第325話 死なせてなるものか
ナガル軍の陣形が不気味に動き、ミフネ軍を包囲しようとする。
あいつら、ミフネ卿が裏切ることを最初から計算してやがったな。
ミフネ軍を救出するため動けばこちらの陣形は滅茶苦茶になる。はっきりいってナガル軍と戦うどころではなくなるだろう。
それが敵の狙いだ。
義に篤いミフネ卿が、ヤマタノオロチを倒して国を救った『希望』に剣を向けるはずがないということをナガルは判っていた。
だから「裏切りやすい」端に布陣させたのである。
そして義将と名高いカゲトゥラがミフネの危機を見過ごすはずがないことも読んでいるのだろう。
助けるため、カゲトゥラ軍はナガル軍の目の前を横切らなくてはならない。脆弱な脇腹を晒してね。
くそ。でもやるしかない。
きっとミフネ軍にはユウギリも従軍しているだろう。見捨てられるわけなんかあるか。
「カゲトゥラ軍の方々に申し上げます! 来援は御無用にて!!」
と、あれはユウギリの声だな。
目をこらせば、輿の上にすくっと立ち霊弓イチイバルからものすごい勢いで矢を放っている。
「我らはナガル軍を一人でも多く道連れに果てまする! カゲトゥラさまは天下を統一なさいませ!!」
激語だ。
ミフネ軍の一万は最初から全滅する覚悟で戦場に臨んだというのか。
四万マイナス一万でナガル軍は三万になる。そしてその一万のミフネ軍が同数と相打ちになれば、残りは二万。
数の上で拮抗する。
そうなったらカゲトゥラ軍は絶対に負けない。自分たちはカゲトゥラの覇道の礎となろう。
きっとそう考えたんだろうな。
義理に篤い人たちだもん。アサマどのもそうだったけど、自分の命を粗末にしすぎる。
けど! それはカゲトゥラのことも俺たち『希望』のことも舐めすぎだ。
負けそうだから、誰かを犠牲にして勝つなんて、肯んじるわけないだろう!
「助ける!
カゲトゥラ率いる黒備え一千騎が、一矢の乱れもなく紡錘陣形を形成していく。もっとも突破力と速度に優れた陣形の一つだ。
「本隊の指揮はライオネルに任せる。ザッキー、トモカ、カネツン、ライオネルの差配にしたがって動け」
「「ははっ!」」
無茶苦茶な命令なのに、誰一人として逆らわない。
それだけカゲトゥラの薫陶よろしきを得ているってことなんだろう。
そして俺はいきなり一万七千の指揮権を渡されてしまったわけだ。
驚いている暇はない。
ミフネ軍を助けるためにはカラコールの俊足が必要であり、その俊足を最大限に活かすためには、ナガル軍に横っ腹を突かれない作戦が必要になる。
考える時間は小半刻(十五分)ってところか。
やってやるさ。
それしかユウギリを助ける方法がないんだからな。やってやる。
「アスカはカゲトゥラどのと一緒に行け。で、こんな勝手なことをしたユウギリを、お尻ぺんぺんの刑に処してこい」
「了解! ついでに敵兵を五千人くらい吹っ飛ばしてくる!」
どんと胸を叩く闘神アスカだった。
もちろんそっちが目的で、お尻ぺんぺんは言葉のあやだ。けどまあ、アスカなら本当にやるかもしれないけどね。
「サリエリ、いつも通り副将を頼む」
「りょ~」
のへーっと間の抜けた返事が返ってくる。
本当にいつも通りだ。
天頂から俯瞰すれば、カゲトゥラ軍一万八千の凸形陣とナガル陣営四万の横陣がにらみ合っている感じだった。
そこから、俺たちから見て一番左端にいるミフネ軍が裏切ったわけだ。これに対し、待っていたといわんばかりにナガル陣営の三万が襲いかかる。
救出のためには一秒でもはやく来援しなくてはいけないが、一番足の速いカラコールは陣の右端だ。
いっちばん遠いところに位置している上に、最短距離で走ろうとすればナガル陣営の目の前を横切らなくてはならない。
ぶっちゃけ、ただの的である。
「そうなると判っていてもトゥラさまは動く。そういうお方じゃ」
「ですね。そしてそれこそがナガルの狙いでしょう」
カゲトゥラは人を見捨てない。
まして自分のために犠牲になろうなんて連中を、救おうとしないわけがない。間違いなく少数の部隊で突入してくる。
そこを討ち取れば勝敗は決するだろう。
そういう計算だ。
小憎らしいほど効率的で、しかも嫌なところを突いてくる。
「人の心に仕掛ける戦が得意なようじゃの。ナガルという男は」
「それだけに、天下人の器ではないと俺は思いますね」
人で人を釣るような、そんな手を取るの君主だったら俺は嫌だね。
たしかに政ってきれい事だけでは済まないけどさ。
民のことを一番に考えて、貧民や孤児の救済し社会参加させるというのを政策の柱のひとつとしているロスカンドロス陛下のような王様が好きです。
陛下にはどこまでも理想を追いかけて欲しい。
俺たちは市井で、カイトス将軍やキリル参謀長は政府の中にあって、その理想を実現できるように頑張るから。
「したり顔の現実論は、俺たちみたいに軍師がすれば良いんですよ。トップが理想を求めないで誰が求めるんですか」
「青いな。じゃか嫌いではないぞい。さて、作戦は定まったかの」
「こんなのはどうですか? ウサミンどの」
先輩軍師の長い耳に顔を寄せ、こそこそと告げる。
にいっとウサミンが笑った。
「ライオネルの心理戦はナガルのそれより辛辣じゃの」
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