閑話 カンバラ平原会戦
ナガル陣営の真上、上空約二町(二百メートル)でフレアチックエクスプロージョンが炸裂する。
これだけ遠いと衝撃波はほとんど届かないが、大変な爆発音がカンバル平原に響き渡った。
驚いて腰を抜かす兵士、竿立ちになる馬、天変地異だとうずくまって頭を抱えるものなどが続出する。
予備知識なしで大魔法のフレアチックエクスプロージョンを目の当たりにすれば、こうなるのはむしろ当然だ。
事前に説明していたカゲトゥラ軍にも、おもわず身体をこわばらせてしまうものがかなりの数いた。
しかし、そのなかにあって動揺しなかった部隊もある。
ミフネ軍の一部、アサマ隊三千八百名だ。
なぜなら彼らはフレアチックエクスプロージョンを見たことがあるから。
ヤマタノオロチと戦ったとき、あの大怪獣の頭を吹き飛ばしてくれた頼もしい魔法の使い手が誰か、知っているから。
「好機です! 突き崩してください!!」
輿の上に立ったユウギリが激語とともに矢を射る。
十本同時に放たれたそれは、十人の敵兵のラメラーアーマー継ぎ目を正確に射貫き、兵どもの戦闘力を奪っていく。
神業としか思えない射撃に、ミフネ軍が鬨の声をあげた。
防戦一方だったのが一気に勢いづき、衝撃から立ち直っていないナガル軍を押し返していく。
「……長く一緒にいたせいでしょうか。、ライオネルさんが何をして欲しいか、判るようになってきました」
視界の隅で
誰も殺さない場所のでのフレアチックエクスプロージョンは、ナガル軍を驚かせるのと同時に、ミフネ軍へのメッセージだ。
助けに行くからもうちょっと持ちこたえてくれ、と。
「ですが、どうかご無理をなさらずに」
死ぬ覚悟はすでに完了している。
全員が玉砕するつもりだった。しかし、そういう戦い方を続ければ、救援に走っている部隊の邪魔をすることになってしまう。
「戦術変更だ! ゼロで待つぞ!!」
美々しい甲冑に身を包んだミフネが声を張り上げる。
ゼロとは戦死者ゼロの意味。全員が無事に、
それが、カゲトゥラの意気に応える方法だ。
フレアチックエクスプロージョンの炸裂で生まれた奇妙な空白時間。
それを突いてカラコールが動く。
先頭を駆けるのは戦神カゲトゥラと闘神アスカ。
おそらくランズフェローで最強のコンビが愛馬を駆り全速で。追従する黒備えたちはついていくのに必死の形相だ。
「カゲトゥラさま!
「すまんなアスカ! おごってもらって!」
いつもアスカとサリエリが交わす軽口を、カゲトゥラと交わす。
アスカなりの心遣いで、必ず生きて帰ろうね、という意味なのである。
「カラコールが進発しス」
「判った。第二段階だ」
メグの報告を受け、ライオネルが月光を振り上げる。
インディゴ軍一万七千も前進を開始した。
陣形を凸形陣から斜線陣に組み替えながら。
敵との接点を増やして、カラコールを攻撃しようとするナガル軍を減らそうとする狙いが明白な陣形だ。
その分、全体の厚みがなくなり攻撃力そのものも落ちる。
千を活かすために一万七千が危機に晒されるという、かなり無様な選択だ、とメジャーダイミョウのナガルは考えた。
義将カゲトゥラというのはやはり愚かである。
他の州の一万を救うために、自分の州の一万七千を犠牲にしようとしている。
天下人の器ではない。
政とは、つねに大の虫を生かすために小の虫を殺すという選択だ。
そして大の虫というのは自国の民のことである。
もしカゲトゥラが天下人となったら、外国人を助けるために自国民が犠牲になるような政策をとるだろう。そうナガルは考えている。
そんな甘ちゃんに天下は任せられない、と。
他国の民などいくら死んでもかまわないし、最大限に好意的に扱っても道具でしかない。
ミフネ軍を道具として扱ったように。
「そのくらい強い心を持たずに天下に号令できるか」
呟き、さっと指揮棒を振る。
作戦変更だ。
元々は軍の先頭を走るであろうカゲトゥラを討ち取るためのエサがミフネ軍であったが、すこし考えを変えた。
ミフネ軍を助けに走ったカゲトゥラの直衛隊などどうでもいい。先に本隊を潰して、帰る場所をなくしてやろう。
誰でも彼でも助けようとする甘ちゃんの小娘に、行動の代価を支払わせてやろう。
そう判断した。
しかし、ナガル軍の動きは彼の期待を裏切る。
鈍いのだ。
やたらと空を気にしている兵も多い。
先刻のフレアチックエクスプロージョンの影響が強く残っているためだ。
死んだ者もいないし重傷を負った者もいないのに。
「ただのでかい音だ! 臆するな!」
イライラと叱咤するナガル。
ぽつりと、その顔に雨粒が当たった。
みるみるうちに雨足は強まり、一寸先も見えない豪雨になる。
さすがにナガルは困惑した。
つい先ほどまで雲ひとつなく晴れていたのに。
兵士たちが恐慌に陥る。
天の怒りだとか、龍神の祟りだとか、そんな声まで聞こえてきた。
「いったいなにがどうなって……」
呟いた瞬間、斜線陣を完成させたカゲトゥラ軍本隊が、猛然と矢戦を仕掛けてきた。
豪雨の中、防御どころではなく次々と倒れていく兵士たち。
ナガルの頭の中を疑問符が飛び回る。
どうしてカゲトゥラ軍はこんなに落ち着いて行動できるのか。まるでなにが起きているのか判っているかのように。
「まさか……先ほどの音はカゲトゥラ軍の仕業なのか!?」
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