第322話 少年皇帝


 ランズフェロー王国第百四十代の皇帝、ユキシゥラは少年だった。

 まだ十三才だってさ。


「なんの実権もなく、フージミーに養われている穀潰しじゃ。ときどき朕は皇帝なのか居候なのか判らなくなる」


 とは、皇帝自身の言葉だ。


 十三才とは思えない落ち着きと達観で、年齢よりもずっと老けてみえた。

 見た目そのものは黒髪黒瞳の典型的なランズフェロー人で、子供らしい容姿なんだけどね。


「言葉を飾らずにいうと、名目だけの君主というのは変わりませぬ。ですが、無為徒食に甘んじていただくというわけにはいきません」


 トキオ州にある皇帝の居城に参内したのは、カゲトゥラ、ウサミン、俺、そして護衛としてアスカだ。

 さすがに大人数でぞろぞろ押しかけるのも失礼だからね。


「名目分くらいは働けということだな? 望むところだ」


 カゲトゥラのぶしつけな言葉に、むしろユキシゥラは嬉々として応える。

 政治の勉強をしたり武術を習ったりしても、まったくどこにも使いどころのない日々って退屈なんだってさ。


「そなたらもやってみると良い。わりと地獄だぞ」

「ですがその地獄は、民草が無益な戦で死んでいくことに比べれば、勝ること幾万倍です」


「つまりトゥラは、退屈な地獄に戻るため、朕に頑張れというのだな」

「君主など、暇で死にそうなくらいがちょうど良いのです。それが天下太平というもの」


「あい判った。すべて片付いて平和が訪れるまで、朕は全力でトゥラの傀儡となろう」

「恐悦至極」


 きっぱりとユキシゥラは宣言し、俺たちは一斉に頭を垂れた。

 子供だけどなかなかの人物だね。


「そして事がなったら結婚してくれ。トゥラ」

「……おいエロガキ。どういう思考ルーチンをたどってそのセリフを吐いたかいってみろ」


 そしてとんでもない発言をしてカゲトゥラを怒らせた。


 やばいってカゲトゥラ、言葉遣い言葉遣い。

 その子、君主だから。皇帝だから。


「一目惚れした。だが朕にはまだトゥラの歓心を買うだけの実績がない。なれば役に立つところを見せるのが近道であろう?」


 滔々と答える。

 間違ってない、とは思うんだけどね!


 計略というのは胸に秘すものですよ、皇帝陛下。これ軍師としてのアドバイスね。


 盛大なため息をつくカゲトゥラ。

 まあ、子供ってのは大人の女性に憧れる時代があるものだからね。

 はしかみたいなものさ。


 やれやれとカゲトゥラが肩をすくめた。


「わかったわかった。主上が大人数え十八才になって、それでも我を想っていたなら結婚してやろう」


 だから彼女の言葉は本気というより、子供を諭すためのものだ。

 俺が娘たちに言うような感じ。


 どうせ一過性のものだからね。そのうち、本当に好きな相手ができたら今の気持ちなんて忘れてしまうものさ。

 そう思って俺は微笑したのだが、同行者たちの雰囲気は違っていた。


 ウサミンはあちゃーって顔で頭を抱えてるし、アスカは会心の笑みで親指を立ててる。

 そしてなぜかユキシゥラもアスカに向かって親指を立ててみせた。


 なにやってんの? あんたら。





 勅令が出た。


 ランズフェロー王国の政務を代行する大将軍にカゲトゥラを任命したから、すべての国民は彼女の差配に従いなさい、という内容である。


 なんの実権もない皇帝ユキシゥラの勅令に何の意味があるのかって思う人もいるだろうけど、じつはすごく重たい意味があるんだ。


 大将軍カゲトゥラが出す降伏勧告に従わないってことは、逆賊とみなされるんだよってこと。

 正史にもそう書かれる。


 ダイミョウは逆賊、軍隊は賊軍。その州の民は逆徒。

 この認識に耐えられる人って、かなり強いメンタルだよ。


 無頼漢とか呼ばれて後ろ指指されることも多い冒険者だけど、べつに犯罪者として追われているわけじゃない。

 もし国から逆賊の党与とみなされてしまったら、公然と差別されるようになるわけだ。


 罪人の家族が周囲からどういう扱いを受けるかって想像してもらえば判りやすいかな。

 俺だったら国を捨てて、他の国に逃げちゃうね。


 でもそれって根無し草の冒険者だからできることで、先祖代々この地に住んで愛着がある人たちができるかって話さ。

 そして領民にそんな思いをさせることを、ダイミョウが肯んじるかって話さ。


「これで、勝ち目のない戦いしなくて良い大義名分ができるわけじゃな」


 にやりと笑うウサミン。

 負けると判っていても戦わなくてはいけないときがある。それがサムライの意地だとするなら、その意地に風穴を開けるのがこの一手なのだ。


 その意地を通しちゃったら、一族郎党、民草にいたるまでつらい思いをしちゃうよ、と。


「悪辣ですねぇ。ウサミンどの」


 まさか意地のために領民を巻き込むわけにはいかない。

 仮に、それでも意地を通そうとしたら家臣たちが黙っていないだろう。あるいは領民が反乱を起こすかも。


 そんなリスクは普通とれないからね。

 本当は降伏なんかしたくないけど、民たちのことを思えば降るしかない。という理由で降伏する。


 サムライの意地がーって言われても、自分の意地より民が大事って言い訳できるもん。


 このためにウサミンはトキオ州と皇帝を身柄を押さえたわけさ。


「まさに悪の大軍師」

「そんなに褒めるでない。照れるじゃろ」


 人の悪い笑みを浮かべる。

 まあ、お人好しの軍師なんて、おおよそものの役に立たないからね。

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