閑話 ニンジャ襲来
神の心、悪魔の軍略。
後世、カゲトゥラが奉られることになる異称であるが、じつは後半部分は間違いだ。
軍略に関しては、彼女は完全に軍師のウサミンに任せきりで、提案に頷くのが自分の仕事だと思っている節すらあったのである。
そして前半部分だが、これは完全に正しい。
カゲトゥラが率いるインディゴ軍が外征するとき、あからさまに過大な量の糧食や物資を持っていったし、信じられない数のプリーストも従軍させた。
余剰物資は近隣の町や村に無償で配布し、負傷者は敵味方を問わず治療する。
それがインディゴ軍のスタンダードだっため、そんな異称が生まれたのである。
「兵は不祥の器だ。本当は使わない方が良いに決まっているが、それでもやむを得ない戦もある。しかし、なるべく人死には減らしたい」
「立派な考えだと思いますよ。矛盾もしていますが」
アマギ州攻略の後、カゲトゥラとライオネルが交わした言葉である。
敵に反撃不可能なだけのダメージを初撃で与え、電撃的に勝利をもぎ取る。それがカゲトゥラの戦い方だ。
しかし、反撃不可能な大打撃というのは、まず膨大な戦死者を出すということ。
死なせたくないから殺す、というのは大いなる矛盾だろう。
ただ、戦いが長引けばもっと多くのものが死ぬ。
結局選ぶしかないのである。戦うと決めた以上は。
「そなたも笑うか。ライオネルよ」
「笑いませんて。立派だって言ったじゃないですか」
拗ねたような顔のカゲトゥラにライオネルが苦笑する。きっといつもウサミンに絞られているのだろうな、と。
主君を諫めるのも軍師の仕事だから。
「あいつ、ちっこいくせに怖いんだ」
「それを俺に愚痴ってどうす……」
「母ちゃん! あぶない!」
会話を遮ったアスカが鋭く七宝聖剣を振えば、きんと甲高い音とともに両断されたなにかが地面に落ちた。
「十字型のナイフ?」
どこから攻撃された、ということより、見たこともない武器に興味を示してしまうライオネル。
のんきさに娘たちが笑う。
「手裏剣だよ。ニンジャたちの武器だ」
「出てきたら? 気づかれていないと思ってるわけじゃないでしょ」
カゲトゥラが説明し、アスカが誰もいない空間に話しかけた。
ややあって、ゆうらりと大男が姿を現す。
背の高いライオネルよりもさらに拳一つほど高く、筋骨隆々で、貌には凶暴な笑みが張り付いていた。
メグの隠形とも、サリエリのインビジブルとも違う。
姿も見えず音もなく気配すら感じなった。
「なぜ気づいた? 小娘」
「勘」
「勘で忍術を見破る人間がいるものか」
憎々しげに吐き捨てる。
アスカが微妙に困った顔をした。
彼女の場合、勘と言ったら本当に勘なのである。
野生と言い換えてもいい。
もともと言語化能力が低いので説明できないが、仮に理路整然と説明したところで余人には理解できないだろう。
臨戦状態のアスカは極限まで研ぎ澄まされており、空気の揺らぎ一つすら彼女の目から逃れることはできないのだ。
「カゲトゥラどの。お命頂戴いたす」
しゅっと大男の姿が霞み、次の瞬間にはなぜか元の位置に立っていた。
「させないよ!」
そしてアスカが、大男とカゲトゥラの中間地点に佇立している。
一撃でカゲトゥラを止めようと突進した大男の前にアスカが立ち塞がった。解説するとそれだけのことだ。
「『希望』のアスカ」
名乗る。
敵手として認めたと宣言するように。
「ホウジョウのフーマーだ。刻んでおけ」
どうしてか苦い笑いを浮かべ、大男も名乗り返した。
「
フーマーの左手から炎が伸び、まるで鞭のようにアスカに襲いかかる。
見たこともない攻撃に少しだけ驚いたアスカだったが、ぐっと間合いを詰めた。
鞭というのは間合いが開けば開くほど動きが読みづらく危険なのである。
「疾っ!」
「くっ」
二転三転と蜻蛉を切ってフーマーがアスカの一撃を避けた。
が、一手また一手と追い詰められていく。
さすがに一騎打ちでアスカに勝てる剣士はそういない。さらに得物のリーチの差もある。
アスカの七宝聖剣より、フーマーのカタナはだいぶ短い。
それを逆手に持っているから、攻撃範囲はさらに狭まっている。
炎や、キリのようにとがった氷などが散発的にアスカを襲うが、くると判ってれば避けるのは難しくないようで、決定打にはなっていない。
「あいつ、魔法使いなのか」
「いや、あれは魔法ではなく忍術だな」
並んで馬を立てたライオネルとカゲトゥラが言葉を交わす。
後者はともかく前者は足を引っ張るだけなので、援護することすらできない。
見ているしかないのだ。
「
地上での斬り合いは不利と思ったか、フーマーは空を飛んで先ほどの手裏剣を間断なく投げつける。
危なげなくアスカは弾いてるが、空中の相手を攻めあぐねているようだ。
「いや、魔法だよなあれ。飛んでるぞ」
「忍術だな」
「なんでもそれで片付けようとしてませんか? カゲトゥラ卿」
胡乱げな目でカゲトゥラを見るライオネル。
じつはお前もよく知らないんじゃないか? と、表情が語っている。
「剣に宿れ機転の閃き! 其は朋友メグの力なり!」
次の瞬間、アスカの姿はフーマーの目の前にあった。
「な!?」
驚く暇もあればこそ、不安定な空中ではアスカの斬撃を回避できるはずもなく、ばっさりと袈裟懸けにされる。
そしてそのまま、どちゃりと地面にに落ちた。
アスカの方は、とんっと危なげなく着地し、メグの方に親指を立ててみせた。
「だから、オレの技は瞬間移動じゃないんスけどね」
肩をすくめる斥候である。
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