第318話 さよならはいわない


「……判った。達者でな、ユウギリ」


 引き留めるようなことは言わなかった。

 さすがに、何拍かの沈黙は挿入したけどね。


 娘たちもぐっと堪える。

 去りゆく仲間を笑って見送る、というのは冒険者の不文律だから。


 なにしろ俺たちはいつ死ぬか判らないからね。自由に身を処すというのは本当に大切なことなんだ。


 でも、なんど経験しても笑顔にはなれないね。

 普段通りにする、というので限界だ。


 家なんか捨てて『希望』にいろ。ここがお前の家だろ。って言いたいのを我慢するので精一杯。


「ユウ。どうしても?」


 だからアスカの言葉は冒険者としてはマナー違反にあたる。


「ごめんなさい。アスカさん」


 ユウギリは怒らなかった。 


「いままで楽しかったです。みなさんお達者で」


 差し出した右手をアスカが泣き笑いの表情で握り返す。


 俺たちはカゲトゥラ卿に合力することに決めた。それはすなわち、ユウギリの主家であるミフネ卿とは陣営を異にするという意味である。

 ミフネ卿はメジャーダイミョウ、ナガル卿の影響下にあるから。


 このままこちらにユウギリが残った場合、それは主家に対する裏切りになってしまうのだ。


 それを回避するためには俺たちがミフネ卿に味方する、という選択肢しかないのだが、それではランズフェローを訪れた意味がない。

 ユウギリ自身が、ミフネ卿には天下統一の野心はないと言明してるしね。


 そんなミフネ卿の尻を叩いて天下を取らせるというのは筋が違う。

 だからユウギリも、俺の判断を覆させようとはしなかった。


 ……本当はね、もっとわがままを言ってくれて良いんだよ。ミフネ卿を味方に引き入れる策を練れ、とか言ってくれたらない知恵を絞って考えるさ。


 でも彼女は言わない。

 そういう女性なのである。


「生きての別れだ。さよならは言わないぞ」

「はい。きっとまた会いましょう」


 そう言い置いて頭を下げ、ユウギリは与えられた客室から出て行く。

 ブーツの足音が遠ざかり聞こえなくなってから。


「うぅぅぅぅ……うわぁぁぁぁぁんっ!!!」


 声を上げてアスカが泣き始めた。

 伝染するようにミリアリアもメイシャも泣き出し、メグも鼻をすする。


 とん、背中になにかが当たった。


「振り向かないでねぇ。ネルネル」


 平素と変わらない口調のサリエリ。

 どうやら背中合わせになっているようだ。


「何度経験してもぉ、馴れないねぃ」

「だな」






 メンバーが減っていることについて、カゲトゥラ卿から問い詰められることはなかった。

 事情を話したら、そうかという一言が返ってきただけである。


 こちらの情報を持っているのだから追いかけていって殺そう、などとは言わない。


「器量が大きいですね。カゲトゥラ卿」

「内心ではびびっているがな。しかし、疑わしいから殺せというのではホウジョウのやり口と変わらない」


 新時代を築くなら、いままでよりマシって部分を一つでも二つでも積み重ねなくては意味がない。

 そういって笑う。


 ウサミンが大きく頷いた。


 この兎人ラビッツはカゲトゥラ卿の教育係でもあったらしい。

 昨夜、城の人たちから聞いた話だと、インディゴ軍法って軍略の創始者で、その考え方は普段の生活や他人への態度なんかにも及ぶんだそうだ。


 ちょっと教練書を読んでみたくてウサミンに頼んだんだけど、軍師同士で手の内を晒しあってどうするかって叱られちゃった。


「ウサミン。天下への道、決まったか?」


 カゲトゥラ卿が問う。


「まずはトキオ州を手中に収め、皇帝を擁立なさいませ」


 返ってきた言葉に、カゲトゥラ卿だけでなく俺も首をかしげた。


 ランズフェローの皇帝は何代もまえに実権を失ったってきいてる。そんで帝国と称するのをやめて王国になったんだと。


 なにが違うんだって話なんだけど、ようするにダイミョウたちって王様なわけですよ。

 それぞれの州で完全な自治をしてるんだもの。


 十二人の王様が統べる国ってことでランズフェロー王国ね。かなり皮肉の効いたネーミングだと思う。


 本当は連合王国とか言いたかったかもしれないけど、そこまで皮肉ったら命を狙われるってことだったんだろう。

 それほどまでに皇帝の権力は地に落ちていたわけだ。


「いまさら皇帝など擁立して意味があるでしょうか?」

「軍事的には無意味じゃ。なれど政治的な意味がある」


「なる……権威づけですか」

「ダイミョウ家をひとつひとつ潰していくのは手間じゃでのう」


 なるほど。

 これがインディゴ軍法か。


 軍事だけでなく政治もコントロールするってか。

 このお婆さん、やろうと思えばいつでも天下統一できたんたんじゃないか? でなかったら、昨日の今日でこんな戦略は出てこないだろう。


「感服しました。ウサミンどの」

「一言二言でわしの真意に気づく軍神に褒められてものお」


 苦笑するウサミンだった。


「軍師同士でわかり合ってないで解説しろ。さっぱり判らんぞ」


 呆れたようにカゲトゥラ卿が言い、娘たちがこくこくと頷く。

 言葉が足りないぞ、と。


 俺とウサミンは顔を見合わせて肩をすくめた。

 ちょっと先走り過ぎちゃったね。


「至尊の冠を誰がかぶってるかって話なんだ。実力とか関係なしでね」


 皇帝に軍事力はない。影響力もない。

 だけど、皇帝の代弁者としてカゲトゥラ卿が動いたならどうなるかって話。


 ランズフェローの皇帝の意思、という錦の御旗、大義名分を手に入れることができるんだよ。


「つまり皇帝から、ホウジョウは朝敵であるって宣言させることも可能ってこと」

「悪辣ぅ~ 悪代官ぅ~」


 のへーっとサリエリが笑うけど、たぶんこいつは俺とウサミンの会話をちゃんと理解しているよね。

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