第316話 シャドウタイガー


 インディゴの町に一泊し、コメを使った料理を堪能した翌日、ちょっと高い丘の上に立っているカゲトゥラ卿の居城に赴く。


「冒険者クラン『希望』のライオネルと申します。カゲトゥラ卿にお目通りいたしたく訪ねました」


 ブヨウ卿からの紹介状に金貨を添えて、門兵に手渡す。


「すぐに取り次ぐゆえ、そちらの休息所で待たれよ」


 紹介状を受け取った門兵が、門の横にある四阿を指し示したあと金貨を差し戻してきた。

 役儀ゆえ心付けはけっこうだ、と。


 大変失礼しましたと受け取りながら感心する。

 こんな役人もいるんだねぇ。


「お金受け取ってもらえなかったね、母ちゃん。帰れってことなのかな?」


 四阿に移動すれば、アスカが不安そうに訊ねてきた。

 まあ、普通はそう思うよな。


 こういうケースは、たいていお金を添えて渡すものだからね。そうすると受け取った役人もないがしろにせずに、なるべく急いで話を通してくれる。


 賄賂っていうほどのものじゃない。

 宿場とかで渡すチップみたいなもんだ。


「そうじゃない。あの態度から察するに、服務規定として禁止されているんだろう」

「なんで?」


 首をかしげるアスカ。

 心底不思議そうだ。


 便宜をはからってもらうんだからお金を包むのは当たり前。というのが俺たちの常識ではある。


「確証はないけど、カゲトゥラ卿という人物はすごく潔癖なんじゃないかな。賄賂とか不正とかをことのほか嫌うような」

「まーあー、心付けを出したくても出せない人もいるからねぃ」


 俺の言葉をサリエリが補強してくれた。


 誰も彼もが金銭的な余裕があるわけじゃない。

『希望』だって最初はど貧乏だった。役人への心付けどころか、自分たちの食い扶持を稼ぐのにひいこらいっていたのである。


 でもそういう人だって、領主やダイミョウになにか陳情したいことがあるかもしれない。

 心付けを渡せないから後回し、というのは少しばかり間尺に合わないだろう。


「と、考える為人なのかもしれないな。カゲトゥラ卿は」


「そこまで深く考えていたわけではない。他国からの使者だろうが国民だろうが客人だろうが同列に扱う。特別扱いはしないというだけの話だよ」


 やや遠くから声がひびき、からころとランズフェローの履き物特有の音をさせて、人影が近づいてくる。


 妙齢の女性だ。

 俺より少し年上かな。


 黒い髪と黒い瞳というのはユウギリと同じだけど、彼女より拳ひとつ分くらい背が高く、体格もがっしりした感じ。


「トゥラだ。よしなにな、ライオネル」

「まさかダイミョウ自らが足を運んでくださるとは思いませんでした」


 ランズフェローの様式に則って頭を下げる。

 カゲトゥラ卿は微笑して右手を差し出してきた。

 形式張らずにお互いのやり方でいこう、という意思表示だな。


 カゲトゥラ卿の手を握り返す。

 ゴツゴツとした武人の手だった。





「婿にどうだとブヨウの手紙に書いてあったのでな。どんな美丈夫かと思って飛んできたのだ」

「ひどい紹介ですね」


 苦笑しか出ねえ。


「そしたら普通の優男だった。がっかりだよ」

「ひどい感想ですね」


 なんだこのダイミョウたち。


「失礼な! こう見えても母ちゃんは剣の腕だってなかなか……いや、そこそこ……まあまあ?」


 おいアスカ、フォローするつもりならもう喋るな。

 哀しくなってくるわ。


「婿はともかく、来訪を歓迎するぞ。当代の英雄たちよ」


 豪放磊落にカゲトゥラ卿が笑った。

 慎ましやかなユウギリとはだいぶ印象が違って、ランズフェロー人にもいろいろいるんだなあと実感してしまう。


「ところで、さきほどトゥラと名乗られておりましたが」


 ダイミョウ自らに案内されながら訊ねる。


 居城は大きいが普通だ。

 ルーベルシーにあったアサマの城みたいな感じだね。


「トゥラが本名だ。ただ、おなごだと舐められるからな。カゲをつけて格好良くしている」


 大陸公用語では、シャドウタイガーとなるらしい。

 たしかに格好いい。


 シャドウとかダークとかデスとかつけると、たいていなんでも格好良くなるよな。

 俺とアスカとミリアリアとメイシャが熱心に頷く。


 ユウギリはなぜか三歩ほど後ろを歩いて会話にはまったく参加しない。表情が仲間だと思われたくないのって語っていて、ちょっと哀しい。


 そしてメグとサリエリはため息をつき首を振ってる。

 なにさ?

 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。


 案内されたのは会議室のような場所で、評定の間っていうらしい。


「『希望』の令名はこんな辺境にまで轟いております。お会いできて嬉しいですぞ」


 迎えてくれたのは、ちょうどアスカの腰くらいの身長の娘だった。

 頭からぴょこんと生えた長い耳と、もふもふの白い毛並み。

 兎人だ。

 珍しいな。


「軍師のウサミンだ。難しい話はこやつが聞く」

「お館様もちゃんと聞いてくだされ。ちゃんと判断もしてくだされ。わしが死んだ後はいったいどうするおつもりか」


 しっぶい顔をしながら説教モードだ。

 カゲトゥラ卿が辟易した様子で説明してくれたが、見た目が可愛いせいで娘に見えるけれど、おばあちゃんなんだってさ。


 獣人って見た目で年齢わかんないからなぁ。


「ランズフェローの将来について、カゲトゥラ卿の存念を伺いたくてお邪魔しました」


 こほんと咳払いし、本題を切り出す。

 ほっといたら、いつまでも永遠に説教されるメジャーダイミョウを見せられることになりそうだからね。

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