第319話 戦の達人


 インディゴ州からアマギ州をぬけてトキオ州へ。

 進軍ルートとしては、街道をストレートに南下する感じだ。


 で、アマギ州のダイミョウ、ザーナ卿っての思いっきりホウジョウ派閥。一の子分を自称するレベル。

 すんなり通してくれるわけがない。


「おそらくここらあたりで待ち構えるでしょうな」


 ウサミンがちっちゃな扇子で軍略図を指し示した。

 子供よりも小さな彼女は椅子に座ると机の上まで届かないので、ふつうに会議テーブルに乗っている。


 軍略図の上をとてとて歩きながら作戦を説明するものだから、なんというか愛くるしさの極致で、うちの娘たちも頬を緩ませていた。


 ただまあ、見た目は愛くるしくても予測は正確で識見は深い。


 彼女が指したシノ平原は戦略上の要地であり、ここを握られるとホウジョウ陣営は首筋にナイフを突きつけられたようなものだ。

 是が非でも守らなくてはいけない。


「絶対防衛ラインだからな。ザーナの小童は死に物狂いで守ろうとするだろう」


 ふむと腕を組むカゲトゥラ卿

 勝利の得がたさを嘆くようにね。


 こちらは山道を越えて平原に入らないといけない。しかも長駆して。

 対してザーナ軍は補給線も短く、あらかじめ布陣できる。


 セルリカ軍とムーラン軍がぶつかったカトンの戦いが近いかな。あのとき、十万もいたムーラン軍はなすすべもなく敗北したでしょ。

 今度は、カゲトゥラ軍がムーラン軍の立ち位置になってしまうってことなんだ。


「ライオネルよ。ぬしならどう攻める?」

「どうといわれても、二千から五千くらいの騎兵で突出して敵軍をかき回し、その間に橋頭堡を築くくらいしか」


 ウサミンの問いに俺は肩をすくめて見せる。

 守るより攻める方がずっと大変なのだ。


 補給線の問題も、兵の疲労度の問題も、進軍距離が長くなればなるほど重くのしかかってくる。


「良かった。ルプメ山脈を越えて敵陣の裏に出よう、などとトンチキなことを言われなくて」


 はっはっはっ、と兎人が笑うけど、山脈越えなんて、敵の背後とる以前にみんな死んじゃうよ。


 崖を駆け下りて本陣を突く、なんてシーンがサーガとか描かれるけどね。あれは物語だからできることであって、実際にやったら下にたどり着くまでに何人も大けがして脱落しちゃうだろう。


 もし駆け下りることができそうな崖だったら、当然のように敵だって警戒してる。

 誰もが驚く奇襲なんてのは、やった方がひどい目に遭うもんだ。


「意を用いるとすれば、突撃隊の人選でしょうね」


 精兵で揃え、敵に反撃不可能なほどのダメージを与えることができれば理想だ。


「母ちゃん、それならわたしが」

「違うな。それは我の花道だ」


 手を挙げて先陣に立候補したアスカにかぶせるようにカゲトゥラ卿が発言する。

 いやいや。

 なんで総大将が先陣を切ろうとするのさ。あんたは豪腕アレクサンドラか。





 結局、カゲトゥラの突撃隊にアスカも編入されるってかたちに落ち着いた。

 大将は後方にどんと構えていた方が、という俺の意見は黙殺された。


 ウサミンも苦笑するのみで、主君を諫めようとはしなかった。


「いいんですかねぇ」

「こればかりは仕方がない。合戦はトゥラさまの生きがいじゃから」


 やな生きがいだよ。

 もっと平和な趣味を持とうよ。

 俺が口を出す筋合いのものではないんだけとさ。


 そして俺はアスカに向き直る。


「危険度の高いポジションだ。絶対に無理をするなよ」

「大丈夫! わたしが大将首を獲って戦を終わらせる」


 気合い入ってるな。

 ただ、それはちょっと危険だ。


 手を伸ばし、赤い頭を撫でてやる。


「カゲトゥラ陣営が圧倒的な力を持てば、ナガル陣営は戦えずに降るかもしれない」


 撫でながらの言葉だ。

 くすぐったそうに目を細めるアスカ。


「だけどそれは、アスカ個人の武勇によって為されることじゃない」

「母ちゃん……」


 敵対陣営でナガルが降れば、ユウギリも敵対しなくて良くなる。

 アスカはそう考えたんだろう。


 間違ってない。

 俺の狙いだって、じつはそれだ。


「そのための算段はちゃんとしてある。だからアスカは無理をせずに戦ってくれ」


 ユウギリは戻ってきたけどアスカは死んじゃいました、なんて未来は誰も望んでないからね。


「うん! 判ったよ!」

「よし、いい子だ」

「でも大将首はわたしがとるよ!」

「なんにも判ってねえじゃねえか」


 ぴん、と指先でおでこを弾いてやれば、会議室が笑いに包まれた。

 娘たちの気負いも薄まったように思う。


「我を中心として一千名の突撃隊を選抜する。敵陣をかき回すあいだに、ウサミンとライオネルが協力して橋頭堡を築く。これで良いな」


 さらっとカゲトゥラが決めちゃう。

 ちょっとお待ちなさいな。千は少なすぎるって。


「これは仕方がないのじゃ。弱兵を参加させたらトゥラさまの足を引っ張ってしまうからの」


 ウサミンが肩をすくめる。


 総数は十万に迫ろうっていうインディゴ軍だけど、カゲトゥラの馬術についてこられるものなど三千もいないし、肩を並べて戦えるものなんて、千人探すのは難しいってレベルなんだそうだ。


 まじかよ。


「カゲトゥラさま強いよ! わたしより強いかも!」


 ちらっとアスカを見れば、なぜか胸を張って答えてくれる。

 アスカより強いって、ちょっと想像がつかないんだけど。

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