第324話 天下分け目の


 カゲトゥラの支配域はインディゴ、カガン、アマギ、トキオ、ダイン、ダワラン、旗色を鮮明にしていたなかったチリバも恭順を約束したため七州になった。これでランズフェロー十二州のうち、過半数をを手中に収めたことになる。


 さらに好意的な中立であるエゾンを計算に入れれば八州。

 もはや天下の趨勢は定まったといっても過言ではない。


「にもかかわらず、なお戦おうとするか。度しがたいな」


 ナガル卿が発した檄文を眺め、俺はため息をついた。


 曰く、君側の奸を討つ。


 古来から使い古された文言だけど、皇帝ユキシゥラがカゲトゥラの傀儡なのは事実だ。

 ナガルの大義名分は間違っていない。


「しかも、わしらの本質的な支配域は三州しかないからの。いまならナガルの方が有利じゃ」


 相変わらず軍略図の上に立っているウサミンがぴこぴこと耳を動かした。


 三州といってもアマギはまだ内情が安定していない。

 だから天下取りを始めたときと戦力はイコールなのである。


 ウサミンの言うとおり、今ならね。


 時間の経過とともに安定に向かうし、そうしたらテマンサやホウコウだって兵を出す余裕が出てくる。

 戦うならたしかに今しかないんだ。


「戦うだけなら、ですけどね。その後どうするつもりなんですか? 彼らは」


 勝ったとしてもそれで終わりじゃないんだ。

 仮にカゲトゥラを戦場で倒した場合、求心力を失ったカガン、トキオ、ダワラン、ダインは勝手に動き始めるだろう。


 それを各個に撃破して、平定していくだけの戦力がナガル陣営にあるとは思えない。

 ましてカゲトゥラとの戦いの後だ。どれだけ残るか。


 つまり、勝ったとしてもそこで手詰まりなのである。決戦を挑む意味がまったくない。


「わしらとは違う計算用紙を使っているのじゃろうよ」


 素っ気なく答えて、巨大な軍略図の上を歩き回るウサミン。

 このあたりの切り替えは見事だよね。


 相手の事情なんて忖度しない。

 今起きている事態を単純化して要点だけつかみ、対応策を講じる。


 俺なんかついつい余計なことを考えちゃうから、やっぱり大先輩の足下にも及ばないと感じるよ。


「おそらくこのあたりが決戦場になるじゃろうな」

「カンバラ平原、ですか」


 ウサミンが扇子で指した地名を読み上げる。

 たしかに重要なポイントだ。


 ここを取れば、ナガル陣営はトキオ州まで一直線に進める。是が非でもキープしたい場所である。


 まあ、大きく北側まわりで、カガン、アマギを抜いてトキオに至るってルートもあるけど、さすがにそんな無意味な遠回りをする意味がないからね。


「ナガルの戦力は四万といったところかの。一州一万ずつの計算で」

「限界ぎりぎりできますかね」


 ウサミンの予測に俺は首をかしげた。


 アマギ州のザーナ卿は二万を動員したが、自領での防衛戦だからできた話なんだよね。

 外征に避ける戦力は、本来その半分もない。


 総兵力の三割も出したらせいぜいだろう。


 しかもそれで負けたら、軍の再建はかなり厳しい。頭を抱えるなんてレベルじゃないくらい厳しいんだ。


 ナガル卿のワリオン州、モリト卿のイナリ州、マイヅル卿のサラマンテ州、そしてミフネ卿のバズン州。

 それぞれ一万を動員するとしたら、国元にどれだけの兵力が残るかって話。


 かなり厳しいんじゃないかな。

 補給の問題だってあるしね。


「腹をくくっているのだろうよ。これが天下分け目の合戦になると」


 むふーとウサミンが不敵な笑みを浮かべたが、あんまり兎人に似合う表情じゃない。


 軍師の大先輩であり、人生の大先輩でもあるウサミンには悪いが、めんこいだけである。






 カンバラ平原に布陣したカゲトゥラ軍は一万八千。

 こっちも動員限界ぎりぎりだ。


 しかもこの他にブリースト隊が二千とか、斥候隊が五千とか、輸送部隊が運んでいる物資が十五万人分とか、頭のおかしい編成なのである。

 兵士たちは食事や怪我の心配をしないで思いっきり戦えるけどね。


 この戦闘部隊一万八千で凸形陣を構成している。

 カラコールの一千名は右翼に配置され、いつでも飛び出せる構えだ。


 対するナガル陣営は工夫もなにもない横陣に見える。

 四万もいるんだから凹形陣で半包囲か、あるいは鶴翼で縦深陣に引きずり込むか、いくらでもやりようがあると思うんだけどな。


「なにを考えているのか」

「ちと不気味じゃのう。ナガルという男は、わしの見るところそう無能ではないのじゃが」


 俺の馬の前輪、ウサミンが腕を組んだ。

 このまま前進して横陣の真ん中に穴を開け、左右どちらかに回り込んで端から潰していく。そんな雑なやり方で勝ててしまう。


「あるいは双頭の蛇とか?」

「自ら軍を進めておいて、いまさら機動防御陣をとるかのう」

「ですよね」


 双頭の蛇ってのはべつに難しい陣形じゃない。

 横陣や長蛇の陣と見せかけて敵に先制させ、ぶつかった部隊が足止めしている間に二つの頭でそのまま包み込んでしまおうって戦法だ。


 先制させなきゃいけないってのが、使いづらいんだよね。


「仕方がないのう。ナガルの思惑が不気味ではあるが、前進するしか……」

「皆のもの! 報恩のときは今ぞ! このときミフネ軍はカゲトゥラどのに臣方する!!」


 ウサミンが指示を出そうとしたその瞬間、ナガル陣営の一番右側で喊声があがった。

 ミフネ軍の裏切りである。


「しまった……!」

「ナガルめの狙いはこれじゃったか!」


 味方が増えるのは嬉しいことなのに、俺もウサミンも無念の臍をかんだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る