第321話 サムライとは意地で生きるもの


 インディゴ州からアマギ州をこえてトキオ州へ。

 アマギの内政を安定させるための代官が到着するのを少し待ったけど、それでも半月のうちにトキオに至ることができた。


 代官を務めるカゲショウって人物はカゲトゥラの弟で、けっこうというか、かなりできた人物である。


 俺ともすぐに打ち解け、ことが落ち着いたらガイリアにも遊びにくるって約束もした。

 大陸公用語でシャドウビクトリーって名前も、なかなか格好いい。


 ちなみに、カゲショウの他にもインディゴはかなり人材が豊富で、一州を大過なく統治できるような政治家タイプから、一万くらいの軍勢なら問題なく指揮できるっていう指揮官タイプまで、ごろごろいる。


 そういう人材を育成するためにインディゴ軍学校ってのがあるんだってさ。

 もちろん創立したのはウサミンだ。


 だからなのか、インディゴの士官たちはみんなウサミンのことを師匠とか先生とかお師さんって呼ぶ。

 慕われてるよなぁ。


 俺も母ちゃんじゃなくて先生とか呼ばれたい!


 で、ウサミン塾……じゃなくてインディゴ軍学校出身者でも、とくに戦闘能力が高い連中を選りすぐって作ったのが「毘沙門天の車懸かりカラコール」。カゲトゥラの直衛を務める黒備えの部隊である。


 その戦闘力は「ルターニャの七百」に迫るものがあるようにみえた。

 普通にやばいよね。


 さらに、インディゴ州は生産力が馬鹿高くて、遠征軍に間断なく物資を送り続けてもびくともしないんだ。

 盟友であるカガン州の生産力もものすごく高いし。


 いつでも天下取りをスタートできる環境だったのに、内政にパワーを注ぎきっていたから、金も糧食も物資も余って仕方がないって状態なんだよね。


 そんで余った分を領民に還元していたから、ますます経済はまわるし、どんどん人は増えるし、ずんずん開拓は進んでいくって好循環がずっと続いてる。


 ウサミンが発破をかけ続けても、民草や兵士の犠牲を嫌うカゲトゥラは動こうとしなかった。

 俺たちが現れなければ、ずっと眠った龍のままだったろうってウサミンが言っていた。





 トキオ州では戦いがなかった。

 この地を治めるダイミョウ、フージミー卿は戦うことなく降伏したのである。

 皇帝を絶対に害さないって条件でね。


 ホウジョウに陣営に与しているとはいえ、皇帝にすごく忠義を尽くしている家なんだそうだ。

 もちろんカゲトゥラに皇帝を害するつもりはないから、条件は簡単にすりあわせが済み、トキオ州はカゲトゥラ陣営に組み入れられることになった。


 ダイミョウのフージミー卿はそのまま据え置き。

 所領安堵っていうんだってさ、ランズフェローでは。


「インディゴ、カガン、アマギ、トキオ。好意的中立としてエゾン。悪くない流れですのう」


 軍略図の上をとてとて歩きながら、ウサミンが駒を置いていく。

 天下の大略を話してるのに、なんかなごんじゃう光景である。


「カゲトゥラ陣営が強くなった分、ホウジョウ陣営は弱体化しましたね。降伏勧告してみますか?」


 俺も図の上に駒を置いた。

 ホウジョウ陣営は本拠地のダワラン州とテマンサ卿のダイン州を残すのみ。


 戦力的に、もう勝負はついたも同然である。

 降伏勧告を出して良い頃合いだと思う。


 しかしウサミンは首を振った。


「ライオネルはサムライというものの本質をまだ判っておらぬ」

「本質ですか?」


「人間とは利で計り、義を名文として、情で動くものじゃ。ところがサムライは意地で生きとるんじゃよ」

「難儀な生物ですねぇ」


 思わず俺は両手を広げてしまった。

 だって勝ち目のあるなしで判断しないってことだもん。


 もはやホウジョウに勝ち目はない。戦い続けたとしても終末を先送りにしているだけで、政治的にも戦略的にまったく意味がない。


 ここから逆転の目があるとすれば、ナガルと手を結んで南北からカゲトゥラを挟み撃ちにするってことくらいだけど、その交渉はまず間違いなく上手くいかないんだよね。

 だって、お互い相手の戦力をアテにしてるだけなんだもん。


 どうぞどうぞって譲り合って(押しつけあって)いるうちに、ホウジョウが敗北するのは火を見るより明らかだよ。


「ホウジョウにしてみれば弓矢の意地にかけて、わしらに降伏などしないだろうよ」

「では戦いますか?」


「慌てるでない。将を射んと欲すればまず馬を射よ、という言葉もあるぞ」

「なるほど、この場合の馬はテマンサ卿ですか」


 俺の言葉にウサミンがにやりと笑い、駒を動かした。

 ダイン州に。

 しかし軍隊の駒ではない。


「使うのは、この駒じゃな」


 皇帝の大駒である。


「うっわこの兎婆、皇帝陛下まで駒扱いだ……」


 カゲトゥラ卿が微妙に、というかかなり露骨に引いてる。

 こくこくとアスカやミリアリアが頷いた。


 まあ俺たちに当てはめて考えれば、ロスカンドロス国王陛下を駒として外交に使うってことだからね。


 臣下の礼って言葉がはるか空の彼方に飛んでっちゃってる。


 ただまあ、それが軍師ってものだから。

 兵の命も将の命も、もちろん自分の命すらも駒として考えて勝利の道筋を立てるんだ。


 他人の目には、血も涙もないとか、人の心がないとか、そんなふうに映っちゃうことがままあるけどね。


「はっはっはっ、トゥラさま。そのために皇帝陛下を擁立するのですぞ」


 ウサミンの方は引かれてもどこ吹く風。

 鋼のメンタルである。


 

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