
戦術家としては間違った判断じゃない。
この間違ってない判断を引き出すまでが、作戦の第二段階なんだ。
第一段階はフレアチックエクスプロージョンで相手をびっくりさせ、その隙をついてカラコールが突進するってやつね。
ともあれ、こちらを狙わせることは成功した。
でもそれだけだと陣形的にも人数的にも不利なカゲトゥラ軍は負けてしまう。
「まさか本当に雨が降り出すとはのう」
「メカニズムは判らないんですけどね。フレアチックエクスプロージョンを使うと、なぜか豪雨になるんですよ」
前にもこの現象を利用したトリックを使ったことがある。
悪徳の街になっていたガラングランを解放したときだね。豪雨を天の怒りってことにして恐怖を刻み込んだんだ。
大音響と雨ってコンビネーションは、けっこう人間の心にくるものがある。
ナガル本人は、でかい音なにするものぞ、大雨なにするものぞって思うかもしれない。
だけど、頭がそうでも手足がそうとは限らないからね。
大将がすすめーって怒鳴ったって、兵士がうずくまって動けなかったら、話はそこで終わってしまうんだ。
「兵とは、将が考えているよりずっと臆病じゃし、ずっと命を惜しむものじゃて」
ふふんとウサミンが笑う。
自分では邪悪そうに見えるって思ってるんだろうな、きっと。
作戦の第三段階は矢戦。
雨に混じって矢が降り注ぎ、反撃のしようもなくナガル軍が倒れていく。
といってもこっちもちゃんと狙って撃てるわけじゃないからね。こっちから見える混乱ほど損害はでてないだろう。
それより大事なのは、この混乱に乗じてカゲトゥラ軍の陣形を再編すること。
同数とか少数を相手にするときなら斜線陣でいいんだけど、さすがに倍近い敵を相手に斜線陣のままじゃ戦えないから。
「カネツンの部隊は、このまま射撃を継続。ザッキーとトモカは突撃陣形」
「雲龍陣じゃ」
俺の指示を、鞍の前輪からウサミンが補助してくれる。
紡錘陣形の亜種っぽいけど、魚鱗陣形をいくつも重ねて配置してる感じだな。
「先頭が疲れたら後ろのものと交代するのじゃよ」
「で、一番後ろにつく感じですか」
「いきなり見抜かれたの」
むふふと笑うウサミン。
かなりの突破力がありそうだし、長躯もできそうな良い陣形だ。
本来、紡錘陣形ってのは兵の消耗が激しくて、あんまり長距離は移動できないんだ。
こればっかりは仕方ない。
突撃ーって敵陣に突っ込んでいくためのものだからね。
目の前に現れる敵兵はすべて斬る! くらいの覚悟で駆けるんだからそりゃ疲れるよ。
その部分を解決したのが雲龍っていう陣形なんだね。
陣に飲み込んで一番後ろまで下げる。
さながら雲を食べる龍みたいに。
これをウサミンが考えたってことだよね。インディゴ軍法、相変わらず侮りがたしだなあ。
徐々に雨足が弱くなってくる。
フレアチックエクスプロージョンの後の雨は何刻も降り続かない。せいぜい四半刻(約三十分)で止んじゃうんだ。
謎の通り雨現象で、だからこそ不気味だよね。
雨が上がり、ようやくクリアになったナガル陣営の視界に映ったものは、陣形を変え、突撃準備が万端に整っているカゲトゥラ軍の本隊。
雨と矢でさんざん痛めつけられたあとに、この視覚的な効果はでかいと思う。
逃げ出そうとする兵士も、ちらほら見られた。
そしてぬかるみに足を取られて転んだりね。
そりゃあ四半刻も豪雨に晒された地面だもの。どうなっているかは推して知るべしだ。
「逃げるな! このぬかるみだ! カゲトゥラ軍はすぐに突進などできぬ!」
叫んでいる人がいる。
あれがナガルかな?
じつに正しい分析だよ。
ウサミンのいうとおり、無能な人ではけっしてないね。
「全軍、正面の敵に備えて防御陣を組め!」
突撃までにかかる時間を考え、余裕をもって守りを固めていく。
うん。それも正しい。
「敵が俺たちだけだったらね」
俺が唇をゆがめた瞬間。
こちらを向いてしまったナガル軍の後方で喊声があがった。
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