第320話 化身
シノ平原の戦いは、結果からいえば一日で終わった。
俺が奇策を巡らす余地も、ウサミンの知謀が冴える余地もなかった。
紡錘陣形で突撃するカゲトゥラ隊によって、ザーナ軍二万は文字通り蹴散らされてしまったのである。
三段の防御陣を敷いて攻勢を受け止め、最終的に縦深陣に引きずれ込もうっていうザーナ軍の戦略構想は間違ってない。
布陣もまず見事なものだった。
堅実で隙がなく、理に適っている。
遠望したとき、苦戦するかもしれないなって思ったんだよ。
でも蓋を開けてみたら、ザーナ軍の陣形はまったく機能しなかったのである。カゲトゥラ突撃隊が強すぎて。
五千はいたと思われるザーナ軍の第一陣は衝突と同時に粉砕された。
木っ端みじんという表現を軍隊に使うのはおかしいと思うんだけど、そうとしか表現できない。
一瞬で第一陣を蹴散らした突撃隊はその勢いのまま第二陣に迫り、これもドカンと吹き飛ばしちゃった。
一千騎のカゲトゥラ隊が、あっという間に一万の軍勢を無力化してしまったのである。
こうなったら、もう戦うどころではないね。
櫛の歯が抜け落ちるようにザーナ軍の将兵が逃げ始める。
第三陣なんて戦う前に半分以上いなくなってしまった。
「うちのアスカが強いのはいいとして、カゲトゥラ卿の強さはちょっと意味不明すぎるな」
大太刀の一振りで敵兵が三人四人とまとめて倒れるのだ。
なんだそれ、って素で言っちゃったよ。
「あの方にはビシャモンという神格が宿っているからですわ」
解答をくれたのはメイシャである。
まえにユウギリがやろうとした神降ろしではなく、生まれたときからビシャモンという神の魂を宿しているんだそうだ。
「化身とよばれる存在ですわね」
「それでメイシャは、なんとなく隔意ある態度だったんだな」
「バレておりましたか」
ぺろっと舌を出してみせる。
善神側とはいっても至高神とは別の神だからね、敬虔な信徒であるメイシャとしては親しく交わる気にはなれなかったのだろう。
ともあれ、カゲトゥラの活躍はすさまじく、アスカの堯勇すら霞んでしまいそうだった。
「霞むどころか、戦神たる毘沙門天の横で戦い、なお存在感を放っているのう。闘神アスカとはよくいったものじゃ」
俺が騎乗ってる馬の鞍の前輪に座ったウサミンが笑う。
兎人のおばあちゃん、小さすぎて馬に乗れないのだ。
普段戦場に出るときは、屈強な兵士四人が担ぐ輿に乗ってるんだってさ。
「好きにやらせるしかないとウサミンどのがいったのはこのことだったんですね」
「んむ。我が主君ながら用兵家泣かせの才じゃでな」
ぴこぴこと扇子を振る。
まあなー、あんなバケモノを基準に作戦は立てられない。
ていうか作戦いらない。
突撃ー! どかんどかんどっかん、敵全滅ー!で、戦終わっちゃう。
「敵の矢弾はなぜかかすりもせず、三太刀で七太刀の攻撃。ずっとトゥラさまの
「でも、ウサミンどのが鍛え上げたから突撃隊の兵士たちは遅れないし足も引っ張らない」
俺の言葉にウサミンが肩をすくめた。
それに気づきよる汝も只者ではないがな、と。
いくらカゲトゥラが怪物でも、他は普通の人間だ。殺せば死んじゃう。でもカゲトゥラ突撃隊は戦闘開始から、ただの一人の脱落者も戦死者も出していない。
それこそがインディゴ軍法の凄味だろう。
どう戦えば主君の邪魔をせず、かつ自分が生き残れるか、ちゃんと薫陶が行き届いている。
ザーナ軍の兵士たちも不運だったが、最大級に不運だったのは総大将のザーナ卿だろう。
二万の軍勢で、きっちりとした防御陣を敷いて迎え撃ったのに、戦略も戦術も工夫ないただの騎馬突撃で負けてしまった。
千名の部隊に。
槍を構え、憤怒の形相で突っ込んできた姿を見たとき、なんか同情しちゃったわ。
「トゥラの小娘! キサマは武人にあらず!!」
という叫びも、本当にもっともだよ。
戦術的には、作戦的には、あきらかにザーナ軍の方が上なんだもん。
それがさ、ほぼ個人的な武勇でひっくり返されたら、叫びたくもなるって。
「笑止! 徒に戦闘を長引かせ、多くの血を流させることが武人の心得か!!」
同じように突進したカゲトゥラが大太刀を振るえば、構えた槍ごとザーナ卿が両断された。
それで終わり。
総大将が討ち取られたザーナ軍は降伏するか逃げるかしていった。
こうしてシノ平原の戦いは、あっけないほどあっさりと幕を閉じる。
ザーナ軍の死者は二千人くらい。負傷者は一万人近く。インディゴ軍のそれはゼロ。
本当に一方的で、これを戦と呼んでいいのか俺としては大いに疑問だよ。
で、敵の負傷者たちはインディゴのプリースト隊が癒やしている。
なにがすごいって、インディゴ軍にはプリーストが二千名も従軍してるってこと。
ビショップ級なんて実力者はいないみたいだけど、それでも出会ったころのメイシャ程度の回復魔法は使える感じ。
それが二千だもの。
州にいるプリーストを全部かき集めたのかってレベルだよ。
「事実としてかき集めてきたからのう。戦場ではわずかな負傷で命を落とすでの」
それを一人でも二人でも減らしたい、というのがカゲトゥラの意志らしい。
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