第323話 サムライの幕引き
勅令が布告されて数日後、ダイン州のテマンサ卿がフガク城に参内した。
皇帝の居城、つまり皇居なんだけどあんまり大きくもないし立派でもない普通の城だ。
フージミー卿の居城のトキオ城とまったく変わらない。
さすがに体裁が悪いんで、ランズフェローの皇帝が住まうにふさわしい城を造ろうって話になっている。
「お久しぶりです。義姉上さま」
そういって挨拶したテマンサは俺と同年配の女性だった。
カゲトゥラもダイミョウとしてはかなり若いけど、それよりさらに若いって、ダイン州は大丈夫なんだろうか?
領主とか国王って、ある程度は年齢も大事だからね。
若いってだけで舐められるものだから。
もちろんそれを吹き飛ばすくらいの能力があれば話は別で、カゲトゥラなんかはそういうパターン。
ウサミンっていう名軍師がいるってのも大きい。
カゲトゥラを義姉と呼ぶということは、なにがしかの関係があると思うんだけど、それ以上に気になることがある。
なんでこの女、白装束で参内してんだ?
ランズフェローの死に装束じゃん。これって。
「遅参の段、この命のみにてお許しいただければ幸いです」
そういって平伏する。
なるほどね。命を差し出すから家臣や領民は害さないでくれってことか。
でもカゲトゥラって無益な殺生をしないと思うんだけどな。
「誰が義姉か。このお調子者め」
「ひどい! 義姉妹のちぎりをかわしたのに!」
「してなどいない。そなたが一方的に吹聴して歩いているだけだろうが」
「義姉さまって呼んでも良いですかって手紙に書きました!」
「ばかばかしくて返事もしてないな」
「沈黙は了承です!」
苦虫を噛み潰したようなカゲトゥラの顔だ。
うん。なんか短い会話でテマンサの為人が判ってしまった。たしかにお調子者だわ。
ただ、カゲトゥラに対しての敵意はなさそうだな。
なんでホウジョウ陣営についてたんだ?
そう思って軍略図を思い出してみれば、地理的に仕方ないのか。
アマギ州とダワラン州に挟まれてるから、カゲトゥラにつこうとしたらすぐに潰されてしまう。
アマギが陥ちた時点で寝返っても良さそうな感じだけど、きっとホウジョウ陣営に睨まれていたからできなかったんだろうな。
それで駆けつけるのがこんな時期になってしまったと。
「で、その服装はなんの茶番だ? そなたを斬れば良いのか?」
カゲトゥラがカタナに手をかける。
「いや! ちょっとまって! ここは私の覚悟に感動して許す場面じゃないかな!」
両手を前に出してぶんぶんと振る。
本当に、なんだよその茶番は。
「そもそも、遅れてきたから罰するなんて、するわけないだろうが」
「そうなの?」
「勅令のどこにそんな記述があったか、よく思い出してみろ」
でっかいため息をつくカゲトゥラ。
なんで手紙の返事を書かなかったか俺にも判ってきたよ。
この女、思い込みが激しい上に自分の中でストーリーを完成させて突っ走るタイプだ。
「リノンの苦労が忍ばれるな……」
ぼそっと呟く。
テマンサの乳姉妹で、一時はインディゴに留学して軍学校に通っていたんだそうだ。当時から俊秀の誉れ高かったんだけど、いまはテマンサの参謀をやってるんだってさ。
横に座ってるウサミンが教えてくれた。
サマンサにはもったいないほどの人物らしい。
ちょっと失礼である。肯定も否定もしないけど。
「所領は安堵する。ランズフェローのため、民のため、力を尽くせ」
「おねえさまだいすき!」
「帰れ帰れ」
面倒くさくなったのか、しっしっと手を振るカゲトゥラだった。
なんというか、彼女って変わった人に好かれるよね。
皇帝ユキシゥラといいテマンサといい、地位がある人ばっかりだから大変そうだなぁ。
そして、テマンサの降伏によって趨勢は定まった。
ダワラン一州でカゲトゥラ陣営に対抗することはできない。ここまで弱体化してしまったら、ナガル陣営との同盟も不可能だ。
もはやホウジョウに残された道は、最後の一兵まで徹底抗戦してから滅びるか、膝を屈するか、二つに一つしかなくなったのである。
もちろん前者はない。
それを選択した場合、俺たちが手を出さなくても勝手にホウジョウは自壊するだろう。
いくらランズフェローが忠義の国とはいえ、絶対に勝てない戦いで死ねと命じるダイミョウに唯々諾々と従うほど、サムライも民草も愚かではない。
ダワランからの使者が訪れたのは、テマンサの来訪からさらに数日が経過してからだった。
使者の名前はホウコウ。ダワランの新しいダイミョウらしい。
「こちらは、父からの詫び状と遺髪です」
面会したカゲトゥラに、手紙と白い髪で束ねられた黒髪を差し出す。
ホウジョウは自害した。
後事を息子に託し、未来をカゲトゥラに委ね。
「……愚かな! ホウジョウ卿の覇気も知謀も、これからのランズフェローに必要なものだろうに!」
「察してくだされ、カゲトゥラ様。長年の敵手であるあなたに、父はどうしても膝を折ることができなかったのです」
カゲトゥラの主導権を認めればダワラン一州は安堵される。
それはホウジョウにも判っていた。
だが、だからこそそれを選べなかったのである。
それこそサムライの意地だ。
「父の意地でした。詫び状にはダワランを譲る旨も書かれているはず」
「そうか。だが受け取れん」
カゲトゥラは席を立ち、ホウコウの元まで歩を進める。
そして手紙と遺髪を手渡した。
「ホウコウ卿。我に後悔があるとすれば、この国の未来についてもっとよくホウジョウ卿と話し合えば良かったということだ。同じ後悔をさせてくれるな」
「カゲトゥラ様……」
「あなたは自害などするな。ダワランはホウコウ卿に任せる。良い土地にしてくれ」
肩を叩く。
今度こそ一緒に同じ未来を見よう、と。
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